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blanket  作者: 璢音
再び戦いへ
63/139

発見

冷がパントマイムのように引っ張ってきた何かに触れ、私は驚愕した。

どう考えてもそれは人の腕だったからだ。


でも、見えない。


なら掴んでいるのは一体何?

幽霊?妖怪?


何だが恐ろしくなって辺りを見回し、状況を理解出来ている人を探すが皆辺りを警戒したり、こちらを見ていたりするだけだった。


「はじめまして。イア姫。」

「!?」


夢に出てきたあの名前が腕の先辺りから聞こえてくる。


「貴方は、誰…?」


皆口を閉ざし、こちらを見ている。

冷は臨戦態勢をとったまま動かない。


不安げに呟く私の腕に掴まれた部分が、声と共に徐々に現れる。

ほっそりとした、腕。

長い指、大きな手のひら。そして掛けられる声。

それは確実に男性のもので。


「僕は……そうだな。シリウスとでも呼んでください。確かイア姫にはそう呼ばれていたと思うから。」


シリウス…?

女王と姫の近くにいた、あの執事?


「シリウス…さん?貴方は何故透明に?」

「ちょっと訳ありで。詳しくは話せないのですが、翼の生えた女の人にやってもらいました。」


やっぱり見間違えなんかじゃなかったんだ。翼の生えた女の人と、本を持った男の人。そういえば、本が見当たらない。


「腕に抱えていた本は…」

「女の人が持って行きましたよ。彼女はあれが必要だと言っていました。」


どこにあったのかは分からないけれど、その人にとって大切なものであった事には間違えがなさそうだ。


「……イア姫、君は武器所持者なんですね。今も。」

「違う、私は鏡月華。イア姫はこの国のーー。」

「君の、前世ですよね?」

「えっ」


前、世…?

夢で見たのはそのせいなの?

イアの視点だったのは、私の前世がイア姫だから…なの?


「ええと、シリウスくんって言ったかしら?何でこんな場所にいたの?」

「僕はあの女の人に連れて来られて探し物を手伝っただけですよ。ここに探し物があったからここにいただけ。探し物が見つかったから、僕は用無しになった訳です。」

「ひー!ひひーっ!!」


冷が怒ったように鳴いている。

用無しという言葉に反応したように見えたけれど…。


「その女性とはどういう関係なの?翼が生えた…って事は、武器所持者よね?」

「んーまぁ、そうなるね。彼女は僕の知り合い…いや、先輩とでもいうべきかな。」

「随分と曖昧な解答ですね。」


暫く私たちの会話を聞いていた緋威翔さんが言う。


「シリウスさん、貴方……嘘はいけませんよ。」


指摘を受けたシリウスさんは、先程からの対応と同じく笑顔を見せていた。

嫌だなぁ、疑うなんて。とちょっと困ったように肩を竦める。


しかしその対応を見た緋威翔さんは更に警戒心を強めたようだった。

帽子に手を添える寸前、袖に仕込んであるカードがチラリと見える。


「僕も随分なめられたものですね。先程の笑顔もそうですが、ちゃんと笑えていませんよ?誤魔化そうとしても無駄です。」


残りの私達は何が起きているか分からないまま、何とか状況を飲み込もうと必死だ。


シリウスさんの顔を見る。緋威翔さんの言葉を信じない訳ではないけれど、シリウスさんの笑顔に違和感はない。

困ったように笑っただけだった。


…だけど。


シリウスさんの表情が、変わった。


チッ、と舌打ちをしてつまらなさそうに尚且つ苦々しい表情を見せ目を背けた。かと思うと今度はさっきとは比べようにならない屈託のない笑顔を見せる。


「いやぁやっぱり騙せないかー。じゃあ本当の事話してあげるよ。……ちょっと君たちのいる学校に興味深い資料があってね。それを借りに来たんだよ。なぁに、借りるだけさ。いつか返しに来てあげるよ。」


悪戯がバレて開き直った子供みたいにシリウスさんは淡々と自白をしていく。口調も雰囲気もガラリと変わった。

それに目を丸くして驚くセイラさんと、あり得ないというように顔をしかめたノエルさんがハッとしたように武器を構えた。


緋威翔さんはその間に袖に隠していたカードを投擲したようだ。


一方私はと言うと何も出来ず皆をオロオロしながら見つめ、冷をぎゅっと抱き寄せただけ。攻撃手段もなく防衛行為は冷を傷つけそうで怖くて出来ない。

ただせめて守りたいと寄せた冷は大人しく腕の中に留まり鳴いている。


カードは凄い速さでシリウスさんに接近し、その身に当たったかのように見えた。だけれどシリウスさんを守る透明の壁に阻まれ突き刺さる。

カードは落ちることもなくそのまま刺さっている。


シリウスさんがカードに近寄りそっと壁から抜いた。


「これが君の武器か。覚えておくよ。」


続いてノエルさんとセイラさんが同時に攻撃を仕掛けた。ノエルさんは飛びつき、セイラさんはクマを巨大化させ押しつぶしにかかる。

ノエルさんも潰れるのではと心配はしたが無用だった。クマが潰しにかかる瞬間にノエルさんはさっと身軽に範囲内から脱出していた。


……危ないなぁ。


いくらなんでも味方までハラハラさせるような攻撃はやめてほしい。


セイラさんのクマさんがギリギリとシリウスさんに迫る。シリウスさんは左手を上げて対抗した。最初はクマさんが押していたものの、一定の場所までいくと何か別の力に反発されるように進まなくなった。


