第十六話 冒険者たちとの再会
それからの話をする前にアルルがどうなったかを話しておこうと思う。病魔治癒スキルによって病気が治ったアルルは翌日には起き上がれるようになり、今では元気に貧困街を他の子どもたちと走り回っている。
その噂を聞きつけた貧困街の他の病人も治療して回ることになってしまったのは避けられないことだったと思う。
無償で治癒魔術を使うことについて、俺はこの病魔治癒スキルの鍛錬だと説明しておくことにした。どちらにせよ、彼らには治療に対して払える対価を持っていなかった。
いつの間にか貧困街の人々が俺に向ける敵意は消え、彼らは喜んで俺を迎え入れてくれるようになっていた。
毎日街を出入りする俺を門番は胡乱げにしていたが、レベルが上がり始めたことについては、素直に祝福してくれた。
毎日こうして貧困街に通っているにも関わらわず、レベルがまったく上がらないのもおかしいので、俺はレベルを徐々に上げ、今はアルルに合わせて12にしている。
そう、病気が治って外を出歩くようになったアルルはあっという間にレベル12になってしまったのだ。
そうして秋下の7日、貧困街から街に戻る門のところで俺はユーリアと再会した。
「みんな!」
ユーリアたち5人は皆疲れた顔はしていたが、誰一人欠けることもなく、大きな怪我をしている様子も無かった。
「ワン!」
俺の姿に気付いたユーリアが駆け寄ってくる。俺は習得してあった鑑定スキルでユーリアのことを見てみた。
ユーリア、レベル39、魔術士スキル8、水8、治癒5、その他にも風や土系統も習得している。驚いたのは料理スキルが6あることだった。道理でユーリアが作った食事が簡素でも美味しいわけだ。
ちなみにシャーリエの料理スキルは4だ。シャーリエの食事が美味しいのは食材補正が大きい。
「ワン、レベル、上がってます」
「ああ、上がるようになったんだ。アルルの病気も治したよ」
「すごい、です。やっぱり、ワンは、才能、あります」
ユーリアの称賛がこそばゆい。何かを自分の努力で成し遂げたというよりは、スマホの謎の機能で得た力で解決したからだろう。
それでもまあ、魔術士スキルや水、治癒のスキルが最初から選択できたのはユーリアに力を借りて練習していたからだ。
「ユーリアのおかげだよ。無事、魔術士スキルも取れたし、水系統も使えるようになったしね」
「本当に魔術士になるたー、大したもんじゃねーか」
「エリックさん。お疲れ様でした。今回の依頼はどうでしたか?」
「まあ、拍子抜けだったな」
彼らが受けた依頼は収穫期に向けて、魔物によって壊滅した村の奪還だった。
エーテルの暴走によって魔界から追い出された魔物はアルゼキアの領土になだれ込んだが、彼らが食べられる食料はなく、飢えに苦しんだ結果、見境なく人間や家畜を襲うのだという。
最終的に魔物も飢えて死ぬ。しかし次から次から魔界から魔物がやってくるため問題になっていたのだ。
「俺らがしたことと言えば、死んだ魔物の処理くらいのもんだ。あいつら煮ても焼いても食えないし、下手に死体をそのままにしておくと土が駄目になっちまうからな。焼いて処理しなきゃならんのさ」
「村の方はどんな感じでしたか?」
「家畜は駄目だな。みんなやられちまってる。麦はいくらか収穫できるかもしれん。育ちすぎてて食えるかどうかは分からないけどな」
「大変ですね」
「農夫たちはな。さすがに国も税を軽減するだろ。農夫は生かさず殺さずってな」
商家の出だけあって、エリックさんはそういうことにも詳しいようだ。
そうしているうちにフィリップさんや、ゴードンさん、ジェイドさんもやってきて、俺のレベルが上がっていることに祝福を述べてくれた。
本当にいい人達だ。
「この様子ならすぐにレベルも30を超えてしまいそうだね」
「ええ、その後のことを考えなければいけなくなりました。それで、なんですけど」
ちょうど良かったのでフィリップさんに話を切り出す。
「皆さんは後どれくらいアルゼキアに滞在するつもりなんでしょうか?」
「それなんだよね」
フィリップさんは頬を掻いて、軽く目を閉じた。
「魔物の異常発生は治まりつつあると見てる。当然、僕らの仕事も無くなってくるだろう。もともとアルゼキアは冒険者にとってあまり旨味のある国じゃないんだ。僕らにはユーリアもいることだし、近いうちにもっと活動しやすい国に行こうかと思っている」
「やっぱり、そうですか」
