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第十九話 アレリア先生の救出

 俺はビクトリアス邸からこっそりと抜けだした。潜入スキルがあれば造作も無いことだ。

 今日のアルゼキアの夜闇は深い。ただでさえ月がなく――何故ならここが月だから――夜空の半分が漆黒の天球に覆われているからだろう。加えて言うならば今日は曇天で星すら見えない。

 俺は暗視スキルを3まで上げた。

 不思議なもので、視界が明るくなるわけではなく、暗いままなのにどこに何があるか分かるようになる。昼間ほどに物が見渡せるわけではないが、少なくとも行動に支障はない。

 まだそれほど遅い時間ではないにも関わらず、アルゼキアの街は静まり返っていた。気配を探れば、人々がそれぞれの家でくつろいでいるのが分かる。少なくともこの辺りに俺たちを捜索する教会の兵士がいるということは無さそうだ。

 アインという名前になっている俺は堂々と夜道を歩くことにした。もちろん兵士の集団と出くわしたらその辺に隠れるつもりだ。

 ひとまずユーリアたちと話をしにいくことにする。彼らの泊まっている宿が以前と変わっていないことを祈るばかりだ。


 門前の宿に辿り着くまでに二度兵士の集団と出くわした。通常の夜の見回りか、それとも俺たちを探しているのかは判断がつかない。どちらも物陰に隠れてやり過ごした。

 宿の裏口に回りこみ、扉の向こうに誰もいないことを確かめるために探知スキルで探った時に、近くに知った気配があることに気がついた。ユーリアのものだ。しかしそれは宿の部屋がある上階からではなく、この1階の裏口のすぐ側だ。そして扉の外側だ。

 なぜそんなところにユーリアが?

 疑問に思いながらも、ユーリアと会うのが第一目標だったのでちょうどいい。今なら周りには他に誰もいないようだ。ユーリアを気配に向けて身を進める。

 そこは宿の裏手の薪などが積み上げられた、言わば資材置場だった。その一角でボロボロの毛布を体に巻きつけたユーリアが、じっと座り込んでいる。

 俺はびっくりして、潜入スキルで身を潜めていたことも忘れてユーリアに駆け寄った。


「ユーリア!」

「え? ワン、ですか?」

「ああ、そうか、名前、ちょっとワケありで変えてあるんだ」

「そんなことが、さすが、ワンです。無事、だったのです、ね」

「なんとかね。心配かけてごめん」

「みんなも、びっくり、してました」

「だろうね」


 不意に沈黙が訪れる。

 俺はこれから言うことに躊躇いがあったし、ユーリアは何を言えばいいのか分からなかったのだろう。


「ユーリア、俺はアレリア先生を助け出そうと思っている」

「え? まさか、できるわけ、ないです」

「やってみなきゃ分からない、だろ。そこでユーリアたちに依頼がしたいんだ。アレリア先生を助けだして街を出るところまでは俺がやる。でもそこからどこか安全な場所まで行く手助けをして欲しい。お金ならあるんだ。フィリップさんに話をしてきてくれないか?」

「……今は無理、です。私は、宿の中に、入ってはいけません、から」

「ひょっとしてそれでこんな場所にいるの?」

「はい。私は、亜属、ですっから」

「そんな」


 この時に気づいたが、ユーリアは亜属という言葉を使う。神人以外をひとまとめにする、一種の蔑称のようなもののはずだ。


「他の皆もそれで納得しているのか? だってユーリアは仲間だろう?」

「良くしてもらっています。仲間として受け入れてもらえただけで、私には充分です」


 そんなわけはない。ユーリアは父親を探して旅をしてきたんだ。フィリップさんを見つけたときの喜びはどんなものだっただろう。そして父親ではないと拒絶されたときの悲しみはどれほどだったんだろう。仲間として受け入れられて、でも同じ宿の屋根の下で眠ることすら許されないというのか。

 できるなら今すぐ宿に乗り込んでいってなにか言ってやりたい。だが目立つことができる状況にないのも事実だ。名前を偽っているとは言え、その見た目が変わったわけではないのだから、騒ぎはできるだけ起こしたくない。


「分かった。ユーリア。明日になったらフィリップさんたちにそのことを伝えてくれるかい? 俺はアレリア先生を助けだしたら一旦街の外周街に隠れる。そこで落ち合おう。夕刻の鐘が鳴るまで待つ、君たちが現れなかったら……、それはそういうことだと理解するよ」

「本気ですか? いくらワンが魔術士でも、無理です」

「大丈夫。今は大盗賊みたいだからね」


 俺は一旦言葉を切った。


「ユーリア。こんなことになって本当にごめん。でも俺はまだ君と一緒にいることを諦めたわけじゃないんだ。アレリア先生を助けだして、どこか安全なところまで連れて行ったら、名前をまた変えて君たちと一緒に行きたいと思ってる。本当だ。だからフィリップさんたちを説得してくれ。お願いだ」


