とある青年の記憶
過去編①
話はセミリア・ファル王国が世界一平和な国として語られ始めた頃。
女王としてあちこちを駆け巡るイア姫に訪れる出会い。
影から見守るその姿は果たして誰のものなのか。
久々にまともな授業を受けたせいかご機嫌で自室へと帰ってきた訳だけれど、あの緋威翔さんの一言が未だに頭を過る。
ただただ気になって、でもどうしようもなくて。落ち着くために本を読んだりハーブティーを飲んでみたりしたけど、効果はイマイチだった。
それからお風呂にも入って、明日の支度もして準備万端でベッドに入るとすぐに眠気が襲ってきた。あまりにも心地が良かったものだから、何も考えずにそのまま眠りに落ちていく。
◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆・◇・◆
気がつくと辺りには街が広がっていた。
遠くにはお城も見える。あのお城には見覚えがあるのでセミリア・ファル王国の城だろう。となるとここはセミリア・ファル王国にある城下町といったところだろうか。
行き交う人々は笑っており、とても幸せそうに見える。恋人と歩く者、家族とにこやかに会話をする人、買い物に来ているらしく辺りを見回す人。それぞれがそれぞれの幸せの形を見出せているように思えた。
私…いや、最早性別も分からないがこの人はこの街に馴染み深い人物らしい。
次から次に細い道を通ったりして進んでいる。露店の間、建物と建物の隙間。それこそ入り組んだ迷路のような道を迷うことなく進んでいく。
「ーー、本当にこの近くに翼がいるの?」
後ろからこの人の名を呼ぶ声がした。
この人が振り向かなかったからどんな人か分からなかったけど、声からして女性。
「あぁ、そうだ。翼は確実にこの近くにいる。俺達の相棒を除いても、一人。」
あ、この人は男の人だったみたい。
夢の中ではイア姫にしかなった事がなかったから、意外かも。
しかしこの人たち、誰かに似てるような。
「ねぇ、わざわざ歩く必要はある?」
更に違う人の声がする。男性…かな。
「殆どの人には見えていないが、中には見える人もいる。奴は恐らくそのタイプだ。普通の人間に紛れていた方が見つからないだろう。」
「ふぅん。飛んで行った方が楽なのに。」
「奴を刺激したら厄介だからな。」
更に進んで行くと噴水のある広場へ出た。
有名な噴水なのかな。周りには沢山の人がいる。
「………」
「ん?ーー、見つけたのか?」
やっとこの人が振り返った。
そこには少し癖のある黒髪の男性と、黒髪ストレートロングの女性、その二人の後ろには白髪の男性の姿があった。
白髪の男性は髪だけでなく、目の色や肌の色も薄いような印象を受ける。もしかしてアルビノなのだろうか。黒いローブを着ているせいか、とても目立つ。
「目がいいものね、ーーは。」
「羨ましいよ。…で、どこに?」
アルビノの男性は一点を無言で指差す。
指差す先は普通の煉瓦道そこを通る人は一人二人どころではない。この中の一人が探し求めている人らしい。
「あそこね。行くわよ、ーー!」
「分かってる。」
「ちょっと待て!今刺激するのは良くない…!」
叫んだけれど間に合わず、二人は飛び出した。駆けていったんじゃなくて、‘‘飛んだ’’。
正確に言うと、飛んだのは一人だけだけど。
今空に浮かんでいるのは、女性の方だ。で、男性の方はと言えば。見事な藤色の翼と化していた。
今私がなっている男性が驚いていないのを考えると、彼にとって珍しい事ではない事がわかる。
「あっ。ちょ、ちょっと待った。」
翼から声がする。
「あれは……」
視線の先には見覚えのある女性の姿があった。茶色の髪、青い瞳。大人しめの黄色のドレスで走るその人の名は。
「イア姫じゃないか。何故こんな所に…?」
「護衛もつけてないし、元老院のやつらもいない。何でだろ。」
「イア姫の向かう先!見て!」
急に必死になって叫ぶ女性。その言葉通りにその先を見ると、反対側から身体を引きずるように歩いてくる人がいた。
「あいつは…!」
「間違いない。翼だよ。」
言われなくても分かる。傷を負っているその身体から、一枚また一枚と赤い花弁のように翼が道に落ちていっていたから。
必死に姫が走っていたのは騒ぎを聞きつけたからだろうか?
周りにいた人は道をあける。
姫が走ってきている事に気がついているからだ。姫と翼を結ぶ道には誰も立っていない。
すぐにイア姫が翼の目の前に到着した。
その瞬間、限界だとでも言うように翼が倒れ込む。あぁ…!と声を漏らす国民。彼等は翼を心配しているみたいだ。
「あいつがイア姫の近くに…これは危ないな。どうしたものか。」
どうして危ないのだろう?
