休日二日目【月華編Ⅱ】
夢と現実って時々ごちゃ混ぜになりますよね。(意味深)
自室に戻り、ベッドへ飛び込む。ぼふっという音と共に、疲労感が体を駆け巡った。
疲労感に身を任せ目を瞑る。直ぐに真っ暗な世界に支配される。
いい夢見れますように……。
静かな空間に、一人。目を覚ますと、私はふわふわなベッドの中に居た。
あれ?こんなに豪華だったっけ?
「イア様、起きたのですね。」
え?誰かの声がする。
ベッドから起きて、上下左右を見て気づく。ここは私の部屋ではないと。
ゴージャスでふわふわなベッド、金の装飾がついたテーブル。物語のような刺繍の絨毯、大きなシャンデリア。
どう見ても、寮内じゃない。何処かのお城のような外観だ。
「どうかされましたか?」
私の顔を、見上げるようにして座っている誰か。
シルバーの髪に、紫の目。とても気品がある。私の知り合いにこんな人はいない。
……誰なの?
「いいえ。何でもないの。」
私の口から勝手に言葉が紡がれる。私は驚き、手で口を押さえようとしたが、体が動かない。
「今日は大事な会議があります。早々に支度をせねばなりません」
「分かっているわ、シリウス。」
どうやら目の前にいる執事姿の青年はシリウスというらしい。シリウスは、名前を呼ばれると、頭を下げた。
「朝食の支度があります故、私めはこれで。」
「えぇ、分かったわ。」
シリウスという青年は一礼すると、スッと立ち、部屋を出ていった。
「失礼します」
低い、男性の声が聞こえたと思うと、シリウスと入れ替わりで部屋に誰かが入ってきた。イアと呼ばれる私は、ドアの方を見て、入ってきた者の名を呼ぶ。
「クリオス。何か用かしら。」
「ご機嫌麗しゅうイア様。」
「堅苦しい挨拶はいいわ。それより、今日の予定を。」
「……はい。」
クリオスは懐から分厚い手帳を取りだし、ペラペラとページを捲った。
次々にページを捲りながら、彼は話を続けていく。
「午前10時半、隣国の皇子と対談。戴冠式の後パーティーへ参加。」
「えぇ、承知しているわ」
「午後2時。ディディモスと共に城下町を視察。午後4時には戻って頂き、会議に出席。以上です。」
クリオスの言葉は、私達の使う言語とは何か違ったけれど、難なく意味を理解出来る。
通訳がいるような、そんな感じだ。勝手に脳内で変換されていく。
「今日はいつもより楽ね」
「えぇ、ゆっくり休めるかと。……まぁ、会議が長引かなければ、ですが。」
「今日の議題は何かしら?」
「国のあちこちで起こっている紛争についてと、イア様の母君の病状及び今後についてです」
イアは、少し顔をしかめて俯いた。私はイアが行動するがままである。
しかし、ここまで話を聞いていると、何だか他人事では無いような気がして――。
ふわりと風が頬を掠めた。そのお陰か、私は現実へと戻ってこれたようだ。私が寝ているベッドも、自室にあったものだと確認し、体も動くと分かりほっとする。
ただ、気になるのは夢の内容と――、何処から風が入ってきたのか。ドアも窓も、閉めたはずなのに、風が入るなんておかしい。
私はベッドから降り、時計を確認した。聖夜さんの鳥、アマリアちゃんを見つけた後、部屋に戻りすぐ寝たのだが、どうもぐっすり寝てしまったらしい。時計は昼過ぎを指している。
息を吸い込んだ途端、何やらいい匂いがする事に気付いた。それは勿論、キッチンの方から匂っている。
仄かに甘い香り。お母さんが昔、良く作ってくれたマフィンにそっくりな匂いだ。
(もしかしてお母さん?)
