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混血魔(キメラ)の恋する聖職者  作者: 久保田マイ
1章 ファースト・インプレッション
11/14

10節 ティボルド神父




 ベッドに横たえられた体を覆う、顔まで引き上げられた真っ白なシーツ。


「………………テオ、テメェ……」


 突きつけられたのは、酷く異様で現実味のない、酷く残酷な現実。

 ティボルド(テオ)が――。






  †   †   †






 真新しい箱に敷き詰められた、高価なホワイトチョコレートのようなリノリウムの床――(サン・)コスマ・ダミアノ記念病院。

 「クオレヴィア教団の息がかかっている(と繋がりがある)」と知っているのは、教団側と、病院側でも限られた者のみ。

 その内の1人である筈のアレクだが、ここにはまず来ないし、来たくないのが本音であった。

 アレクにとって病院(こういう場所)は、闇市場(ブラックマーケット)の揉みくちゃの人ごみの中を進まねばならぬような煩わしさがあるからだ。

 この場合、人は人でも、死後の(、、、)、ではあるが。

 どこに行ってもその類の存在がいるのは百も承知だが、人の生死と密に関わる(ある種特異なこの)場所は殊更多い。

 勿論昔と違い、今ではアレクも“霊視”の手綱(コツ)は掴んでいる。視ることにも、逆に視ないことにも。


『ねえってば!! 何で皆私を無視するのよ!?』

『つ、妻は!? 一緒に乗ってたんだあの時!!』

『ずっと待ってるのに……。何で誰も迎えに来てくれないの……?』

『オイ、見ろよ。神父だ。神父がいるぞ。』


 だが、こうも騒がしい(、、、、)と、視えずともそこかしこで気配を感じて休まらない。結果、無駄に疲れる羽目になる。


 しかし。

 ノックもそこそこに、目的の病室に一歩足を踏み入れた瞬間。

 そんないつもの疲労を感じることさえ、アレクは忘れていた。


 壁紙、床、カーテン。全てが清潔な、否いっそ不気味なまでの白さに塗りつぶされた室内(くうかん)で。

 それ(、、)は真っ先にアレクの視線を引き寄せ、それ(、、)だけがアレクの視界を支配した。

 磁力のように。呪力のように。


 ベッドに横たえられた体を覆う、顔まで引き上げられた真っ白なシーツ。

 その上を、窓から差し込む青白い午前の日の光の指先が、偲ぶように撫でる。


「……………………まさ、か、()で……」


 耳鳴りが響いている。

 両足に鉛の足枷でもはめられたのかと錯覚するくらい、腹立たしくなるほどの鈍重さで、気付けばふらふらとベッド際へ歩み寄っていた。

 果てなく続くとも思える、その数メートルの距離を。




 一歩。

 


(――手術こそ終わってはおらんが、十中八九、命に別状はないそうだ)




 一歩。



(――こんな時に言いたくはないが、かの者の損失(ふしょう)は我が教団にとっても痛手……)


(――命令不遵守で突っ走った上に、標的の破壊と引きかえに教団のエクソシストが負傷)




 また、一歩。



(――ああ。テオが怪我をしたのは事実俺のせいだ)