 それから別れるのが惜しくて、俺はユーリアの体を一度ぎゅっと抱きしめた。体を離すとき、ユーリアの顔が近くにあって、吸い寄せられそうになったが、後一歩を踏み出す勇気は無かった。


「それじゃユーリア、俺は行くよ」

「どうか無事で」

「ありがとう」


 名残惜しかったが宿を後にする。

 一件寄り道をしてから、次は脱出路の確認だ。

 外周街に住むセルルナが門を使わずに街に出入りしていたというのなら、使える出口はこれくらいのものだろう。

 俺は衣服を脱いで、汚臭のする水路に身を浸した。

 言うまでもないが、水路はシュゼナ川と接続している。その出入口は当然ながら鉄柵で閉じられているが、俺はそのうち一本が緩んでいることが分かる。すぐにわかったのは探知スキルのせいだろう。

 その鉄柵を手に取って捻り、上に持ち上げると、鉄の棒は難なく外れた。これで人が出入りするには十分な隙間が生まれた。

 俺が水路を戻っている間に雷鳴がとどろき、盛大に雨が降りだした。路地裏に隠しておいた服も今頃はびしょぬれだろう。だが好都合だ。雨音は物音を消してくれるだろう。隠密行動にはうってつけだ。

 俺は雨で汚水をそそぎ、濡れた衣服を身につけた。


 昼間とは違い、大通りは静寂に包まれていた。あれだけあった屋台が今はひとつもなく、先にある教会の偉容が感じ取れる。あちらこちらに灯りが見て取れるのは、俺とシャーリエがまだ捕まらないので、教会の人々も活動を止められないのだろう。ざまあみろだ。

 俺は裏道を使い、教会の周りをぐるっと一周して、その様子を窺った。教会側から周囲を窺うような気配はない。時折兵士が教会を出入りしているのは、捜索隊の交代や報告のためだろう。

 教会は街の1ブロックほどもある大きな建築物で、高さも周りの建物より一回り高い。いかにも偉ぶっている連中が建てたがるような建物だ。だが裏口も多く、侵入経路には困らない。まさか街の中で教会が襲撃を受けるなどとは露ほどにも思っていないことが窺える。

 俺には好都合だ。進入路と脱出路を別にしてもお釣りがくる。俺はめぼしい裏口の位置を覚えておく。

 問題は鍵がかかっているかどうかだが。

 俺は周囲に人の気配の無い裏口に近づくと、その戸をそっと押してみた。

 きぃと小さなきしみを上げて、扉は難なく開く。教会の戸に鍵はかけない方針なのかもしれない。迷い子のためか、それとも密使のためかは分からないが、そんなことは今はどうでもいい。

 潜入スキルが俺に進むべきルートを教えてくれる。探知スキルが教会内の人の配置を教えてくれる。俺が誰かに見咎められる可能性など皆無だった。

 俺は教会の奥にあった階段から地下へと進む。その途中で潜入スキルと探知スキルの両方から警戒信号が出る。さすがに地下牢への道が無警戒ということはないようだ。

 俺は腰の杖にそっと手を触れた。

 いざというときは魔術を使うこともあるだろう。簡単に人を無力化する魔術を何か習得しておくべきだったかもしれない。

 俺は他に地下牢へと至る道がないか意識を凝らしてみたが、どうやらこの道一本のみのようだ。

 俺は意を決して階段をそっと降りていく。石造りの階段の先には松明の灯りが壁にかかっていて、衛兵が一人椅子に座っているようだ。他に人の気配は無い。

 俺は少し階段を戻ってスマホを取り出し、魔術士の枝スキルで風を3まで習得した。

 衛兵を無力化できる魔術が思いつけばよかったが、すぐに思いついたのはこの方法だけだった。

 俺はさっきの場所まで戻ると、杖を抜いて、松明の周りの空気に魔術をかける。松明の炎を吹き飛ばす必要はない。ただそこにある空気を固定化して対流を止めただけだ。炎は丸まり、しゅっと消えた。燃え続けるだけの酸素が失われたのだ。

 一瞬のうちに階段は暗闇に覆われる。衛兵が慌てて立ち上がるのが分かった。彼には何が起きたか分からなかっただろう。俺は暗闇の中に身を乗り出し、衛兵のスキルを確認する。

