5節 懺悔室は本来罪を告白し悔い改める場所であり、懺悔室の仕切りは互いの顔が見えないようにするためにある物です
※主に男性に対しての、下ネタというか、逆セクハラ的な発言がありますので、その手の内容に不快感を示される方はどうかご注意下さいませ。
紫檀の壁に精緻に彫り込まれた聖陣――この懺悔室自体に簡易的な“結界”が施されているせいで、ここでは霊力も魔力も抑制されている。どうやらそのあたりも、毎回どうにも落ち着けない要因のようだ。ちなみに扉は修理済みである。
そんな懺悔室という名の反省室に逆戻りの常連は、不機嫌のさらに下をいく不機嫌の真っ只中にあった。2、3人は殺った顔になっている。
「少しは頭も冷えたか、アレク」
いつぞやの夜のデジャヴュよろしく、不意に声がかかる。
壁一枚を隔てた向こう側の小部屋から。
仕切りに設けられた小窓の網越しに、アルバス大司教が姿を覗かせた。そして何故か、問題の少女も。
「まったく、見境なく“イデア界”を張ろうとするとは……。神聖な神の家で喧嘩など言語道断じゃ、この不肖のルーラーが!」
最早逆セクハラに等しい例の少女の強烈なアプローチの一件にアレクがキレて、「喧嘩」と片付けるには生易しすぎる、一触即発の戦闘状態になったことはまだ記憶にも新しい。
アルバス大司教が仲裁、というかアレクに真空飛び膝蹴りをきめたことで、何とか事なきを得はしたが。
「テメェの方こそ見てたンなら、もっと早くマシなやり方で止めに入りやがれ」
「いや~、そろそろお主も身を固めたらどうかと思ってな。そうすればその触れれば切らんみたいな抜き身のナイフなところも、少しは丸くなるかと――」
「やかましい!」
「にしても、女性に頭突きとはなんじゃ頭突きとは!」
「俺はどうなろうといいのかよ!?」
アレクは、大ダメージが尾を引く一部分から氷嚢を離せないでいる。
「何なら今この場でジジイのも蹴り上げてやろうか。霊力全開でな」
「曲がりなりにも神に仕える者に対して、何という口のきき方を……!」
「心配すんな。すぐにその神の元に遣わしてやる」
「痛かった? ごめんね。かなり手加減はしたんだけど……」
「あれでか!?」
「当たり前じゃろう。混血魔が本気を出しておれば、今頃、お主は……」
「『今頃』何だよ……。オイ、顔そむけンな!」
「……切り落とされていたかもしれぬな」
「どこを!?」
「ということで、彼女はきちんと謝ったぞ。ほらお主も――」
「何で被害者が詫び入れなくちゃならねぇんだ」
「か弱い女の子の顔に傷でも残ったら、どう責任を取るつもりじゃ?」
「こいつのどこが『か弱い女の子』なんだよ」
「ムカ! 確かにワタシは混血魔だけど――」
「テメェは混血魔の皮を被った、ただの変態だろうが」
「それをいうなら人間だって、中途半端な理性の皮を被った、ただの年中発情期生物じゃない」
「テメェの開き直りに全人類を巻き込むな」
「ア レ ク シ ス = グ レ イ」
「…………………………オイ、女――」
アルバス大司教の強権発動に、渋々といった様子で重い口を開くアレク。
「は、はい!!」
初めてアレクからまともに呼びかけられ、スルリと背中に長定規を入れられでもしたかのように、少女は背筋をピンと張る。
「――頭は、大丈夫か」
「なんかヤダその言い方ー!」
「心配してやっただろうが」
「求めてるのはそんなのじゃないー!!」
「贅沢言うんじゃねぇ! 人にあんなことしやがった分際で!」
「あんなことって……キスのこと?」
「そんな次元じゃなかっただろうが」
あわや強制婚約の一歩手前だった。
「アレク、お主…………ファーストキスだったとか気持ち悪いことは言ってくれるなよ?」
「ああ゛!? クソジジイ、マジで昇天させてやろうか!?」
「えっ!? 嘘!? 初体験!? も、もしかして童貞だったりもしたの!?」
「ハハハ、28にもなって流石にそれはないじゃろ~」
「いや、童貞でもヤリまくりでもどっちでも全く支障はないんだけれど、今後の参考にするからちょっとだけ教えてもらっていいですか!?」
「もうテメェら黙ってろ!!」
面倒な人間に面倒な混血魔を会わせてしまったものだと、アレクは深い深い溜息を吐く。孤立無援。四面楚歌。前門の虎後門の狼――頭を抱えずにはいられない。
「して、オペラ。ランヘルには暫く滞在するつもりなのか?」
「うん。次の仕事が入るまではいようかなって」
「そうかそうか」
「ちょくちょく遊びに来ようとも思ってるし」
「それは良い」
アレクを遥か彼方へ置き去りにして、アルバス大司教と少女は、和気あいあいとお喋りに興じ始める。大司教がこちらに向き直るまでの間、暫しずっと。
「この娘は以前、少しの間だが世話をした子でな。旧友に養女として預けておったんだが……。まあ、儂の友人と思ってくれ。アレク、街の中でも色々案内してあげなさい」
「何で俺が」
「まあまあ、あとは若い者同士で」
「おいジジイ、何笑ってやがる」
「それではさらばだ」
「またバックレる気か!?」
「はっはっは」と、アルバス大司教が後のことを全部丸投げして席を辞せば、残されたのは、アレクと、“オペラ”と呼ばれていた少女の2人だけ。
妙な沈黙だけが、この狭い箱の中を支配していた。
「………………こんな密室に、二人きりだね」
「オイ、何ギラついた目してやがる」
この時だけは、懺悔室の結界と仕切りの存在に、アレクは心から感謝をした。