第十八話 盗賊ワン
アレリア先生を助けだすと決めた。
そのために必要な物は何だ?
俺の切れる手札はある。レベルとスキルだ。
俺はスマホを操作してレベルを上げられるところまで上げた。
レベルは41で止まる。意外なことにユーリアよりもレベルが上がってしまった。
割り振れるスキルポイントは375になった。問題はこのスキルポイントで何のスキルを修得するか、だ。
俺はスマホに表示される習得可能なスキル一覧を眺めていった。
自分でも不思議なことに戦士スキルは習得できる。元の世界で何か武道に関わることがあったのだろうか。武器スキルとしては長剣スキルと短剣スキルが表示されているが、これらは戦士スキルを先に習得しなければならない。少し考えたが、戦士スキルはとりあえず見送ることにした。アレリア先生を救い出すのに、何も事を荒立てる必要はないだからだ。
俺の目を引いたのは盗賊スキルだ。こんなスキルを習得できるとか、自分はどんな人間だったのかと疑いたくなるが、一覧にあるものは仕方がない。枝スキルとして表示されている鍵開け辺りがヒントのような気がする。子どもの頃に簡単な錠前を開けられないかと針金を突っ込んだりしたのではないだろうか? やってそうな気がする、というか、スキルが表示されていること自体が答えだ。その他に盗賊スキルの枝スキルとして潜入や暗視とステータス偽装がある。暗視も暗闇で目を凝らそうとすれば簡単に習得条件は満たせそうだ。案外この世界では盗賊スキル自体は持ち主が多いかもしれない。
そして一番気になったのはステータス偽装だ。
これはどういうスキルなのだろうか?
「シャーリエ、ステータス偽装ってスキルを聞いたことはある?」
「いいえ、そんなスキル聞いたことありません」
どちらにせよ潜入や暗視、鍵開けはどれも必要になるだろう。俺は盗賊スキルを習得して、ステータス偽装も習得してみた。
うん? 特にそれだけで何かが起きるわけではないようだ。俺はスマホに表示されたステータス偽装のスキルをタップしてみた。
“偽装するステータスを選択してください”
なるほど。こうやって偽装できるのか。とりあえず俺は名前の表示をワンからアインに変えてみた。
自分を鑑定してみたところ、ステータスの名前欄はアイン|(偽)になっている。
「シャーリエ、俺のステータスはどうなってる?」
「ええっと、ええー、もう驚きませんよ。お名前がアインに、しかし隣に偽であると、それからワンとも読み取れます。こんなことしてたら、それだけで捕まって大変なことになってしまいますよ」
「それはもう今さらだからね」
鑑定のスキルが1の俺からは本当の名前までは表示されていない。だが偽の名前であることは分かる。鑑定スキルが3あるシャーリエからは本名まで見えている。俺は盗賊スキルを上げ、ステータス偽装のスキルを3まで上げてみた。
「これでどうなった?」
俺からは完全にアインにしか見えなくなった。
「アイン、偽、になりましたね。鑑定スキルと連動しているのでしょうか?」
シャーリエも気付いたようだ。
ということは、この国で一番鑑定スキルの高いとなるとソラリネさんの8ということになるだろう。アレリア先生がこの国にはスキルレベルが8が最高だと言っていた。
「9まで上げればひとまず名前で見つかることは無くなるな」
そのためには結構なスキルポイントをつぎ込まなければならないが、必要経費だ。アレリア先生を救い出すために動きまわるに当たって、名前で見つかってしまうのは避けなければならない。逆に言えばステータス偽装が知られていないスキルであるなら、名前さえごまかせれば後はなんとかしらが切れるだろう。
俺は盗賊とステータス偽装のスキルを9まで上げ、ついでに盗賊スキルとステータス偽装のスキルを表示されなくした。ついでにステータス偽装は習得できるがしていないスキルをあたかも習得しているように見せかけることもできるようだ。せっかくなので生活系の今は無駄なスキルを沢山表示させておく。
暗視と鍵開けは必要になったらそれだけ上昇させればいいだろう。逆に言えば、スキルポイントは残しておかなければならない。問題は潜入だ。どれくらい上げておけばいいのか分からない。だが確実に事を成し遂げるためだと考えれば9まで習得するのが当然に思えた。
残りスキルポイントは285。まだ余裕があるように思える。
俺は潜入スキルを9まで習得した。もちろんこれらのスキルをステータス偽装で隠しておくことも忘れない。
