9節 収拾は翌日に
元帥卿――現在バチカンに赴いているために長期不在中なのだが――を長とし、5人の大司教とそれぞれの下に属する神父、そのさらに下まで数に入れるのであれば助祭や教団関係者、候補生たちによって構成されるエクソシスト集団、それが、“クオレヴィア教団”である。
そこは、表の顔のクオレヴィア「教会」の部分を取り除いてしまえば、最早カラクリ屋敷だ。
15世紀に、一退魔師団の“白き心臓”が、“クオレヴィア教団”としての礎をここランヘルに築いてからこのかた、内外部の増改築を秘密裏に繰り返してきた結果である。
分裂や戦乱、激動を経てきたイタリアの歴史のようにややこしい。一般には開放されていない通路があちこちを巡り、そこを通ってでなければたどり着けない場所がいくつもある。
大広間、蔵書館、中庭、カタコンベと地下大聖堂……。
翌朝。
アレクが向かったのは、そんな中の一つ。別塔の上階。
上階に向かっているのに何故か一度階段を下り、それから上りきった先にある、アルバス大司教の執務室であった。
「いっっっっけぇええええええっ!! テイクオ」
「ンなことだろうと思ったぜ」
「フぅどわああああああああっ!?」
突如現れ出た侵入者――アレクに驚愕するあまり、アルバス大司教の手から滑り落ちる。
送信機が。
すると途端に、開かれた窓の外へとその身を躍らせていた機体は、操縦手を失くし、下手なスローモーションのように真っ逆さまに墜落していく。
「あ゛あーーーーっ!?」
「だーれが『職務中』だって?」
アレクは、外の扉にあった張り紙を投げつけた。握り潰された紙面には、デカデカと躍動する大司教直筆の文字。
超超超重要で緊急の職務中!
入ったら神の鉄槌が下るよ(≧∇≦)b
「ノ、ノックぐらいせぬか! 第一、扉番に助祭をやっていたはずだが!?」
「どいてくれたぞ」
「また泣かしたのか」
「『そこをどけ』って目で訴えただけだ」
「お主の場合、それは『ガンを飛ばした』というんじゃよ」
「見解の相違だな」
「助祭カワイソウ……」
「その元凶に哀れまれたくもねぇだろうさ。大体、いい年した大司教がラジコンヘリで遊んでンじゃねぇよ!」
「息抜きだって歴とした職務じゃわい!」
「歴としたサボりだろうが。見てるこっちが恥ずかしい」
「お主に恥じられるいわれはないわ! 見てるのは読者だけで十分!」
「少年の心とやらをこじらせたジジイの末路見せられたところでな……」
「何を言う! こんなお茶目な儂のレア姿は、最終話までもうお預けかもしれぬというに!!」
「わわっ! 何だい!?」
そうしている間に、下の中庭に不時着したのだろう、ラジコンヘリの巻き添えに遭ったらしい声が聞こえてくる。
「悪魔の襲撃!?」などと、毎度のズレた慌てっぷりをするその人物を、アレクは窓から乗り出して見下ろす。
「あー、エイデン。悪いな。それ? いらねぇよ、やる。じゃあな」
「ああっ!? 儂のメタトロン19号が……っ!」
その試作数に至るまでの根性と集中力は買うが、まったくもってただの無駄遣いである。
背後から聞こえる大司教の文句は完全無視。アレクは送信機を下に放り投げて渡すと、窓を施錠して室内へと向き直った。
アルバス大司教は、古めかしい光沢を帯びた執務デスクの椅子に腰を下ろしていた。
が、年甲斐もなくいじけたポーズをとるのは頼むから止めてほしい。
「……で、何の用だ。不肖の弟子よ」
「テメェが呼んだんだろうが。我が師よ」
「ん?」
「『大事な要件があるから、明日司教執務室へ来い』て伝言頼んだだろうが」
「あーー!」
そこでようやく、不貞腐れていた大司教が顔を上げる。