寮生活をしている事をお母さんは知っているし、親であれば子の寮に自由に出入り出来る為、来ようとすれば来れるのだが……
匂いにつられてふらふらとキッチンに向かう。
キッチンに着き、テーブルを見ると、可愛らしい包みとメッセージカードが置いてあった。
直ぐ様メッセージカードを手に取り、内容を確認する。
“月華さんへ”
メッセージカードには、綺麗な文字でこう書かれていた。
“この前約束した事を果たしに来ました。
ノエルさん同行の元、月華さんの部屋へお邪魔し、キッチンを使わせてもらい、ケーキを焼かせてもらいました。上手く出来たかどうかは分かりませんが、食べてください。
追伸:調理をした際に、キッチンに匂いが充満してしまったので、窓を開けさせてもらいました。
月華さんは寝ているとノエルさんに確認してもらったので、カードを添えておきます。”
紛れもなく、緋威翔さんが書いたらしいメッセージカードだった。
私はそれを読んで、顔が火照るのを感じながら、メッセージカードのすぐ横にある包みに手を伸ばす。
甘い匂いもまだ部屋に籠っているし、ケーキもまだ少し暖かい。ついさっきまでいたようだ。
私は咄嗟に自分の頭を抱えた。どうしてもう少し早く起きなかったのかと思いながら。
折角の機会を、無駄にしてしまったような気がした。
私は、後悔しても仕方ない。後日お礼を言いに行けばいいと思い直し、そのケーキをお昼ご飯代わりに頂く事にした。
目の前にあるケーキは、どうやらショートケーキのようで、真っ白なクリームは、この温度のせいか少しとろっとしている。その上に真っ赤な苺が添えられていた。
フォークも包みの横に添えてあったので、そのフォークでショートケーキをすくう。
ふんわりとしたスポンジに、甘さ控えめの生クリーム。それに苺の酸味がマッチして、とても美味しい。
ただ生クリームを絞るのには慣れていないようで、ちょんちょんと絞られスポンジの上に乗っている筈の生クリームは、ややずれていた。
逆にそこに手作り感を感じ、顔が綻びる。
一生懸命に作ってくれたという事が一目で分かるし、緋威翔さんの完璧でない面を見れたので、普段遠く感じる距離が狭まった気がした。
「……美味しい。」
わざわざ休日を割いて、私の為に。それがとてつもなく嬉しかった。
「ひー!」
「あ、冷。おはよう」
冷もベッドから起き、キッチンへやってきた。ケーキを一目見るなり、嬉しそうな声をあげる。
「ひ~ひひっ♪」
何て言っているのかは今一分からないが、テンションがあがっている事は間違いない。だって冷が天井近くを飛び回っているから。
冷は嬉しくなったりすると、そこら中を飛び回る癖がある。
私は緋威翔さんが作ってくれたケーキを一口ずつ味わう。素朴な甘味が何処か懐かしいこのケーキは、正に緋威翔さんの性格と良く似て、優しい味だった。
最後の一口を食べ終え、フォークとお皿を洗い、テーブルについた。
さて、午後は何をしようか……。
「ひーっ!!」
「ん?どうしたの冷?」
「ひー!ひひぇぅ!」
遊んで欲しい、そう言っているような気がした。
私は冷に、遊びたいの?と問うと、冷は満足そうに返事を返す。どうやら私の勘は当たったようだ。
「じゃあ、何をしようか?」
「ひー!」
冷が何かを抱えるようにしてやってくる。近付いて来たとこれでその体に包まれた物を見ると、スケッチブックとクレヨンが確認出来た。
「お絵描きがしたいのね?」
「ひー!」
「じゃあ、汚れないようにして描くんだよ?」
「ひー!」
私の腕に絡まるようにしがみつく冷を私は撫でながら、テーブルの上に紙とクレヨンを広げた。
「コンコン」
「?はぁい」
ドアの方から、ノックが聞こえる。急いで私は立ち上がり、玄関へ向かった。
だが。
ガクンと体が重くなり、私はそのままその場に倒れ込んでしまった。体が動かない。夢を見ていた時と、同じ現象だ。
目の前は段々と暗くなり、またあの世界へ――。
ゴトゴトと体が揺れる感覚がしたと同時に、目が覚める。