盗賊とその枝スキルはこれでおしまいだ。他にも枝スキルはあるに違いないが、表示されていない。たとえばスリとかありそうなものだが……。
あるのなら取っておくに越したことはないだろう。
例えば衛兵が牢屋の鍵を持っていて、それをすり盗るチャンスがあるなら、それを逃すわけにはいかない。
「シャーリエ、この財布をちょっと服のポケットに入れてみて」
「ワン様、いえ、いいえ、もう何も言いませんよ」
シャーリエがおとなしく従ってくれるのがありがたい。
「で、そこに立ってあっちを向いて、そう、そのまま」
そうやってシャーリエを立たせて、俺はそのポケットに手を突っ込んで財布を取ってみた。
「ちょっと、ワン様!」
「ごめんごめん。でもやっぱりあったな。掏摸スキル。これもきっと何かのスキルの対抗になってるんだろうな」
「ですと、そうですね、探知スキル辺りでしょうか?」
「そのスキルも一覧にあったな。ええと、狩人スキルの枝スキルか」
「掃除スキルの枝スキルでもありますね」
「ああ、それで習得条件満たしてるのか」
なんとも落差の激しい話だ。
「これはどういうスキルなの?」
「ざっと言えば、辺りに何があるかを読み取れるようになるスキルです。周辺に敏感になるというか。私達猫人などはスキル無しでも、探知スキル3相当なんて言われています」
「まあ天球教会に猫人の衛兵はいないだろう。潜入も探知スキルの対抗っぽいな」
逆に言えば探知スキルも持っているほうが良さそうだ。
俺は少し考えて掏摸スキルを7、狩人スキルと探知スキルを8まで上げた。狩人と探知は完全に隠すことはせずに、スキルレベル2と表示させておいた。
「なるほど。これはすごいな」
俺とシャーリエがいるのはビクトリアス氏から割り当てられた2階の一室なのだが、3階にいる誰かの気配が読み取れる。おそらくビクトリアス氏であろう。なにやら部屋の中を歩きまわっているようだが、何をしているんだろうか。
階下の使用人たちの動きも分かる。
さすがにじっとしている人間を探知することは難しそうだが、動き回っている人間ならかなりの範囲で読み取れるようだ。
「よし、なんだか行けそうな気がしてきたぞ」
気分は潜入系のアクションゲームだ。違うのは相手がゲームのAIのような無能ではなく、現実の人間だということだろう。
「ちょっと試してみるか。シャーリエ、君はこの部屋にいてね」
「構いませんが、何をお試しになるのかお聞きしても?」
「今習得したスキルで、この屋敷内を動き回れるか試してみる。見つかってもこの屋敷の中なら言い訳が利くだろ」
「分かりました。うまく行くことをお祈りしております」
「ああ、頼んだよ。ところでどの神に祈るのか聞いてもいいかい?」
「ありとあらゆるものの中にある全ての神にです」
「八百万の神々というわけだ。いいね。俺もそのほうが好きだ」
結果から言うならば首尾は上々だった。俺は4人いる使用人たちの誰に気づかれることもなく1階を動き回れたし、厨房から白パンをひとつ拝借してくることもできた。
部屋に戻って、今度はシャーリエを連れて出る。目標は2個めの白パンだ。
今度はさっきほど簡単ではなかった。潜入スキルの無いシャーリエを連れて1階に降りようとすると頭の中でストップがかかるのだ。どうやら潜入スキルは同行している仲間が見つかることも予測してくれるらしいが、潜入スキルそのものが同行者に適用されるわけではないようだ。しかしそれはシャーリエを抱きかかえて、彼女に息を潜めてもらうことで解決できた。シャーリエが余計な動きをしようとしなければ、楽々と厨房まで侵入できる。
「問題はアレリア先生を抱きかかえて運ぶわけにはいかないってところだな」
小柄なシャーリエと違って、アレリア先生は俺と背丈が変わらない。抱きかかえるにせよ、背中に負うにせよ、それだけで一苦労だ。
そんなことを思いながらスキル一覧を眺めていると、新しいスキルが習得できるようになっていることに気がついた。
「誘拐スキルかよ。本格的に極悪人になってきたな」
盗賊スキルの枝スキルとして誘拐スキルが習得できるようになっていたのだ。これはシャーリエをこっそり運搬したことが原因だろう。しかしやろうとしていることはまさにそれだ。俺は誘拐スキルを8まで習得する。
これで残りスキルポイントは104だ。いざというときのことを考えたら、これ以上のスキルは習得しておけない。
っと、よく見たらまたレベルが上げられる状態になっている。色々試行錯誤しているうちにレベルアップ条件を満たしていたみたいだ。レベルを上げて42に。スキルポイントの残りは114になった。
