表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/96

第十三話 異世界の暦と年齢

「範囲治癒魔術か。風と水の複合魔術だよ。まったく君は器用なことができるんだな」


 夕食の後、アレリア先生に今日あったことを報告すると、魔術の実演を求められ、返って来た反応がこれだった。


「前にも説明したとは思うが、スキルというのは補助的な役割をするものだ。だからスキルが無くては魔術を使えないということはない。だけどね、実用的なほどに習得するには長い時間がかかるものだよ。普通なら諦める程度にはね」

「ユーリアもほとんど効果は無いように言ってましたよ」

「それでも病気で弱った子を手助けする程度にはなるだろう。だが君はずいぶんと安易に契約を結んでしまった。それは褒められたことではないな。私は神人以外に肩入れするなと注意しただろう? 君の立場は少し難しい物になったぞ」

「はい」


 アレリア先生の言うとおりなので言い訳のしようもない。しかし奴隷に落とされると分かっていてセルルナを官憲に突き出すのも嫌だったし、契約うんぬんを置いておいてもすでにアルルを見捨てる気はない。


「私は単なる施しを良しとはしない。それに外周街に援助しているとなれば、学会での私の立場も危ういものになる。アルゼキア王国の公式見解としては、外周街は存在していない扱いだからだ。つまり積極的に排除もしないが、援助もしないということだ。私の立場としては、外周街に住む、それも亜族の娘に施しをするなどあってはならない」


 そこでアレリア先生は言葉を切ってお茶に口をつけた。

 そして俺が何かを言おうとする前に、こう付け加えた。


「だが私は君がどこを出歩くかは知りもしないし、普通よりも大食いで、食料を多めに消費することについては仕方がない。私は君の生活を保証する契約を結んでしまったから、思っていたより出費がかさむことについては自業自得ということになるだろう。シャーリエ、明日からはワン君のために弁当を作ってやれ。彼は二人前は食べるらしい。だが三人前は駄目だ。いいね」

「承知しました。お館様」

「ありがとうございます。先生」

「礼はいらん。君の食事だ。君が食べる分を私が用意する。それだけのことだよ」


 それからアレリア先生は学会への報告について簡単に教えてくれた。とは言っても代理人に報告をしただけで、それに対する返答が得られるまでは数日が必要になるとのことだった。

 冒険者ギルドでも思ったが、この国はなんでもお役所仕事で時間がかかるようだ。


「魔物の脅威は相変わらず減っていない。いくつかの農村は駄目になったという話だ。今年の冬は厳しいものになるだろうな」

「そう言えば季節があるんですね」

「うん? もちろんあるぞ。今は夏の下期で、もうすぐ秋の上期になる。収穫の時期までに魔物たちが魔界に帰ってくれれば、少しは収穫ができるだろう」


 それからアレリア先生に暦について教えてもらった。

 この世界にも四季が存在し、その一周期を一年と数える。

 その周期はおよそ440日だが、そんなことを気にしたり、知っていたりするのは一部の学者くらいのものだという。枕詞にアレリア先生のような、とつけてもいいだろう。

 そのくせに年齢を数えるという習慣は存在しない。

 これはまず個人の成長度として、何よりもレベルが重視されていること、そして驚くべきことにステータスに年齢の項目が存在するにも関わらず、それがこの世界の一年と同期していないことが原因らしい。なんか年齢って項目があるけど、一年の間に1から2くらいあがるもん、というのが庶民の感覚であり、アレリア先生に言わせると、おおよそ280日で1上昇する生誕からの時間を計測する値である、ということになる。

 よって年齢という謎のステータスは存在するけど無視するのが普通という風習になっているそうだ。

 ちなみにその年齢によると俺は16歳、アレリア先生は27歳、シャーリエは11歳ということだ。どうやら俺の年齢の感覚とほぼ一致すると考えていいだろう。

 まあ、これは余談だ。

 とにかくこの世界にも季節があって、一年が存在する。

 ではその一年をどう分けて考えるのか。

 地球では一年を12で分ける。これは月の存在が大きい。月がおよそ28日周期で満ち欠けを繰り返し、およそ12回の満ち欠けで、だいたい一年になるから、一年は12ヶ月で分けられた。

 しかしこの世界ではもっと単純な分け方をすることにしたようだ。

 季節はすごくおおまかに分けると、暑い時と寒い時に分けられる。2つだ。これをさらに2つに分ける。一年は4つに分かれ、それを季節とした。しかしそれでは長すぎるので、それぞれをさらに2つに分けた。その55日を、ひとつの期とするそうだ。

 アレリア先生の説明なのでやたら細かいが、要は四季をそれぞれ55日のかみしもに分けている。ちなみに今は夏下なつしもの53日だそうだ。夏下は55日まであって、その次の日は秋上の1日となるから、アレリア先生の言った通り、もうすぐ秋になるというわけだ。