どうやらここは、馬車の中のようだ。窓から見えるのは、自然だけ。現代的な建物は一切見当たらない。
「「イア様!やっと目を覚ましたんですね!」」
私の隣で、さっきと同じく私の事をイアと呼ぶ誰か。でもさっきの夢で出てきた人の声と違う。
目の前に居るのは、似たような顔をした少年二人。声はまだ幼い。
その二人が、同時に同じ言葉を話している。
「あら……私…」
「「イア様ってば城下町を視察してる途中で急に倒れたんだよ!」」
二人のクリクリした朱と蒼の目が私をじっ、と見つめている。
私だったら動揺して何も話せないでいた所だけど、どうやら「イア様」はこの状況に慣れているらしい。
「ディディモス……貴方達には心配掛けちゃったわね」
「「それより心配してたのは町の皆だよ!早く元気になってねっていってたよ!」」
状況を確認してみると、どうやらこれはさっきの夢の続きみたいだ。クリオスが言っていた城下町を視察した後の話なのだろう。
ディディモスと呼ばれる二人は外観がそっくりな(多分)双子だ。
一人は、茶髪に朱の目。もう一人は黒髪に蒼の目をしている。年はまだ10歳くらいに見える。
あどけない少年の割に、服装はかなりきっちりとした服を着ていた。見た目はローブに近い。
「そう……町の人たちに心配されるなんて、私まだまだだわ。」
「「そんな事ないよ!ミラ様が亡くなってから、必死に頑張ってるの、知ってるんだからねっ!」」
「お母様が亡くなって、国民は不安になっているもの。私が頑張って皆を元気にしなくちゃならないわ」
しっかりと自身の意見を述べるイアに感動しつつ、私は身を任せ話を聞いていく。
「「とりあえず、視察は僕達がやったから、イア様はゆっくり休んで。この後、会議があるからね」」
「えぇ。……じゃあお言葉に甘えて、少し疲れを癒す事にするわ。」
イアが眠る体勢に入り、馬車に揺られながら睡眠をとる。
「「イア様、毛布掛けて寝ないと風邪ひくよ?」」
「ひー!」
意識が朦朧とするなか、イアの身体で最後に聞いたのは冷の声だった。
「ひー!」
ぺしぺしと何かが私の顔をつついている感覚。もはや夢なのか現実なのか分からない。冷の声はするのだけれど、顔をつついているものの質感上、冷ではない。
意識が段々はっきりし、ゆっくりと目を開ける。すると目の前には誰かがいて、私が起きたのにビックリしたのか、その人は体をびくつかせ、一度私から離れた。
「よ、良かったわ~気が付いて。」
口調的に、目の前にいるのはアルバートさんだ。
「あ、アルバートさん……?」
「ちゃんと見えとるみたいやな、ほな良かったわ」
「何故アルバートさんがここに?」
「この毛布に引っ張られて来たんや」
冷の力はそんなに強いのか。男の人を引っ張って連れてくるなんて。
「こいつがえらい声で叫びよるから何かあったかと思て急いでついてったらこれや」
「心配おかけしてすみません」
「礼をするのは俺やない。こいつや。」
アルバートさんは横でふわふわ浮いている冷を指して言った。
冷は頭と思われる部分を少し下げ、私の顔をじっと見ている。
「ありがとう、冷」
「それにしてもどないしたん?こんな所で。しかも二人して」
「へ?」
今、アルバートさんは二人と言ったよね?でも、この部屋には私と冷しか……
……と思ったら、足元に誰かが倒れているのを発見してしまった。
「ま、真里亜さん……!?」
私の足元に倒れていたのは、薄いピンク色のワンピースに茶色の上着を着た真里亜さんだった。顔は青ざめ、床に気絶している。
「まっ、真里亜さんっ!大丈夫ですかっ!?」
「大方、真里亜が鏡を誘いに来て倒れてるのを発見し、驚いて気絶してしまったんやろ。……で?鏡は何で倒れてたんや?」
「私は、急に眠気というか、目眩というか――。」
その話(夢を含む)を聞いたアルバートさんは興味があるからと、私と真里亜さんを連れて(勿論真里亜さんは起こして)アルバートさんが住む、セイラさんの家へと向かった。
真里亜&アルバート参上!
影が薄い(?)二人組の登場です。
この後はセイラちゃんの家にお邪魔します(笑)