「しかしどうせなら怪盗スキルとかのほうが良かったな。それだと予告状を出さないといけなくなるか」
「なぜ怪盗スキルだと予告状を出さないといけないのか分かりません」
そこはそれ、ロマンというものだろう。俺にも理由はよく分からない。
「で、アレリア先生が捕らえられているとして、そこが教会の地下牢というのは間違いない?」
「確証はありませんが、教会に異端者を捕らえておくための地下牢があるのは間違いありません」
「教会というのは大通りに建っているやつだよね」
「ええ、はい。しかしワン様、本当にお館様を?」
「そのつもりだ。その前に確かめないといけないことがいくつかあるけれどね」
差し当たってはアレリア先生を救出した後の逃走ルートだ。門は間違いなく閉鎖されるだろうから、それ以外の道を見つけなければならない。幸い、何かしらの手段があることはセルルナの一件で分かっている。後はそれを見つけるだけだ。
とは言っても今では大体想像はついている。確認には行かなければならないだろうが、気は進まない。
「アレリア先生の家から持ちだした現金他がこれだけあるのか」
シャーリエは抜け目なくアレリア先生宅から脱出する前に、持ち出せるだけの金品を確保していた。とだけ書くと非常に彼女が悪いことをしているようだが、アレリア先生の指示だったそうだ。
「このお金で冒険者を雇うことはできるかな?」
「金額としては問題はありませんが、止めておかれたほうがよろしいかと。天球教会の意向に逆らう依頼など誰も受けてくれませんよ」
「フィリップさんたちでも?」
「ウィンフィールド様は天球教会の信徒ではありませんか」
言われてみればそうだった。しかし敬虔な信徒ではないとも聞いている。アレリア先生や俺を助けるためなら協力してもらえないだろうか。少なくとも現状だけは伝えておきたい。彼らだって心配しているに違いないし、それにこれでユーリアとお別れというのは辛すぎる。少なくとも俺だけならばステータス偽装を使って彼らと行くことも可能なのだ。
アレリア先生を救い出し、シャーリエと共にどこか安全な土地まで届けて、俺は彼らと冒険者として生きる。というのが今の目標だ。とりあえず俺の手で二人をどこかに届けるところまでやってもいいが、その後にユーリアたちを探すのは骨の折れる旅になるだろう。
「接触だけはしてみようと思う。協力は得られないにしても、無事は伝えておきたい」
「ワン様がそう仰るなら、私に止める権利はございませんが……」
「なら善は急げだな。教会の連中だって俺たちが逃げ回っていると思っているだろうし、今日の今日でアレリア先生を助けに来るとは思っていないだろ」
「それはいくらなんでも性急に過ぎませんか?」
「逆だよ。シャーリエ。今行くべきだと思う。教会が俺たちを探しまわっているのなら、アレリア先生の周囲は手薄なはずだ。無理そうなら一度戻るよ」
「分かりました。しかしひとつだけ先にお伝えしておかなければならないことがございます」
「なんだい?」
「私とお館様の契約が解除されてしまいました。お館様の身に何か起きたのかもしれません」
シャーリエのステータスを見ると、確かに彼女の奴隷契約は失われていた。
「どういうことだと思う?」
「3つ考えられます。お館様が自分の意思で契約を解除されたか、お館様自身が奴隷に落とされたか、あるいはすでにお館様が処刑されてしまったか、です」
「最初のだと思いたいな。アレリア先生も俺がレベルを30以上に上げたことには気付いたはずだ。契約が消えているからね。それに対するアレリア先生の返答だと考えれば納得が行く」
「どういうことでしょうか?」
「アレリア先生は俺に君を連れて逃げろと言っているんだ。だから奴隷契約を解除した。アレリア先生の奴隷であるかぎり、君は君自身の意思とは無関係にアレリア先生を見捨てられないんだろう?」
「そんな! 契約など無くとも私がお館様を見捨てるわけがないではないですか!」
「わかってるよ。でもアレリア先生が自分の意思で君の枷を解いた。そう考えるべきだと思う」
他の2つの可能性からシャーリエの目を背けておきたかったというのもある。俺自身としてもそうでなくては困る。
「心配しなくてもいいよ。俺はアレリア先生を助け出す。君が先生の奴隷であり続けたいなら、その時にまた契約を結べばいいじゃないか」
「そうですね。はい。信じます。ワン様、貴方を信じます。どうかお館様を」
「ああ、信じてくれ。必ずアレリア先生を連れて戻ってくるよ」
次回は10月19日0時更新です。