「ひっひ!ひひひひひひひぃ!」


冷が何かを主張しているんだけど、まったく分からない。必死だっていうところまでは分かるのだけど…


「月華!冷を丸めて投げなさい!」


突然ノエルさんが叫ぶ。


「ええええ!!?」


そんな事…可哀想で出来ない。

丸めて抱くことはよくあったけど、それを投げろだなんて…!


首を左右に激しく振りつつも、冷を丸くしていく。冷は何かを溜めるようにひ〜〜〜と息継ぎもなく音を伸ばした。


冷が綺麗に丸くなった所で、三人を相手していたシリウスさんの行動に変化が起きた。


「ヴァル。もう出てきていいよ!」


その言葉を合図に翼の生えた女性がサァアアと砂を落とすように現れる。


(マスター)に傷をつける事は私が許さない!」


勇ましい戦乙女。その一言で彼女を表すことが出来る。

白い翼の飾りがついたカチューシャ、輝く稲穂のような色の髪は束ねられ三つ編みになっている。白き肌に青い瞳。銀色の鎧に身を包み、黄金のスピアを持つ。


何と言っても体を覆わんばかりの大きな白い翼が神々しい。


先程クマさんを抑えていた力はこのヴァルという人のようだ。


「ヴァルキリー…?」


セイラさんがヴァルと呼ばれた彼女を見て呟くと、突然テディベアを縮ませ手元に戻しぎゅうと抱きしめ顔を埋める。


「ヴァルハラに行くのは嫌…!」

「毎日が戦いなんて、君達にとって苦痛でしかないもんね。いや、そこは心配しなくていいよ。ラグナロクはもう終わったんだから。」


あまりの取り乱し様に驚いたのか、シリウスが手をひらひらさせて答える。


ヴァルキリー。北欧神話で神に仕えていた乙女達…最終戦争(ラグナロク)に備え、死んだ英雄達をヴァルハラに連れていく役目を持っていたはず。


「いや…っ嫌ぁああああ!」


セイラさんが落ち着く様子はない。

側に寄り添い声をかけてみたけれど、反応がなかった。

ノエルさんは取り乱すセイラさんを見てギリリと歯を食いしばり、そしてシリウスを睨んだ。


「あんた一体セイラに何をしたのよ!」


毛を逆立てているかのようなオーラがノエルさんを包む。武器である猫が怒りに反応しているようだ。


「何もしてないよ。ちょっとした不運さ。前世で何かあったんでしょ。」


前世、前世、前世。

この人は一体何を知っているんだろう。

何を思っているんだろう。


私が知っているシリウスは、女王やイアの前で静かに笑っていたのに。

とても穏やかで、楽しそうにしていたのに。

今目の前にいる彼は、人を惑わす事を楽しんでいる…。




「ッ…!?」


突如空間が歪む。

そこにいるはずの皆やシリウスがぐらりとした世界に消えた。

残ったのは前にも見た事があるような真っ白な間。


みんなは何処へ。

私は何処へ。


「おや、君は……生きている者が、ここに何の用かな?」


真っ白な空間に、違和感のある真っ黒な人。輪郭はぼやけて分からない。黒い靄がかかっているようだ。それでもかろうじて分かるのは黒のローブ、真っ黒な髪。彼の雰囲気は友人に似ている。


