名前は知らない
「皆ありがとー!美味しかったよっ。まだまだ食べられるけど、ここでやめにしてあげる。」
騒ぎが落ち着き彼女の空腹がある程度収まったのは、調理を開始してから約5時間。辺りはすっかり暗くなってしまっている。
彼女はすぐに帰り支度をし店を出て行った。
お兄さんの方は私達に礼を言い、食材代と修理費だと言ってお金を置いて行った。
紫綺さんと栞さんに聞いたレストランの周りにいた人々は、確認した時にはもうその場にはいなかった。紫綺さんが代表者に連絡してくれたからだという。
私達はガラス越しに見られていたと……あまり考えたくはない。
お兄さんから預かったお金は紫綺さんが代表者さんに渡してくれるという話になった。
私達といえば、明日も学校があるからと皆で寮に帰った。いつもなら自宅などに帰る人もこの異常事態の影響もあり一緒だ。
「それにしても、一体どれくらいの量を食べたんだろうね?」
ぞろぞろと列を成して道を歩いている時に、皆に聞こえる声で千佳ちゃんが言った。
「さぁね。ざっと100人前くらいはあったんじゃないの?」
紫綺さんがやれやれというように首を傾けながら答える。
お相撲さんでもそんな量は食べられない…はず。あの子が限界まで食べるとしたらいったいどれだけの人数分の料理が必要なんだろう
。同じ料理を延々と出されても食べていそう。あの子の胃はブラックホールなのかな。
そんな事をぼんやりと考えた。
でも考えてもこの答えはでない。
「お兄さんも大変だよな、あんな妹がいたらよ。」
「でもあの兄さんも中々恰幅が良かったよーな気ぃするで?」
ケインさんとアルバートさんがそんなやりとりをしている。
「私、自分では食べきれないほどの料理を作っちゃう事が多いから、ああいう風に何でも食べられる人が周りにいたら助かるのにな。」
真里亞さんがそう言うと、アルバートさんが話題に激しく食いつく。
「その役、俺にーー。」
「そういえば。」
被さるようにして発せられた声に勢いを奪われたアルバートさんが声の主を見る。私もその言葉の続きを待ってそちらを向いた。
「あの二人、名前はなんて言うんだろう。」
…あ。
思い返せば一度も名前を呼んでいないことに気がつく。周りもそうだったようでかなりざわついた。
今回は収まったものの、次回がそうとは限らない。名前や連絡先は聞いておくべきだったかもしれない。
誰か聞いている人はいないだろうか?そんな風に思ったのか辺りを伺う人が何人か出てきた。聞かれた相手も知らないと首をふっている。
「でもどこかで見たことがあるような?」
結局誰も分からないとなり、寮の近くへ到着する。男子の寮と女子の寮は棟が違うのでここで男子達とお別れ。
お疲れ様、おやすみなどと挨拶を交わして私たちは女子寮へ向かう。
「いつもあれだけ食べてるとなれば、食費が掛かって大変よね。」
「ノエルは少食だからあの子の気持ちは分からないわね。」
「千佳的には、あの子は相当頑張り屋さんだと思う!」
「何で?」
さっきの子の事で話が持ちきりになる。
記憶を辿るようにしてあの子の事を思い出してみる。
とてもあの量を一人で食べるとは思えない程小柄で、少しぽっちゃりしてた。いつもあの量を食べるなら、もっと大きくなってるだろうし、それなりに……ってこんな事考えちゃう駄目だ。体重やプロポーションの話は禁句な筈だし。
「お相撲さんになってもおかしくない量よね。あれだけ食べてそんなに太らないなら、私も食べられるだけ食べてみたいわ。」
「えっ、意外。霧雨さんはああいうのはしたないかと思ってる人かと。」
私も千佳ちゃんに同意。霧雨さんってお嬢様ってイメージがあるし、とても庶民には食べられないようなものを上品に食べてそう。
霧雨さんでも食べられるだけ食べたいって願望はあるんだなぁ。
私も甘いものを食べられるだけ食べてみたいかも。絶対太るから出来ないけれど。
「勿論食べ物には拘るわよ?でもほら…璢夷くんが作ってくれるなら話は別よ。例え失敗作でもゲテモノでも毒でも笑顔で食べて見せるわ!」
これはまた凄い意見。
でも待って?もし緋威翔さんが手作りで何か持ってきてくれたら?それがもし不味かったら…あり得ないとは思うけど…だとしたら、私も笑顔で食べるかも。
だって折角作ってくれたんだもん。不味いなんて言えないし言いたくない。
…流石に毒は無理だけど。
「それは困るわね。偽物が現れたら霧雨さんが負けちゃうわ。」
そう言ってクスクス笑うセイラさんに、何故か顔を真っ青にしている政宗さん。反応はそれぞれだけど、好きな人には弱いのはどの人も同じみたいだ。
「…気をつけなくちゃ。」
「政宗ちゃんの料理は凄まじいものねぇ。一口で大体の人はオチるはずよ。」
料理の力で恋におちるって事…ではなさそう。璢娘さんの表情を見る限りは。
「その様子だと一口でノックダウンって感じね。」
「材料はちゃんとしたものを使ってる筈なのに…。」
「そうね。それは私が保証しますわ。」
「じゃあ何がいけないの?」
うーんと唸る女子一同。
政宗さんの料理がどうして最終兵器のようになってしまうのかは誰にも分からない。本人さえも分からないんだもん。
「諦めないで。また今度一緒に作ってみましょう?」
「は、はい…。」
すっかり元気を無くしてしまった政宗さんをセイラさんや璢娘さんが励ます。本人は少し納得がいかないというような表情をしてたけれど、深呼吸で気持ちを入れ替えたのかまたお願いしますと勢い良く話した。
「明日の授業、どうなるのかな。」
「さぁ…今回の事も踏まえて、緊急時にどうすればいいかとか話し合った方がいいかも。」
「先生に相談してみましょうか。」
中途半端に首を突っ込み、大きな被害を出したことで私達は学んだ。
気になる事は気になるけれど、全て私達が解決しなくてはいけない訳ではない。
正式な依頼で無いものは情報が足りないし対策のしようがない。
だから、頼れる人に伝えるなり指揮をとってもらうなりで対応してもらった方が絶対にいい。
「あの子の能力は何だったんでしょう?武器はナイフやフォークで決まりでしょうが。」
「お兄さんの方は皿ね。ただエスパーみたいにガチャンガチャンやってただけだから、核ーーと言うのかしら?その能力は使ってないわね。きっと。」
鎌田姉妹が分析する中、私も考えてみる。
ナイフやフォーク、お皿が宙を舞った。これは間違いなく武器の能力の一つ。
私の冷が勝手に動いたり、セイラさんのクマさんが指示通りに動くのと同じ基本能力[自由自在化]かな。
基本能力は他にもあるとか何とかテレビで解説してた気がするけど、ちゃんと聞いてないからわからないや。
今度ちゃんと聞いてみよう。何か発見があるかもしれない。