フィリップさんがそういう判断を下すだろうことは大体想像がついていた。
「当然、ユーリアも一緒ですよね」
「……ユーリアはどうしたいんだい? 正直に言っていいよ」
ユーリアは困ったように俺とフィリップさんの顔を見比べていたが、迷う時間はそれほど長くなかった。
「おと、……皆と、一緒に、行きます」
父親との間でほんの少しだけでも迷ってくれただけで俺には十分だった。
俺はぎゅっと拳を握りしめ、自分の決断を反芻する。
「フィリップさん、俺も一緒に連れて行ってもらえませんか?」
「そんなに簡単に決めてしまっていいのかい? 冒険者というのは危険な職業だ。命を落とすのは珍しいことじゃない。君はアレリア先生に保護されて、魔術士スキルも手に入れた。安泰な将来が約束されていると言えるんだよ」
「分かっています。アレリア先生にも言われました。それに元の世界に戻りたいなら、この地に残って研究に携わるべきだ、とも」
そこは本当に悩んだのだ。
記憶を失っているとは言え、知識を失ったわけではないから、この世界の生き難さは十分に理解している。身の安全という意味では日本に帰るに越したことはない。例え記憶を失ったままだとしても、警察に保護されれば俺の身元くらいは探しだしてくれるはずだ。
しかしアルルの治療に携わって、俺には俺にできることを知った。ひょっとしたら俺にしかできないことがあるのかも知れないということも。
この力をより活かすためならアレリア先生と共にいるべきだろう。世界のためというよりは、国家のためにということにはなるが、多くの人の力になれるだろうと思う。
しかし俺が助けたいのはもっと身近な人々だ。実際に関わった人たちだ。それはセルルナやアルルであったり、直接的な話であれば、フィリップさんたちだったり、いや自分の気持ちに正直になってしまうのであれば、俺はユーリアの力になりたいのだ。
自分が猫人であり、なおかつ奴隷であることにも誇りを持っているというシャーリエは、ユーリアよりも年下でレベルも低いが、それでも確固たる自分というものを獲得していて、そのために生きる強さがあるように見える。
それに対してユーリアはいつも何かに怯えるようにしているように見える。それが彼女が兎人であることに起因するのか、それともその出生か、あるいは共通語でうまくコミュニケートできないからかもしれない。とにかく俺の目から彼女は生き辛そうに見えるのだ。
笑える話だ。
この世界のことを何も知らない俺が知ったようなことを考えている。しかしそれでも彼女に寄り添うことで何か助けになることができるのではないかと思うのだ。辛い時に一人でいるより、誰かが側にいてくれたら少しは楽になれるだろう。ユーリアにとってのそんな誰かに俺がなれたらと思うのだ。
アレリア先生に指摘されたように、俺はユーリアに恋をしているのだろう。一目惚れだったのかもしれない。その容姿は確かに俺の心を射抜いた。だがそれ以上に、この世界に召喚されて心細い時に一番親身になって側にいてくれたのがユーリアだ。そんな彼女に惚れないわけがないじゃないか。
「俺はユーリアが好きなんです。だから側にいたい。冒険者になってあなた達に付いて行きたい。お願いします!」
「ワン!」
ユーリアの体がびくっと跳ねた。その表情はフードに覆われて見えない。だが俺は少しは彼女のことを知っているつもりだ。きっと頬を真っ赤に染めていることだろう。
ピュウとエリックさんが口笛を吹いた。
「いいじゃねーか。フィル。魔術士が二人いれば戦力的に充実するだろ。ユーリアが孕んだらワンが二人分働くってよ」
「ちょっ! エリックさん!」
なんでこの世界の人はそうすぐに子どもを作ることを考えるんだ。男と女がいればとりあえず作っとけ、くらいに思っているんじゃないだろうか。
「俺も賛成するぞ。レベル13で水の3となればかなり将来有望だ。治癒に、よく分からないが病魔治癒っていうのは病気を治すスキルなんだろ。こいつは千金の価値があるんじゃないか? ほら、メネラシアの跡取りが奇病に冒されて治療法を探してるという話があっただろ。王宮魔術士も、薬師も匙を投げた褒美は望みのままにってやつだ。ひょっとしたらひょっとするぞ」
「それは俺も興味があります」
俺の病魔治癒スキルがどれだけの病気を治すことができるのかは分からないが、少なくとも俺しか持っていないと思われるこのスキルが役に立つのであれば、皆の中の俺の評価も上がるだろう。もちろん報酬にも興味がある。