「早く戻った方がいい。ここは君のような者がいてはいけない場所だ。」

「ここは…どこですか?」


一呼吸置いてゆっくりと聞いた。

彼は揺らめきながら、ぽつりと回答を残す。


「ここは、死者の国へ繋がる門。ほら、この先を見てごらん。」


さっきまで白かった空間に色が差す。

大きな銀色の門がそこにはあった。

細かな装飾のされた立派な門だ。


その扉に彼は手を触れた。

ギィィという重い音と共に門が開かれる。

その先にはどこまでも続く青空と澄んだ水が緩やかに流れる川、色鮮やかな花が咲く花畑があった。

厳重な門だったために地獄を想像していたのだが、どうやら違うらしい。

人の苦しむ姿を見ることになるのではと心配したがその必要はなかったようだ。


「君にはそう見えているんだね。心が白い証拠だ。」


安堵した私を見守るように微笑んだ彼はゆっくりと扉を閉じた。


「…ところで、璢夷は元気かい?」


その名前が出た時、私は思い出した。

彼は、璢夷さんに似ているのだと。ぽっかりと抜けていた情報がふわりと蘇った。

すると彼に掛かっていた靄が晴れ、くっきりとした輪郭を表す。

漆黒の髪、優しそうでどこか冷たいエメラルドグリーンの瞳。

見た目の違いはあるものの、雰囲気はまさしく璢夷さんだ。


「えぇ、元気ですよ。」

「そうか。なら良かった。心配していたんだ、もう会うことが出来ないからね。

ここからだと見ることすら出来ないんだよ。…おっと、君は帰らなければならないのだったね。

さぁお行きなさい。扉で繋いであげるから。」


何かを支えるように手で掬い、力を込めてゆっくりと放つ。

淡い金色(こんじき)の光が球体となって現れ白い空間をスゥーっと移動した。

そのまま門とは反対方面に吸い込まれ見えなくなると、私の目の前にドアノブのようなものが現れた。

金色のそれには鍵穴はなく、ノブを回せば開きそうである。


「ゆっくりと回して。振り返っては駄目だよ。」


その言葉に従い扉をゆっくりと開いた。振り返らぬまま。


「…貴方の名前は」



光に包まれていく中で聞いたのは

"璢夷に聞けば誰だか分かるさ"という曖昧な答えだった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


目が徐々に光に慣れていく。

どうやら私は戻ってきたみたいだ。


「ひーーーーーーーー!」


目の前に豪速球のように飛んできた冷を受け止めハッとする。

そうだ、私は今シリウスと対峙していて…

最近、ふっと意識を手放す事が多くなったなぁなどと思っている暇などなかった。


「くっ……その毛布、なんでヴァルが抑えられなかったんだ…?」


少し離れた場所でコンクリートに腰をついたシリウスさんが悔しそうに言う。


意識を離れている間に何かがあったみたいだけど、何でシリウスさんとの距離が空いたのかがさっぱり分からない。


「毛布がヴァルを貫通するなんて…おかしい、絶対おかしい…!」


苛立ちを隠さずに叫んでいる彼は握りしめた拳で地面を殴った。小石を掠らせたのかじわと血が滲む。


「マスター、すみません。」


シリウスさんの近くでお腹を庇うような形で膝をついているヴァルキリーの表情は曇っていて、今にも涙が出そうだった。


どうしてそんな辛そうな顔をしているの……?


「どうやら僕たちの武器は無効化出来ても、冷の攻撃は無効化出来ないみたいですね。」


冷が、攻撃?

そういえば、意識が戻った時に冷えは正面から凄いスピードで突っ込んできた。

意識を手放す前には、ノエルさんが冷を投げろと指示していたのを思い出す。


もしかして無意識の内に冷を投げたのだろうか。考えられない。こんなにも大切なものを投げるなんて。


「月華ちゃん、ソフトボールの投手になれるんじゃないかな…」


小さな声でセイラさんが呟くが、丸聞こえである。


「ヴァル!」


シリウスさんが叫ぶとヴァルキリーは身体を震わせた。


「…ッ!マスター!」


ヴァルキリーを呼ぶシリウスさんの声は勇ましい。それに対しシリウスさんを呼ぶヴァルキリーの声は懇願しているかのように聞こえた。

二人の間に出来た壁が見えるような気がする。


「ごめんよヴァルキリー………‘‘アレス’’!」


アレスという単語の後、ヴァルキリーは風のようにふわりと姿を消した。

代わりにそこに立っていたのは武装した男性だった。銀色の鎧に身を包み、赤いマントをはためかせている。


「シリウス、これは何の真似だ?」


開口一番に男性は問いかける。


ヴァルキリーの時とは違い、高圧的なものを感じた。二人はあまり仲が良くないのだろうか。


「アレス、もしかしたら君より彼女の武器の方が強いかもしれない。」


その言葉を聞くや否や、アレスと呼ばれた男性は眉を寄せた。

その表情からは苛立ちが読み取れる。

怒りに震えているのか、カチャカチャと鎧が音をたてている…。


「どういう事だ…!こんなボロ切れが俺より強いだと?ハッ、笑わせてくれる。」


アレスは馬鹿にしたように笑いながら斧を取り出した。手に握られた大きな斧がヒュンと風を切る。


「軍神アレス…これは分が悪いです、引きましょう!」


緋威翔さんが私の腕を掴み、走る。

それと同時にセイラさんとノエルさんも走り出した。


「敵前逃亡とは情けない。俺は追うような真似はしないぞ。」

「それでいい、アレス。帰るよ。」

「……それが目的か?」

「さぁ、どうだろうね?」


不思議と二人は私達を追っては来なかった。それを確認すると同時に疲れがどっと押し寄せ、床に体が崩れ落ちる。

緋威翔さんとノエルさんはまだ然程疲れてはいないのか規則正しいリズムで呼吸をし、落ち着いていた。


階段を駆け下り、そのまま廊下を通過して玄関口付近で足を止めた私達。

少し呼吸が落ち着いた所で緋威翔さんが説明を始める。


「琴春さん、宏満さんの上に立つ存在はどうやら彼のようですね。」


私達はどうやら、とんでもない人と関わってしまったようだ。

彼は何を目的にしているのだろうか。彼が欲しがった本には一体何が書かれているのだろうか。


私達は知ることも出来ず、ただ焦るばかりだった。

月華ちゃん、意識を無くしすぎです。

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