黒蝶のタトゥー
この回を書くときに色々ググったのは内緒。
「あれ?二人が居なくなっちゃった?」
花菜美さんの声が静かなこの道に流れる。
完全に二人を見失ってしまった以上、油断は禁物であり、ましてや尾行に気づかれてはいけなかったというのにあっさりとバレてしまった。
こうなってしまったら、相手の奇襲に備え身構えるしかない。
…しかし、一向に襲撃してくる気配はない。
「花菜美さん。気付いていますか?」
何に?というように首を傾げてくるあたり、自分のした事に気付いていないようだ。
説明する暇もないというのに、どうしたものか。
見渡す限り隠れる所は沢山ありそうだ。
図書館から少し離れたところにある物静かな道。そう。先程も来た場所だ。
この琴春という人物を知っていた点や、向かう先が同じ所などをふまえ考えてみると、あの少女はこの二人の知り合い…または仲間といったところだろうか。
「それにしてもこの木…」
道に沿って生えている木々に花菜美さんが注目する。
植えてからかなり経っているであろう木々は立派な姿である。緑の葉を枝いっぱいにつけ、根は太く地下深くまで張っていることが想像できる。この地の土は良質なものなのだろう。適度に雨も降るし、植物にとってはいい環境かもしれない。
「揺れてる…」
今、風は吹いていないのだが、わさわさと葉の擦れる音が頭上から聞こえてくる。
もしかして彼らは上にいるのか?
「ちょっと宏満揺らさないで〜…」
「バランス取りにくいんだからしょうがねぇだろ…って上見てるぞ!」
ヒソヒソと会話をするも聞こえてきた。僕はすぐさまにトランプを構える。
それにつられて花菜美さんもブーツに力を込めたのか、土の上を足が滑り砂利が僅かに音を立てた。
「くるよ〜っ!?」
「琴春!」
二人が合図を送り合う。それと同時に二人は別の方向へと進んで行った。琴春さんは進行方向を変えずに淡々と木々の枝を移動していく。忍者でもない限り、出来なさそうな事を難なくこなしていく。
そういえば琴春さんの武器はまだ解っていない。飛翔が能力なのか、それとも…。
「緋威翔サン!あの子を追って!こいつは私が相手する!」
すぐさま頷き、琴春さんを追いかける。
やはり枝の上を軽々と移動していく琴春さんに対し、ただ走るだけでは徐々に引き離されていくのは当然のこと。
こんな事になるのなら沙灑くんから何かを借りておくべきだった…っと、そんな事を考えている暇はない。何とか離される距離を最小限にしなくては。
なるべくペースを落とさないようにしながら走る。すると枝と枝の距離が離れている場合、琴春さんのペースが落ちる事が分かった。
やはりジャンプ力強化ではなく、飛翔能力の持ち主なのか?
「あ〜、も〜、無理ぃ〜…」
弱音を吐いているところを見ると、かなり力を消費しているのだろう。
一つ一つの行動に目を光らせるが、未だに武器が分からない。持ち物は傘のみに見える。服装はゴシックロリィタであり、靴は厚底のブーツらしきもので、非常に動きにくい格好だといえる。
他に武器になり得るものを考えていると、かなり体力を消費していたのか、琴春さんは枝から足を滑らせ一気に転落していた。もしこのまま地面に落ちたら骨折は避けられないだろう。そう考える間に体が勝手に動いていた。
琴春さんは気絶しているのかまったく叫びもせずにただ加速し落ちていく。このままでは間に合わない。そう思い腕を伸ばしたところ、何か黒い物体にその先を遮られてしまった。
黒い物体という言葉を訂正しよう。あれは、黒い生き物だ。しかも大量の。
ひらひらと羽根を動かし、一点に集中していく。黒い点は次第に雲のようになっていく。
その出来事はスローモーションのように見えたが実際は一瞬だった。ハッと気づいた時には琴春さんは地面に降り、琴春さんを衝撃から守ったその生き物は、一斉にこちらへ向かってきていた。