「いつまた暴走するか分からないものね。でもここで刈り取る訳にもいかないし…。」
女性が藤色の翼を広げたままこちらに戻ってくる。そして翼とのリンクを解除した。
その場に藤色の翼になっていた男性があらわれる。
「どうする?」
「様子を見るしかないな。」
「折角追い詰めたのに、こうなるなんて…運が悪いわ。」
「……。」
四人が見守る中、イア姫に寄りかかる翼はピクリとも動かない。
そんな姿を見ていたら、段々翼が心配になってきた。どうにかして救えないだろうかと夢の中にも関わらず考えてしまう。
イア姫なら、どうするだろうか…?そう考えていると急に、磁石に引っ張られるクリップのように引き寄せられた。その先にいたのはイア姫だ。どうやら視点も変わったらしい。
先程まで私が見ていた方角を見れば、黒い服を着た四人組がいた。姿が見えなかった彼もどうやら黒髪だったようだ。
視点をイア姫に戻す。
目の前には苦しそうな顔をした男性がいる。やんわりと抱え込んでいるその身体は傷だらけで出血もしている。
イア姫は迷いもせずにドレスの袖を破り止血していった。
こんな状態で放ってはおけない。
黒髪に混じる赤は血の色なのか、はたまた自身の毛の色なのか判断がつかない。
まって、何かがおかしい。
自身から血が流れたのならば、髪には付かないはずだ。もしこの髪が地毛か染めたものでなければ……もしかして、返り血?
その瞬間、彼等の言葉が過る。
いつまた暴れるか分からない。側にいると危険。それはそういう意味なんじゃ…?
イア姫はそこに気がついていないのか、治癒魔法を掛けたりしている。その甲斐あって彼は少しずつ元気になっていった。
翼も徐々にしっかりとした形になっていく。そうして彼が立てるくらいに回復した時、異変が起こった。
心配そうに眺めていた人々が急に青ざめ、逃げ出したのだ。
騒ぎは大きく膨れ上がっていく。
叫ぶ人の声を聞けば、‘‘緋色の翼だ!’’と聞き取れる。緋色の翼?確かに彼の翼は緋色だけれど、それが何なのだろう。
斜め後ろから急に何かが飛んでくる。
風と共に景色が揺らいだ。イア姫が誰かに抱えられ、飛んでいるらしい。
「イア姫に危害があるといけない。このような形で関わりたくは無かったが、仕方が無いな。」
「鮮血の翼は私が相手をします。」
さっきの四人組がそう会話をしている。女性には先程の藤色の翼が、今イア姫をお姫様だっこしている男性には少し透けた白の翼が生えていた。足りない人を考えてみると、あの翼はアルビノさんか。
「鮮血の翼……ですか。随分と大層な名前がついたものです。」
呆れたようにそう溢す緋色の翼を生やした彼に、あの人の姿が重なる。
思えば見た目もそっくりではないか。
あれは……前世の緋威翔さん、なの?
「今は落ち着いてるみたいだね。」
「なら今のうちに狩るべきよ。」
女性の手には先程までは無かったものが握られていた。それは黒く鈍く光る刃を持った武器。鎌だった。
「待って!」
反射的に叫ぶ。叫んだって届かないのは分かっているのに。でもその時だけは、私がイア姫であるような感覚がした。
今ならば、伝わるかもしれない。
「彼を傷付けないで!」
姫らしからぬ言葉遣い。泣きそうな声。
月華という少女の叫び。
それがイアという少女の身体を通して響く。
「イア…姫?」
「彼を…彼を傷付けないで…。」
噴水広場に取り残されたこの五人の前で、感情を曝け出す。恥ずかしいとかは全くない。ただ、ただ彼を守りたくて。
「貴女は…。」
彼の視線がイア姫と交差する。
一度は逸らしたものの、また合わせた。
「イア姫、もしかして君は。」
「彼に……」
女性が言いかける。
その言葉が終わる前に、緋色の翼を持つ彼がその翼を広げた。広げてから、僅か数秒。
イア姫を抱える男性の目の前までやってきて、イア姫の手を取り甲に軽く口付ける。
そうして目の前で何かを囁いたかと思うと凄いスピードで飛び去った。
四人とイア姫は、彼が飛んで行った方向を見つめている。
‘‘助けてくれて、ありがとう’’
耳に残るその言葉。
そして鳴り止まぬ鼓動。これはまさしく恋に落ちた証拠。
緋威翔さんもこの夢を?
それともたまたま?
何にせよ、彼の意見が事実のようだ。
イア姫が結婚しなかったのは、彼と出会ってしまったから。緋威翔さんに良く似た彼に。
うっひょー、過去編書くの楽しいですわぁ。
っと、失礼しました。
今回は過去第1のグループの中から、ある一人の青年の記憶の断片と、イア姫と鮮血の翼の出会い編でした。
過去の彼らと現在の彼らはかなり似ているので判別はつけやすいかな?
現在本文で触れている部分として、
イア姫→月華
セイラ→侍女①
マリア→侍女②
アルバート→カルキノス
が確定しています。
この子等が出てきたら、関係性を元にキャラを確定出来るかもしれませんね。
次回も恐らく記憶編です。