「………………テオ、テメェ……」



 突きつけられたのは、酷く異様で現実味のない、酷く残酷な現実。

 ――ティボルド(テオ)が、死




「ぬワケねえーーーーーーだろ!! 今よからぬ妄想で他人様を一名勝手に殺しやがったなお前はよう!?」









「…………………………は?」



 後頭部を殴られたのかと一瞬思った。

 それほどまでの、最早暴力に近い衝撃(突然の声)に、振り返る背後。

 目を白黒させる。

 呆気にとられるとは、まさにこのこと。




 そこにはいたのは、ティボルド神父(パートナー)張本人。




「…………………………は?」

「ん? ああ、それ(、、)か? 伝説の(若ぇ頃の)エクソシストの聖像(アルバス大司教の)だとよ。何か笑っちまわねぇか」


 顎でクイと指され、即効アレクは件の不吉の象徴(白シーツ)をひっぺがす。

 その下には……何かよくワカラナイ一体の像。


「………………ハア!?」

「いや~、絶対安静っても、やっぱ寝っ転がってるだけってのはチィとばかしオレの性には合わねぇわ」

「…………ハア!? てかテメェ、これ……ハア!?」

「それなー、こんなとこで役に立つとは。ほら、第……何回目だっけか? アルバス大司教(爺さん)のビンゴ大会の時の景品」

「……」

「そうだ。言い忘れてた」

「……」

「アレク、来てくれてあんがとな……ってオイオイオイオイ!? ち、ちょっと、何で“イデア界”生成しようとしてんの!? 武器(エクウェス)解放しようとしてんの!?」

「ンの悪趣味な像を、ちょっとテメェのケツにブチ込んでやろうかと思ってな……」

「いやいやいや! ちょっとどころの話じゃねぇから! いくらオレ様でもそれはし、死んじゃうかな~なんて!」

「安心しろ。その重石ごと地中海にでも沈めてやるよ」

「いぃぃぃぃやああぁぁぁぁっ!! 流石元本業の人! 怪我人(オジサン)相手でも言うことエグぃわ! 1ミリの安心感も感じらんねぇ!!」

「やかましい! な・に・が『来てくれてあんがとな(キリッ)』だこの糞オヤジ!!」

「分かってる分かってるって! ビックリしちゃったんだよな!? けどよ、『次病室(へや)から脱走したら筋肉弛緩剤打つ』て脅されたモンで、止むに止まれずこんなカモフラージュを――」

「止むに止まれずじゃねぇよ! 大人しく寝てるって選択肢はねぇのか!? “暴食(グラァー)”に体半分持っていかれかけたんだぞ!? てかテメェ――」


 プツンと、糸が切れたかのように。

 喧噪が途切れる。

 一拍して、魂が抜け出るかのような深い深い溜息を吐くと、アレクは手近の丸椅子(チェア)に倒れるかの如く座り込んだ。


「――頼むから紛らわしいことすんじゃねぇよ……」

「……悪い。心配かけたな」


 ティボルドの苦い笑み混じりの言葉が、脱力したアレクの頭にポンと乗っかる。その様はさながら、帰りを待ち詫びて泣き眠った子供に向ける、バツの悪い父親のようであった。


「笑ってンじゃねぇよ……」

「はは、いや、アルバス大司教から聞いてなかったのかよ?」

「……」

「最後まで聞かずに出てったんだな」

「元はと言えば、ンな意味深な言い方したジジイが悪い」

「そういうことにしといてやるか。にしてもお前、病院(ここ)嫌いだろ? 病院、墓地、人通りの多い場所、お前の苦手な場所ワースト3入りじゃねぇか。来ねぇと思っててよ」

「パートナーの見舞いに来ねぇほど、俺は薄情じゃねぇぞ」

「おう。あんがとよ」


 精悍さに箔をつける日焼けした肌に、白い歯がニカッとのぞく。

 ボサボサのミディアムヘアーに無精髭。

 教団服だろうが病衣だろうが崩さない、テンガロンハットとウエスタンブーツスタイル。

 聖職者(エクソシスト)というよりは、テキサスのバーあたりにでもいそうなナイスミドルと呼ぶ方がしっくりくるところまで、いつものティボルドである。

 ただ一つ、痛々しいほどに何重にも巻かれた包帯の部位を除いては。

 否が応でも目に入る。アレクは密かに表情を曇らせた。


「やべぇ、もうこんな時間か」

「何だ」

「アレク、ちょっと手貸してくれ。その像どかせ」

「ンでだよ」

「そろそろ、白い悪魔の巡回時間でな」

「テメェ、看護師さんに謝れよ」


 アレクも平均よりずっと上背がある方だが、手伝うにも、いかんせん相手は筋肉隆々とした大男。ようやくアレクが本題を切り出せたのは、若干手間取りながらも患者(、、)が車椅子からベッドに移り、二人共が一息ついた後のことであった。


「…………傷の具合は?」

「おうよ。見ての通りオレ様はピンピンしてるし、後遺症も残んねぇだろうとさ。治るのにちょっとばかし時間がかかるのが難だがな」

「当たり前だろうが」


 悪魔(てき)の牙は、ティボルドの胸部――肺にまで達していたし、文字通り骨一本で右腕は切断を免れた(繋がっていた)状態だったのだ。優秀な医療チームの迅速な処置と、裏で密かに動いてくれた“廉施者(ヒーラー)”の力があったからこそ、ここまでの驚異的な回復を見せはしたが。


「手厳しいねぇ、相変わらず」

「……テメェは自分の状況本当に分かってンのか? 俺のせいであと一歩で死ぬとこ」

「ストップストップ。そりゃあ言わねぇ約束だぜ、兄弟弟子よ(ブラザー)

 みなまで言わせず、ティボルドが言葉を遮る。

「……お前がああしてなかったら、あの子は悪魔の餌食になってた(死んでいた)。“予言者(オラクル)”じゃなくてもオレにもそれくらい分かる。だからって、()の判断が間違っていたとは貶せねぇが。けどな、少なくとも上の指示通りにしていたら、オレは……きっと今頃こうしてベッドで半ミイラ状態で寝てこそいないだろうが、きっと今頃後悔してる」