 魔術士スキルも、暗視スキルも持っていない。彼が再び松明に火を灯すには、どこかから種火を持ってこなくてはならないだろう。

 衛兵は何やらぶつくさ言いながら片手を壁に当てて階段を登り始める。俺は慌てて階段の逆の端に身を寄せてじっと息を潜めた。

 すれ違いざまに衛兵が腰に下げていた鍵束をスリ盗る。鍵は音もなく俺の手の中に収まった。

 ここからは時間の勝負だ。

 俺は衛兵が十分に離れたのを確認して階段を降りる。

 階下は完全な暗闇だった。なるほど衛兵が種火を求めて階下に降りなかったわけだ。囚人には灯りも不要ということらしい。

 石造りの廊下は階段を降りきったところで左右に分かれていた。探知スキルで探ると、右側から複数の気配を感じる。左側は無人だ。俺は右に曲がり、さらに先に進む。

 少し進んだところで、左右に鉄枠の扉が現れる。十を超える扉の中のいくつかに人の気配。その中によく知った気配がある。

 俺はその扉の前に立つと鍵束を探って、正しい鍵を探し当てて、鍵を開けた。潜入スキルの恩恵に感謝だ。

 音もなく扉を開けて、その中に身を滑り込ませる。


「まったく、こんな時間になんだ」


 いつもと変わらぬ口調に安心しつつ、風魔術で音を消す。これで周囲に声は漏れないはずだ。


「俺です。先生」


 アレリア先生は独房の床に敷かれた粗末な布の上に身を横たえていた。その目が驚きに見開かれる。


「しっ、静かにしてください。音は魔術でもれないようにしていますが、大声まで防げるかは分かりません」

「本当に君か。暗くて鑑定も使えんが、確かに君の声だ。なぜ、いや、聞くまでもないな。無茶をやりに来たな」


 アレリア先生の頭の回転の早さがありがたい。


「シャーリエを解放したのに気づかなかったのか? 君なら意図を掴んでくれると思ったのだが、買いかぶりだったか?」

「そこは過小評価していたことにしてくださいよ。時間がありませんし、今は先生の言い分を聞く気もありませんよ」

「君は」


 何かを言いかけたアレリア先生の体を担ぎ上げる。突然のことにアレリア先生はジタバタするが、そこは誘拐スキルのおかげか簡単に抑え込める。


「さては真っ当じゃないスキルを取ったな」

「そんなの言わなくても分かるでしょう? 拉致スキルじゃないだけマシだと思ってください」


 そう言いつつ、多分、今頃は拉致スキルが習得可能になっていることだろうなと思う。

 大人しくなってくれたアレリア先生を担いだまま、独房を抜けだす。他の囚人も解放して混乱を招こうかとも思ったが、余計な犠牲を産んでしまうだろう。彼らがみんな処刑されると決まっているわけではない。

 階段に戻ると、松明を持った衛兵が戻ってくるところだった。その松明を再び風魔術で消してやる。


「なんだってんだ!」


 衛兵は苛立った口調で一頻り神を罵ると階段を再び登っていく。鍵束は彼が座っていた椅子のところに置いて行くことにした。少しは時間が稼げるかもしれない。

 階段を登りきり、人の気配を避けながら教会の裏口から脱出する。自分でも思っていた以上にうまく行った。スキルの恩恵というのは恐ろしいものだ。

 裏路地に出たところでアレリア先生を腕の中から解放する。


「ひどい雨だな。それで、どうやってあれほど簡単に教会に侵入してみせたんだ? それからなぜ名前が変わっているのか聞いてもいいかい?」

「どちらもスキルのお陰ですよ。というか、最初の質問がそれですか。とにかくビクトリアスさんの家に行きますよ。シャーリエと合流して街を出ます」

「なるほど。シャーリエは言いつけをちゃんと守ったわけだな」


 人と遭遇するのを避けながら、ビクトリアス邸を目指す。幸い、アレリア先生も状況は分かっているのか、質問攻めに合うことはなかった。

 ビクトリアス邸近くの路地にアレリア先生を待たせて、今度はビクトリアス邸に忍び込むことになる。裏口の鍵は出てくるときに開けておいたのがそのままだった。拝借しておいた鍵は返しておくことにしよう。

 そっと客間に戻ると、シャーリエは窓際に立って外をじっと見つめていた。


「シャーリエ」


 風の魔術で声が外に漏れるのを避けつつ話しかける。


「ワン様! ずぶ濡れじゃないですか。やはり今日は諦められたんですね」

「いいや、先生なら救出してきたよ。今度は君も連れてここから出る。雨の中だけど構わないね」

「嘘、じゃない、ですよね。行きます!」

「じゃあビクトリアス氏には悪いけど、俺たちは姿を消すことにしよう。すぐに騒ぎになって、彼だって何が起きたか知るだろうしね」

「はい」


 シャーリエを抱きかかえてビクトリアス邸を後にする。

 雨の降る路地で元主従は抱き合って再会を喜んだ。


「それで、ワン君、いや、アイン君、君はどうやって街の外に出るつもりなんだい?」

「女性のお二人には悪いですけど、水路を使います」

「この雨の中だ。構わないさ」


 俺は二人を連れて街を走る水路の果て、シュゼナ川に流れ込む場所に連れて行く。汚水の中に飛び込むのを躊躇うかと思ったが、二人ともすぐに後を追ってきた。ただシャーリエは足がつかなかったので、アレリア先生が抱えている。

 俺は鉄棒を外し、二人を先に行かせると、自分も外に出て鉄棒を元に戻した。


 これが俺とアルゼキアの別れになった。

次回は10月20日0時更新です。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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