「君の世界では一年が365日だというのは本当かい?」

「はい。正確には365日と4分の1日です。四年に一度366日になります」


 さらに正確を期すならば閏秒うるうびょうの話もしなければならないが、今はそこまで細かいことはいいだろう。


「確か君は、君の世界の一日は24時間で、その計測法ではこの世界の一日は30時間前後だと言っていたな」

「ええ、かなりおおまかな計算ですけど、自分の実感としてもそれくらいで正しいと思います」


 不思議なもので一日の長さが30時間前後だというのにも慣れてしまった。時計を持っていなかったので、細かい違いを意識しにくいということもあるだろうし、日本に比べて時間のリズムがゆっくりしていて、たっぷり睡眠が取れるのも一因かも知れない。


「シャーリエ、紙とペンを」

「はい。お館様」


 シャーリエが持ってきて紙にアレリア先生はスラスラと何やら計算式を書き始めた。


「ひょっとしてとは思ったが、ひょっとするぞ」

「どういうことですか?」

「我々が、つまりこの世界の人間がよく分からなかった年齢というステータスだよ。およそ280日に1上がるその周期は、実際に経過する時間に換算すると君の世界の365日に酷似している。これは非常に興味深い。我々には意味のないものだが、君の世界の人間には意味がある。そんな数値がこの世界のステータスに刻まれているということだ」

「ちょっと待ってください。意味がよく」

「君は先代文明の遺跡から召喚された。ステータスは先代文明の頃からあったと推測されている。そのステータスには君の世界を基準とした年齢という値がある。ここから推測できることはいくつもあるが……」


 アレリア先生は紙から目線をあげて、俺のことをじっと見た。


「この世界の人間は、君の世界の人間が祖先なのではないかな?」

「そんな馬鹿なこと、だって俺の世界には神人以外の人種なんてありませんよ」

「それはこの世界に来てから分化した可能性もある。まあ、そうなると天球教会の主張する神人起源説が一部正しいということになってしまうわけだがね」


 神人起源説とは本来、神によって作られた人類は神人だけであり、それ以外の亜族は罪を犯したものが神の罰によって神人以外の姿に作り替えられたというものだそうだ。


「我々はどこから来て、どこへ行くのか? これは永遠の命題ではあるが、少なくともこの世界の人類がどこから来たのかの新しい一説にはなる。先代文明が何故あれほどの文明を持ちながら忽然と姿を消したのか。これも長い間謎だったが、ひょっとしたら彼らは君の世界に帰ったのかもしれない」

「いやいやいや、俺の世界に、別の世界を行き来するような技術は無いですよ」


 あるとすれば神かくしのようなオカルトの世界に足を踏み入れなければならない。

 だが魔術をこの手で使える俺が、オカルトを否定できるのか、という疑問も生じる。


「少なくとも俺の世界に魔術は無かった」


 あるとしても知られてはいなかった。それとも一般人には知らされていないだけで、元の世界にも魔術はあるのだろうか? だとしてもステータスやスキルが知られていない理由にはならないだろう。


「まあ、あんまり考えこむことはない。あくまで説だよ。私は面白い説だと思うがね。それよりも君は早くステータスを見られるようになるべきだな。魔術は使えるのに鑑定は使えないというのも不思議な話だけどね」


 確かに考えてもしかたのないことだ。今はこの世界でどうやって生きるかのほうがよほど大事だし、差し当たってはアルルを治療してやらなくてはならない。そのためには治癒魔術がもっと使えるようになることが望ましいし、そのためにはレベルが上がって欲しい。


「相変わらず俺のレベルは1のままですか?」

「そうだね。範囲治癒魔術を使えるレベル1だよ。なにかレベルが上がらない制限がかかっているとしか思えないね。やっぱり君のよく分からない契約がそれに関係しているのかな。鑑定スキルの高い誰かに見てもらうべきかも知れないね」

「そう言えば」


 ユーリアに連れられてソラリネさんという魔術用具店の店主にも鑑定してもらったことを話した。


「なるほど。ソラリネさんか。鑑定スキルがいくつかまでは知らないけど、長いことアルゼキアで商売をやってる人だよ。それなりの鑑定スキルがあるはずだ。その人でも分からないとなると、鑑定では見破れないのかもしれないな」

「ステータスが見られないのもその契約のせいですかね?」

「可能性はあるね。契約が履行されなければレベルが上がらないのか、それとも契約そのものによってレベルが上がらなくされているのか。もちろん契約とは関係がない可能性もある」

「俺はどうしたらいいんでしょう?」

「この世界に来てからまだ十日あまりだ。焦ることはない。せっかく魔術が使えるようになったんだから、どこかの病人でも練習台にしていればいいんじゃないかな」


 確かにアレリア先生の言う通りだ。

 焦ることはないし、契約したのだからアルルの治療をしっかりやるべきだ。

次回は10月14日0時更新です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