そう、あれは蝶だ。
蝶に殺傷能力があるとは思えないが、避けた方がいいという指令が届く。
体はその指示に従い、黒い蝶の大群を紙一重の差で避けた。
「えーっとぉ、確か緋威翔さんだっけ〜?」
この場の雰囲気に相応しくないやけにゆったりとした声。語尾は伸ばされ余韻が残る。
「そうですよ、琴春さん。」
相手にのまれないようこちらも口調をわざと和らげ話す。
相手はそれを聞きにっこりと笑い、ゴシックロリィタの長い袖から白く華奢な左手を覗かせ、そして手の甲をわざとらしくこちらに見せつけた。
黒い、蝶。これが武器を生み出してしまった理由だろうか。
手の甲に禍々しくうつる黒い蝶のタトゥー。それを見せた琴春さんは自信に満ち溢れた表情をしていたが、その内に秘めた思いの為かその後に少し俯いた。その思いを払拭するように首を左右に振り、こちらをキッと睨みつける。
「最も注意しなくてはならない相手とこうして戦う事になるなんて、私はツイているのかなぁー。それとも運がないのかなぁ〜?」
先ほど避けた蝶の大群が琴春さんに向かって行き、手の甲にあるタトゥーに吸い込まれて行く。
「もし弱らせてあの人の元へ連れて行ったら、喜んでくれるかなぁ〜…?」
僕が最も注意しなくてはいけない相手?何故そう思われているのかは知らないが、琴春さんからするとそうらしい。一時緩んだその表情は想い人を想像しているかのようにうっとりとしたものになっていた。名前を口走らないところを見ると、グループのリーダーだろうか。
「あ、待たせちゃってごめんねー。ちょっと考え事してたんだ〜。」
左手の手の甲に右の手のひらをこすり合わせ、そのまま下になぞる。腕の辺りまで右手がおりてくると、手の甲のタトゥーが消えていた。まるでそこにはもともとタトゥーが無かったのだとでもいうように。
タトゥーに気を取られている隙に、間合いを詰められる。それも、一瞬で。思わず後ろに飛び退くが、また一瞬で詰められる。
「かなみとかいう女の子、見る目あるね〜。ちゃんと緋威翔さんに私を追わせたんだもん。もし彼女が私を追ってたら〜……」
言葉が終わらない内に琴春さんが目の前から消える。視界からの情報が絶たれたので感覚で探っていくと、後ろに気配を感じた。素早くマジシャンステッキを出して振り向き、前方を突いた。柔らかいものを刺した時のような手応え。彼女はここにいる。
「そういう風に、私を見つける事が出来なかっただろうからねー。」
キラキラとした粉が舞い、琴春さんが現れる。マジシャンステッキにも同様の粉が付着していた。
無色透明のその粉は、マジシャンステッキの黒の部分に掛かったものだけが綺麗な青色に輝いている。
この粉を利用して彼女は姿を消すことが出来るようだ。
ステッキは琴春さんの右腕を捉えていた。その手には白をベースにし上の翅部分をオレンジ色に染め、黒い斑点模様がついた大きな蝶がとまっていた。普通の蝶の二倍くらいの大きさはあるのではないか。
「折角だから、教えてあげるねー。この蝶はとある貝と同じ毒を持っててね、運が悪いと人を殺しちゃうの。もし彼女が来てたら危なかったかもね〜。助けてくれる人いなさそうだし。」
「なるほど、貴女の武器は蝶ですか。」
「そうだよ〜。緋威翔さんの武器はトランプ、だったよね。」
「えぇ、その通りです。」
マジシャンステッキをさっと仕舞い、本は傍に抱え少し距離をとってからトランプを出しシャッフルする。
するとシャッフルしていたカードが一枚、勢いよく飛び出した。
「おっと、すみません。手元が狂ってしまったようで。」
そのカードは更に風に吹かれ、琴春さんの方へと流れて行く。
琴春さんはそのカードを両手で掬うようにして持つ。そしてマークと数字を確認し、ダイヤのQ?と呟く。
そう、その数字が貴女の運命とも知らずに。