「ということは、無事オペラに会ったんじゃな!」
しまったと、アレクが己の失言に気がついたところでもう遅い。
「……てか、どういうつもりだ。隠れ家の場所、教えやがったな?」
「グッ☆」
「…………その立てた親指ひん曲げてやろうか。その顔もやめろ。糞腹が立つ」
「いや~、良かった良かった。無事にお主の所まで行き着けたか、気がかりだったのでな」
「その内の1ミリでもいいから、俺も気がかりに思えよ」
「お主なら大丈夫だと信じていたんだもんっ!」
「何が『もんっ』だ。可愛いと思ってンのか」
「まあ、冗談はさておき――」
ふと、大司教の目が、軽薄めいたそれから、穏やかな、けれど静かな憐情を帯びたものへと変わる。あたかも、聖人が道化師の仮面を不意に外したかのような。
「――儂とて、お主に悪意や敵意を抱くような者に口を割ったりはせぬよ。十二分に承知しておるでな、お主のこれまでのことは」
毎度毎度、この変貌ぶりは卑怯である。アレクは二の句を継ぐのを思わず躊躇った。
「安心しなさい。オペラは危険ではない」
「……混血魔に対して、随分信頼した口ぶりをするんだな」
「言っただろう。世話をした、と」
「……世話?」
「半吸血鬼も人魚も早くに亡くし……まだ幼かった彼女を、人間のハンターや悪魔からかくまったのだよ。旧友に預けるまでの、少しの間ではあったがな……」
失血死一歩手前で行き倒れていた死に損ないのみならず、混血魔の子供までこの老人は拾って来ていたのかと、教団の掟すら恐れぬそのお人好しさを前に何とも言えず、結局アレクはいつものように顔をしかめた。
「ともかく、ひとまず危険ではないから、恋人や伴侶として」
「ああ゛?」
「とまではいかないにしても、仲良くしてやってくれぬかの? それは、暫くはお主の血を諦めぬかもしれぬが……」
「何で俺が――」
「限りのない広き空へ飛び立つ翼も、海の底を自由に泳ぐ尾も持ちながら、あの子の知る世界はまだまだ狭い。人と魔その両者でありながら、しかしそのどちらの世界にも在りきれぬ。そして、分かち合う者の少ないその世界は……実に寂しい。酷く孤独なものなのだよ」
「……」
「覚えはあるだろう。幼き頃から特殊であったお主なら」
「…………さあな。もう忘れた」
「それに、お主らは案外共通点が多いと思うぞ?」
「どこが?」
「色々、だ。お主が気付いておらぬだけで」
「……で――」
少しだけ湿っぽくなったその空気に居心地の悪さを覚え、アレクは気まずそうに頭を掻きながら、俄かに話題を変えた。
「――用件てのはそれか? それとも、あの女を寄越すただの口実だったのか?」
「いいや」
アレクの予想に反して、アルバス大司教はそれをすぐに否定した。
「用件というのは、それはまた別の話だ。すっかり言うのが遅くなってしまった」
「……?」
「実は、連絡が入ってな」
「どこから?」
「その……聖コスマ・ダミアノ記念病院から」
「!? おい、まさか――」
「ああ。ティボルドが……」
「テメェそれ何で先に言わねぇんだよ!?」
「……人の話を最後まで聞かぬか、この不肖の弟子が」
アルバス大司教が文句を呟いてみせたところで、アレクは血相を変えてとうに執務室を出て行った後であった。
【クオレヴィア教団の組織体制について】
元帥卿(長期不在中。現在はバチカンにいる)>>大司教5名>>神父(=エクソシスト)>>助祭(=エクソシスト見習い)、以下教団関係者・エクソシスト候補生etc
大体こんな感じになってます。
表立っての役職名なので、本当はエクソシストのアレクも、表向きでは「アレクシス神父」となります。