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端っこの落とし物

クリスマスの夜に

作者: 時 とこね

「つまらないことを書くが、あまり気にしないでくれ」と彼からキャロラインに連絡があったのはつい先日のことでした。

 キャロラインは日本で生まれた日本人です。あだ名がキャロラインで本名は、三田 小雪です。キャロラインというあだ名は昔の彼氏につけられました。いつの間にか学校中で広がって、古い友人たちからはそう呼ばれています。だけど彼女は見た目がキャロラインなのでした。初めて会った人から、ほんとに日本人? と尋ねられることもあるくらいでした。

 そんな過去があったから、彼女は大学に入学すると髪を金色に染めました。眉毛も金色に、目には青いカラーコンタクト、英語が話せない外国人の完成です。

 大学に入ると彼女は留学生によく話しかけられました

「Hi.my name is Linda nice to meet you!」

そのたびに、キャロラインはぎこちない英語で

「おーおー せんきゅうう べりぃ まっち」

と答えて、何度も恥ずかしい思いをしました。


やはり英語はきちんと勉強しておくべきですね。


 季節は巡って冬になります。キャロラインはその日まで、外国人に間違われたり、英語ができなくて馬鹿にされたり、バイトをやったり、やめたりしても、堂々と振る舞っていましたが、いよいよそうもできない事態が起こってしまいます。同じ教室に別れた恋人がいたのでした。それも二人。その日からキャロラインは目を伏せて歩くようになりました。すると、彼女の友人で声をかけてくれる人がいました。

「大丈夫ぅ?」

それは留学生のジェシカでした。彼女はキャロラインとコミュニケーションを取ろうとして、日本語の勉強をしています。少しぎこちないですが、だいぶ慣れてきました。一方キャロラインも

「Yes I am.」

英語が少しできるようになりました。

キャロラインはあったことをジェシカに話しました。ジェシカは相槌をうって聞きました。なるほど、とジェシカが納得して、キャロラインにこうアドバイスしました。

「会わないようにすればいいよ。きっとみつからないよ。」

キャロラインはため息をついて、友人と別れました。


 会わなければいいとアドバイスされたキャロラインでしたが、時が巡って12月23日になると、彼女は元カレの晴君に声をかけられて、呼び出され、「明日の夜、ここに来てくれ」と頼まれました。キャロラインは断ろうとしましたが晴君が泣きそうになっていたので約束することにしました。晴君は飛んで喜びました。キャロラインと一緒に帰る道中、彼はサンタさんについて話しましたが、キャロラインは

「そんなわけない、サンタさんは絶対いるもん!」

と彼の話を全否定しました。彼は笑って反論します。

「サンタなんているわけないだろう。どうやって一晩で世界中の子供たちにプレゼントを配るんだよ。」

「真っ赤なお鼻のトナカイさんのそりに乗って、空飛んで、煙突から届けるの!」

ふくれっ面のキャロラインを見て彼はますます笑って、

「まだ信じてるの? いないって。」

「クッキー作ったら、食べてたもん。コーヒーもなくなってたもん。手紙もあったもん。全部英語で書いてあったもん。去年もプレゼントくれたし。それに、見たもん……。」

「それは全部、君の親がしてる事なんだよ。サンタなんていないんだよ。」

キャロラインは拗ねて何もいいませんでした。彼女が黙り込んだのを見た晴君はボソッと

「俺のとこにはもうサンタは来ないんだろうな。」とこぼしました。

キャロラインは彼を置いてきぼりにして、さっさと帰っていってしまいました。


「サンタさんはいるよね、パパ。」


 家に着くと、彼女はまず父親の部屋に行って、真実を確かめようと質問しました。

「サンタさんはいるんでしょ? ねえ。」

すると、キャロラインの父親ジョーは、分厚い本を読みかけたまま黙り込みました。

 しばらくの間二人は沈黙していましたが、キャロラインは目に涙を浮かべて走り去ってしまいました。ジョーは止めようとしましたが、キャロラインはとっくに家を出ていました。

 

 国道沿いの光が眩しく散々に輝く中で、彼女はふらふらと、歩道の中を歩いて行くのでした。車が次々と走り去ってしまう。彼女の目には街の明かりが反射していました。

「サンタさんは、パパだったのね……。」

彼女は笑い出しました。同時に涙を流しました。鼻先を赤くして、頬は小刻みに震えていました。その時、彼女の携帯電話が鳴りました。もう一人の元カレの空君でした。彼女は立ち止まって電話に出ました。