「……」

「お前の行動を正しかっただの間違ってただの言うのは不適当だ。誰にンなこと分かる? 誰がンなこと決める? それでも強いて言うとすりゃあ……オレは、お前のあの時の判断は嫌いじゃなかったぜ?」

「……何だそりゃあ」

「それに! 何はともあれ、オレ様はこうして生きてるわけだしな!」


 「だからその眉間の皺いい加減とったらどうだ」などと、妙な父親風、そうでなければ一回りも大きな兄貴風を吹かせて、アレクの撫で付けた髪をぐちゃぐちゃに掻き回すティボルド。

 その些か荒っぽい手をかわし、「……余計な世話だ」と小さく呟いた時の感情を真に何と呼んでいいのか、アレク自身にもよく分からなかった。


「にしても――」

 不意に、ティボルドが天井を仰ぐ。

「――悪魔も倒したし、子供も助かった。エクソ()シスト()という()存在()も……一般人(何人か)に見られはしたが、最悪教団側(こっち)で記憶は消せなくもねぇ。この結果オーライ? てやつが、大司教(爺さん)たちには今ひとつ理解できないのかねぇ」

「……知ってるのか」

「半謹慎、だろ? 無期限の」

「……ああ」

「オレも色々やらかしてきたがなあ……」

「テメェは教団の正統派だろうが」

門下生(ガキ)の頃から教団(神学校)でお勉強して、エクソシスト見習いになって、退魔師(エクソシスト)……てか? まあ、絵に書いたような正当ルートではあるよな」

「その点俺は、裏口入学(急に湧いて)したようなモン(出た拾われ者)だからな。それが気に入らねぇんだろうさ」

「そんなに伝統やら形式が大事かね~。やだねぇ、頭のお固い方々ってのは。やり方が陰険(保守的)で」


 そう言ってティボルドはベッドヘッドにもたれかかると、やれやれと言わんばかりに首を振った。が、気を取り直したようにすぐに顔を上げる。


「とはいえ、オレも退院したところで戦闘は無理だ。しばらくは裏方に回らせてもらうつもりだ」

「無理すんなオジサン。ひと思いに引退したらどうだ」

「いやいや、オジサン見くびったらいけないぜ? こう見えてワイシャツについたピザソースのシミばりのしつこさと頑固さ持ってるかんな?」


 皮肉と呼ぶには随分と底抜けた豪快さで、ティボルドは笑った。


「それにお前がオレの立場だったとしても、やっぱ辞めねぇだろ? 目的(、、)のためにはよ」

「……だろうな」

「ま、異端児(外れ者)異端児(外れ者)らしく。みっともなく地べた這いずり回ってもエクソシストやってやろうじゃねぇか、相棒(パートナー)


 負傷していない方の腕、無骨な握り拳を突き出される。

 アレクはふっと笑みを零し、そこにコツンと拳を合わせた。


 シーツにかかる青褪めた木漏れ日は、いつの間にか温かな日だまり(オレンジ)色へと変わっていた。






 †   †   †






「そういや、これ」

「んー?」

「見舞い品だ」

「おお、悪いな。中身は何かな~、……あー」

「どうした? 好物だろ?」

「いや、嫌ってわけじゃねぇんだ。ただ――」

「ただ?」

「奥さんも同じ土産持ってきてくれたから、流石夫婦だなって思ってよ。にしても水臭ぇな。オレは結婚しただなんて一言も聞い」

「ちょっと待て。誰だって?」

「奥さん」

「誰の?」

「お前の」

「……はあ!? 俺は所帯なんか持ってねぇぞ」

「いや、でも奥さん今朝方見舞いに来てくれたぞ? アルバスの爺さんと。『いつも主人が世話になってます~』って。何て言ったか、確か……オペラちゃん? とかいう嬢ちゃ(シニョリー)

「あの(アマ)絶対いっぺんシメる」

「お、おい!? 何言って、新婚早々DVかよ!? 奥さんだって好かれと思っ」

「だから違うって言ってんだろ!?」




大司教・司教の下には、お弟子さんのエクソシストたちがいます。

基本アルバス大司教は、優秀だけれどワケありとか問題児ばかりを弟子にとる変わり者。


アレクとテオ、これでアルバス大司教の弟子3人の内、2人まで出せました(^q^)

暴力的なやり取りしてますが、2人は一応仲良しですよ。

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