第十五話 スキルポイント
「つまりそのスマートフォンという魔術具で君は任意にレベルを上げ、そのうえスキルを選択できるというわけだね」
帰宅した俺のレベルが上がっているのに気が付くと散々問い詰め、その経過を教えたら、今度はなんでその場に同席させなかったのかと散々喚き散らし、なだめすかしつつスキルポイントの話をしたらようやく落ち着いたアレリア先生はそう言った。
「スキルポイントか。一説ではあったが、これで確定したと見ていいな。もちろん君が例外だという可能性はあるが、これまでの実例とも矛盾していない」
ソファにふんぞり返るように腰を落ち着けて、アレリア先生は天井を見つめながらそう言った。
「レベルが上がるごとに人はスキルポイントを10得る。そしてその時に習得できるスキルから、極力ポイントを使い切るようにスキルを習得“してしまう”のが我々だ。さらに習得スキルはランダムだから、望みのスキルが得られる可能性は非常に低い」
「俺もこの一覧からランダムでスキル習得と言われるとぞっとしますよ」
スマホに表示されているスキルには家事スキルのような日常生活にかかわるものから、学者スキル、これは俺が元々学生だったからだろう。騎乗スキル、野営スキル、踏破スキル、果ては歩行スキルなんてものまである。
どうやらすべてのスキルが表示されているわけではなく、俺が少しでも関わったことのあるスキルだけが表示され、選択できるようだ。
「私はスキルを選べると聞いてぞっとしたがね。レベル4の病魔治癒士君。そもそも病魔治癒スキルなんて聞いたことがないぞ。私は」
「ユーリアも持っていませんでしたしね」
母親の看病をしていたというユーリアなら習得していてもおかしくはないスキルのはずだ。
それがアレリア先生ですら知らないとなれば、
「失われたスキルか、何か他に習得の条件があるのか。それで君はどうするつもりだい?」
「どうする、というのは?」
「レベルだよ。上がるところまで上げてみようとは思わなかったのかい?」
「30を超えるとアレリア先生との契約が終わってしまいますからね」
「賢明だ。そんなことしたら私は地の果てまで君を追いかけて解剖する」
「冗談ですよ。とりあえずアレリア先生の意見を聞いてからにしようと思ったんです。実際、生活のこともありますし」
レベル30を超えるとアレリア先生との契約が終わり、俺は先生から生活の支援を受けられなくなってしまう。いつまでも世話になるつもりはないが、今超えてしまっても路頭に迷うのは目に見えていた。
「とは言えどうしたものかな。29まで上げてしまうというのもひとつの手ではあるが、君は有名人とまでは行かなくとも、知っている人は知っているわけだしな」
「ええ、その辺も先生の意見が聞きたいと思っていました」
「レベル4まで上げてしまったのだから、そこはもう仕方あるまい。病気は治った。その時に病魔治癒スキルを手に入れたという線で行くとして、何故レベル4なのか言い訳を考えておく必要があるだろうな」
「違和感の無いくらいまで一気に上げてしまいますか?」
「それだと30を超えてしまう。まあ今さら契約が満了したところで君を放り出す気は無いが、君のほうがなあ」
「どういうことですか?」
「だって君はユーリア嬢がこの街を離れると言ったらついていってしまうだろう? 私はまだまだ君から得られる知識が欲しい」
「ぶっちゃけますね」
「隠しても仕方ないからな。切るカードを間違えたのはこちらだ。私としてはお願いするしかない」
「どうでしょう?」
ユーリアは今は街を離れているが、近いうちにまた戻ってくるだろう。だが彼女らが今この街に拠点を置いているのは、魔物の異常発生で仕事が豊富にあるためだ。
「魔物の方はどうなんですか?」
「今日の話では沈静化してきている。近いうちに脅威は去るだろう。連中だって好きでこちらにいるわけじゃない。なにせ食い物が無いからな。魔界からの流入が止まれば自然といなくなる」
そうなればユーリアがこの街に滞在を続ける旨味は無くなる。そうなれば彼女らはより稼げる仕事を求めてどこかの街に移動することになるのだろう。
つまり俺はその時までにユーリアたちに付いていくか、それともこの街に残るかを選択しなければならなくなるのだ。もちろん彼らが受け入れてくれれば、の話ではあるが。
「アレリア先生には返しきれない恩があります。ここまで連れてきてくれて、自由にさせてもらっていますし」
「そう思うのならシャーリエと」
「お断りします」
ちょっと譲歩を見せるとすぐこれだ。
どうやらアレリア先生にとって、俺がこの世界の人類との間に子どもが作れるかどうかがとても大事なことであるらしい。
とは言っても俺の方に親になる気が無い。例え責任は取らなくてもいいと言われても、その子どもは間違いなく俺の子どもということになるのだ。しかもシャーリエの子どもであれば生まれつきアレリア先生の奴隷ということになる。俺は自分の子どもをそんな立場に置きたくはない。
「ひとまず俺がどうするかは考えさせてください。今日、明日、決めなければならないことでもないでしょうし」
少なくともユーリアたちが街に戻ってくるまでは保留できる問題だ。
「そうだね。今日だけでも大きな収穫があった。スキルポイントの存在の確認ができたし、レベルとスキルを自由に選択できる魔術具があることが分かった。ワン君、そのスマホ、少し借りてもいいかい?」
「いいですけど、壊さないでくださいね」
これが本当に俺の知っているスマホと同一のものかは分からないが、これ無しには俺はレベルが上げられないし、スキルも習得できない。