「もしもし、キャロライン。君に話しておくことがある。きいてくれ。」

「うん、なに?」

「僕は、やはりサンタはいないと思うんだ。そこで、そのことを文章にしたいんだ。けれど、君に何の断りもなしにそんなことを書けないとおもい電話した。」

「そう。」

「つまらないことを書くが、あまり気にしないでくれ。」

「大丈夫、私もう大学生よ? そんなこと気にしないわ。」

「そうか、じゃあ、元気で。」

電話が切れました。彼女はため息を一つついて、再び歩き始めました。吹っ切れてUターン、少し前向きに家に向かいました。空にぽつぽつ星がありました。


 次の日になるまで、彼女は父親と話せる気がしませんでした。今朝、ようやくおはようと言えました。「雪子、今まで黙っていてすまない。お前を騙してしまって、パパは昨日どうしたらいいのか……」

「いいのよ、パパ」

ジョーの言葉の途中でキャロラインは彼に笑いかけた

「パパは私のためを思ってくれてたんでしょ? それで十分よ。」

彼女の言葉を聞いて、ジョーは声を潤ませました。

「雪子、ありがとう……!」

「泣かないでよ、結婚式じゃあるまいし。それじゃ、私いくね。今日はいろいろ予定があるの。」

キャロラインは支度をすませ、自宅を後にしました。

 「待ってくれ!」

 玄関から数秒も離れていない距離で彼女はジョーに呼び止められました。

「今日12時までに帰って来ておくれ、家族でクリスマスのお祝いがしたいんだ。」

「わかった。ちゃんと帰ってくる。」

彼女は手を振って、歩き始めました。


 晴君と合流したキャロラインは、いろんなとこを見て回りました。いつの間にか時間が進み、気がつけば11時になっていました。キャロラインは事情を話して帰ってしまい、晴君は一人取り残されました。

「何となくさみいな。」

晴君も帰っていきました。


帰宅したキャロラインの前に、サンタさんが現れました。

「ふぉふぉふぉ、君はよい子じゃな。プレゼントをあげよう。」

「パパでしょ、今年も準備してたのね。」

サンタさんではなくジョーでした。ちょっと残念とキャロラインの顔に書いてありました。しかし、彼女は父親のコスプレの完成度に驚きました。なんとクオリティーのたかいこと。いったいいくらかけたのか気になるくらいでした。

「そんなリアルな服どこで買ったの?」

「特注品だよ。」

彼女は父親に、ものすごく感謝したかったのですが、言葉が出てきません。代わりに涙が出てきてしまうのです。キャロラインは泣いて笑いました。

 彼女が落ち着くのを待って、ジョーは読んでいた本を閉じて、話しかけました。

「こんな日がいつか来るかと思っていたが、うれしいのやら寂しいのやら、わからんが、今日まで元気でなによりだ。ありがとうな、小雪」

キャロラインは涙ぐんでうなずきました。

「小雪がいたから、パパはここまで頑張ってこられたんだ。それなのに、パパ、小雪に何もしてやることができなかった。寂しいって思わせてしまう時もあった。小雪はほんとに良い子だ。そんな時も泣かずに、『パパもっと稼いで』と言ってくれたりした。でもあれはパパを元気にするために言ったことなのだろう。」

彼女は自分が幼い時に言った事にあきれた。

「いや、そうでもないと思うけどな……」

ジョーは咳払いして

「ともかく、パパはあれで元気になれたからよし。それより、世界で一番良い子の小雪に、パパサンタからの最後のプレゼントをあげよう。ガレージに行って。」


 ジェーが用意していたもの、それは、トナカイとそりだった。

キャロラインは目を輝かせた。

「ほんもの!?」

「ああ、すごいだろ!」

キャロラインは本当に感動していましたが、冷静になって訊ねました。

「ここは日本よ、雪もないし、どうやって進むの?」

「乗れば問題ないさ。」

そう言ってジョーが乗るので、キャロラインも乗りました。ジョーは鈴を鳴らし始めます。シャンシャンシャンシャン……。ガレージのシャッターが開くと、外は満月の明かりでひっそりと賑わっていました。

「パパ、恥ずかしいわ。もう満足よ?」

「大丈夫、空を飛べば、誰にも見えないさ。」

「そらをとぶ……?」

キャロラインには理解出来ませんでした。トナカイのそりに乗って、鈴を鳴らして、空を飛ぶ。


「サンタさんはほんとにいたの?」


「ああ、パパが、サンタさんだ。」


夜の静寂の中、キャロラインは月光を浴びて、眼下に広がる世界に息を飲みました。


「ありがとう、パパ。人生最高のプレゼントをくれて。」


「空を飛べるなんてのは、最高だろ?」

ジョーの言葉に、キャロラインはこう答えました。


「それだけじゃない。私が生きてきた時間、私が生きていく時間、そういうものとか、なんか、全部。」


「あたまおかしくなったかい?」

二人の微かな声が大切に運ばれて、空の彼方へと向かっていくのでした。


 翌日、キャロラインのもとに連絡が届く、空君からでした。

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