「…………」
ジェイドさんはいつもどおり何も言わなかったが、消極的か積極的かは分からないが賛成ということでいいだろう。この人は反対の時はちゃんとその意思表示をするからだ。
残るのはパーティのリーダーであるフィリップさんだが、
「みんながそこまで賛成とは思わなかったな。もちろん僕も反対じゃない。ただワン君。君が自分の将来をきちんと考えているか知りたかったんだ。冒険者というのはそれほど望んでなる職業じゃないんだよ。普通の人は普通の親の元に生まれて親の職業を継いで普通に生きて普通に死ぬ。しかし冒険者になるとそんな人生は望めなくなる。もちろん異世界から召喚されてきた君が普通の人生を歩むのが難しいのは確かだ。だが君は魔術士スキルがあり、アレリア先生の後ろ盾も得ているだろう? 普通の人よりもずっと良い人生を送ることが約束されていると言っていいんだよ」
「分かっています。アレリア先生にも諭されました。でも、さっきユーリアと再会したときに最近考えていたことが全部ぶっ飛んだんです。俺は彼女といたい。駄目でしょうか?」
「駄目じゃないさ。人生を決めるのに早過ぎるということはない。だが君は一番大事な人の同意をまだ得られていないよ」
言われてようやく気がついた。
俺はすっかりユーリアはオーケーしてくれるものと思い込んで、とっくにその許可は得たものだと考えていたのだ。
冷水を浴びせかけられたように体温がさーっと引いていった。
完全に勢いだったとはいえ、告白してしまった。それもこんな衆人環視の中で。
ユーリアはどんな気持ちだろう。
俺の告白をどう受け止めてくれるだろう?
心臓がばっくんばっくんと鼓動を打つのが聞こえる。体は冷たいくらいなのに、顔だけはやけに熱い。
どれくらいの時間が過ぎただろうか? 返事をくれるのが遅くないか?
緊張に耐え切れなくなった俺が、自分から何か声をかけようとした時、ユーリアの首がこくんと動いた。
「私も、ワンが来るの、賛成、です」
体中が弛緩するのを感じた。どれだけ緊張してたんだって話だ。
「でも……、好きとか、そういうのは、まだ、分からない、です」
そのままその場に崩れ落ちそうになる。
えっ、なにこれ、公開処刑されてる?
いや、待て、落ち着け。
「俺のこと嫌いってわけじゃないよね」
「もちろん、です。でも、ワンと、子どもを作るとか、そういうのは、分からない、です」
「ぶっ飛び過ぎだー!」
もう本当にどうなってんの。この世界の人たち。俺のほうがおかしいの? 2つ目のおばけの昔話なの?
「そういうのは今はいいの。俺はただユーリアと一緒に居たくて、ユーリアもそう思ってくれてるか知りたいだけなの」
そりゃ手を繋いだり、キスしたり、なんならその膨らみを堪能したいという思いはあるが、それだとユーリアの言ってることと変わんねーな、チクショウ。とりあえずそんなのは全部置いておいて、俺が知りたいのはもっと純粋な気持ちなのだ。
「私も、ワンと、もっと一緒にいたい、です……」
脳が蕩けるかと思った。
誰かの一言でこんなに幸せになれるものなのかと驚いたくらいだ。
俺は思わずユーリアの体をぎゅっと抱き寄せる。
「嬉しい」
「私も、ワンの気持ち、嬉しいです」
俺の腕の中でもごもごとユーリアはそう言った。そう言ってくれた。
やった! よかった! 完!
とはならないのが、現実の世の中だ。
「お二人さん、そろそろ冒険者ギルドに報告に行きたいんだけどなー」
エリックさんの声に俺はばっとユーリアの体を離す。かぁと顔が熱くなる。
「まあ、ワン君を冒険者として登録もしないといけないだろうし、アレリア先生に話を通す必要もあるね。とりあえずは街に入ろうか」
フィリップさんに言われて、俺はこくこくと頷いた。
なんというか、ふわふわとして現実感がない。
隣のユーリアを見ると、彼女も何か足元が定まっていない様子だった。
俺と同じ気持ちなのだろうか?
俺と同じ気分なのだろうか?
そんなことを考えるだけで嬉しくなってくる。
アレリア先生はきっと愚痴を言うだろうけど、反対はしないと思う。あの人はいつでも俺の意思を優先してくれている。なんだかんだで注文はつけてくるけれど。
俺はニヤつく頬を抑えきれずに、フィリップさんたちの後を追うように街へと歩き出した。
次回は10月17日0時更新です。