「受け取って置いて言うのもなんだが、他人には預けないほうがいいぞ。あと、この存在もできるだけ秘匿するべきだ。世界中の人間が血眼になって君を追いかけ回すことになる」
「怖いこと言わないでくださいよ」
「冗談じゃないさ。スキルというのはそれだけ重要なことなんだ」
アレリア先生はしばらくスマホを手の中で弄んでいたが、すぐに俺に返してくれた。
「どうやら私の魔力では動かないようだな。他の誰かでも試してみなければ分からないが、君にしか扱えないようになっている可能性がある」
「そういう魔術具というのは他にもあるんですか?」
「発動具を特定の誰かの魔力に合わせて作るというのは珍しくない。奪われて使われないようにするための措置だ。時間と金がかかるから、貴族くらいしかやらないがね」
俺は手の中のスマホをじっと見つめる。“見慣れた”感じのするこれが、実際には得体の知れない魔術具だというのは不思議な感じだ。
「とりあえずレベルを上げるところを見せてくれないか? まだ上げられるんだろう?」
「ええ」
俺はスマホを操作して、自分のレベルを5に上げる。レベルの表示は点滅したままだ。
「少なくともまだ上げられますね」
「こちらに来てからの経験だけでも、それくらいレベルは上がるだろう。それ以前からの経験も蓄積されているのであれば30は超えるはずだ。スキルポイントはどうなった?」
「16あります」
「確か上げるレベルと同じ数のポイントを消費するんだったな」
「はい」
「うーん」
アレリア先生は腕を組んで天井を見つめる。
「試してみたいが、リスクが大きすぎるか」
「何をですか?」
「スキルレベルを11まで上げられるかどうかだよ。以前にも話したと思うが、スキルレベルが11になったという記録はあるんだ。これまでは眉唾だと思っていたが、信じている連中も多い。つまりレベルアップするときにスキルポイントが全部消費されないように他の経験を一切しない。そうすることで繰り延べされたスキルポイントによって、レベル11への道が開かれる。そういう考え方だ」
「ありえそうな話ですね」
「そうだ。私も宗旨替えしなければならないな。しかしそれを確かめるためには君に何かひとつでもスキルレベルを10まで上げてもらう必要が出てくる。それ自体はそう難しい話じゃないだろうが」
仮にスキルを1から10まで上げるとして必要なスキルポイントは55だから、後4つレベルを上げれば可能だ。11に上げるためにはもう11ポイントが必要なので、もう1つレベルを上げればポイントは足りる。
「目立つなんてものじゃないでしょうね」
「そうだな。この国にいる人間でスキルレベルが一番高いもので8だ。ふらっと現れた君がレベル1だったかと思うと、いきなり何かしらのスキルレベルが10になったとなれば、国も学会も、教会も黙っていないだろう。あまり想像したくない未来予想図だ」
「気をつけます」
「そうしたほうがいい。現状でも君のスキル構成は異様なんだ。なにせ生活系のスキルが何一つないからね」
「不自然じゃ無いように取っておくべきでしょうか?」
「この世界に溶け込むためならそうするべきだろうが、スキルポイントは有限だ。君がどうしたいかよく考えた方がいい」
結局その問題に行き着くわけだ。
「王国の魔術士としては、君には火と土を上げてもらって学会に推薦したいところではある」
「アルゼキア王国の一員になれということですか」
「立場上な。だが君はユーリア嬢が好きなのだろう?」
どストレートに言われて、思わず顔が熱くなる。
「いや、好きとか、まだそういうのじゃないですよ!」
「君の態度を見ていれば誰にでも分かるさ。君自身の自覚がどうであろうとね。そうなるとアルゼキアに留めるというわけにもいかないんだろうなあ」
「それはユーリアが兎人だからですね」
「そういうことだ。アルゼキア王国では亜族の配偶者を持つことを許可していない。この国にいる限り、君が彼女と公式に結ばれることはない」
「そこまで考えているわけじゃないですけど」
結婚とか、いくらなんでも俺には早すぎる。そもそもユーリアとは付き合ってもいないのだ。
「なんにせよ、ユーリア嬢と一緒にいたいと思うならば、君は格好の力を手に入れたわけだ。水でなくとも、火でも土でも、どんな系統の魔術だろうと君は習得できるし、それに加えて戦士スキルを習得することだってできる」
「あっ」
言われてみればその通りだ。
魔術士スキルのことばかり考えていたが、スキルポイントを自由に割り振れるのであれば、戦士系のスキルに割り振ることを考えてもいいのだ。体は鍛えなければならないだろうが、技術だけはスキルで手に入れることができる。
「魔術剣士というのは中途半端の代名詞だが、君の場合はそうはならないだろう。戦士、武器、技、防具。レベル30まで上がるとして、これらを必要な程度にまで上げることができるだろう?」
計算するまでもなく、それくらいなら十分に足りるだろう。もちろんレベルが30を超えるとしてだけれど。
「だが学会の人間として忠告しておくと、なにもスキルは戦うためのものばかりではない。前にも言ったが魔力操作のスキルを上げるだけで一生くいっぱぐれることはないし、例えば料理スキルを8程度まで上げれば、君の店に客が絶えることはないだろう。より安全な一生が保障される。それからこれが一番重要な話だが」
アレリア先生は一拍の呼吸を置いた。
「元の世界に戻りたいと思うならば、先代文明の究明に携わり、それに関するスキルを習得していくべきだ。君ならあの魔法陣を解析、再起動するためのスキルだって習得できるかもしれない」
その言葉は雷鳴のように俺の鼓膜を打ち、俺はしばらく何も考えられなくなってしまった。
次回は10月16日0時更新です。