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blanket  作者: 璢音
第三章:戦い
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雑音が語る彼の過去

今回の話のメインはヘッドフォンがトレードマークの少年です。この少年視点で行きます。彼が武器を生みだしてしまった理由の話です。

 僕は、教室に居るのが余り好きではなかった。友達が居るから学校に来るという人もいるけれど、僕の場合は違う。


 僕の理由、それは「居場所がここしかない」から。


 外にいたら補導されるかも知れないし、別に僕は非行をしたい訳じゃない。だったら引きこもれば良いと思ったりもしたけど、家にいたら叱られる。責められて終わるから家には居たくない。そんなこんなで僕に残った選択肢は、学校に居る事だった。


 休み時間は、クラスの人と話す訳でも無く、お気に入りのヘッドフォンで音楽を聴いて過ごす。授業中はヘッドフォンを首に掛けて寝る。僕にはそれしか出来ないからそうした。


 ある日、1人のクラスメイトが僕に話掛けてきた。僕にとってはそれは有り得ない事で、当然接し方を知らない僕は、その人に冷たくあしらった。


「何だよ、俺は寝たいんだ。あっちに行ってくれ」


 新たな「性格」が出来た瞬間だった。本当は、ちゃんと理由を言いたかった。


「皆と一緒に話したいけれども、僕には出来ないからここにいるんだ」と。


 冷たくされた子は、少し驚いたような顔をしてから、僕に言ったんだ。


「無理する必要はないよ」


 その瞬間、僕は胸が締め付けられる感覚がした。この人は、僕をどれだけ理解しているのだろう?表情には全く出ていない僕の本心を見抜くなんて……


「放課後、屋上で待ってて」


 彼は一言を残して、皆の居る場所に戻っていく。僕には彼が羨ましく思えた。


 放課後、僕は言われた通りに屋上へ向かった。彼に会う為に。彼ならば、仲良くなれるかも知れないという予感がしたからだ。


 彼は僕より先に屋上に着いていた。階段を上がり、ドアを開けた僕を見て、「やっときたんだね」と笑みを溢す。


「遅くなってごめん」


 反射的に僕の口から言葉が洩れた。丁度、友人との会話のように。僕は人と話すことすら余りしなかったから、こういう風にもなれるんだって少し嬉しくなった。


 彼は僕の首を興味深い、という目で見た。僕の首にかかっているヘッドフォンにでも興味を持ったのだろうか?


「そのヘッドフォン、何処で買ったの?」


 多分、彼は会話をしようとして僕のヘッドフォンを話題にしたんだと思う。確かに、最近のアイドルの話やゲームの話なんかをされても話せないから、彼が出した話題は最適だと言える。


 僕は正直に、とある雑貨屋で一目惚れして買った事を伝えた。彼はうんうん、と相槌を打ちながら、僕の話を聞いている。


「じゃあ、このヘッドフォンはとても大切な物なんだ?」


「そうだよ」


 最初の冷たさは何処かに行ってしまい、彼と話す時に素の僕が出ている事に気付く。僕が心を許した証拠だった。


 その後も屋上で沢山話した。僕自身の話、彼の話……。それ以外にも、話のネタさえあれば僕達は屋上に集まり、話をした。


 僕にとって彼は、「初めての友達」。学校では余り話さなかったけれど、こうして放課後には仲良く二人並んで、内緒で持ってきたお菓子を食べたり、本を借りてきて紹介しあったり。特に趣味が合う訳ではなかったけれど、それはそれで新鮮だった。


 その内僕達の距離は縮み、放課後だけでなく、休み時間にも絡むようになった。彼は皆の中心に居るような存在だけれど、優先的に僕と居てくれる。僕が皆の輪に入るのを苦手をしている事を知っているから。


「ねぇねぇ、そろそろさ、ニックネームでも付けない?」


「いいね。じゃあ、君が僕にニックネームを付けてよ」


「そうだなぁ……んー、ヘッドフォンをいつも付けてるから、ヘッドフォン君!略してフォン君!」


「そのまんまじゃん」


 でも正直嬉しかった。僕についた初めてのニックネームだったから。

 逆に僕は彼に「スポットライト君」略してライト君と命名した。


「ライト君かぁ、いい名前だね。気に入ったよ」


「僕もフォンって名前、気に入ったよ」


 二人は、屋上から沈み行く太陽を背に笑いあう。


「ずっとこうしていられたら良いのに」


 ライト君が呟いた言葉は、僕に疑問を残した。そう、その時は知らなかったんだ。何で急にライト君が僕に優しくしたのかを。


 ライト君と過ごして約一ヶ月。学校も何だか楽しくなり、僕は足取りも軽く学校へ向かう。いつものようにドアを開き、すぐにライト君の元へと向かった。


「おはよ」


「おはよう、フォン君」


 そしていつものように勉強が始まる。最近、席替えをしたのだが、僕は運良くライト君の隣になる事が出来た。一番後ろの席という事もあり、寝ててもバレないという利点もある。僕にとって最高の席と言えた。

 だが、隣にライト君が居るからか、授業中に寝るという行為をしようとは思わなかった。僕は真面目に授業を受けたのである。

 今まで端で休んでいた体育も、最近は出席するようになっていた。


「ほら、フォン君!体育館に早く行かなきゃ間に合わないよ!」


 いつもは普段着から体育着に着替える事も無いので、慣れない作業に時間が掛かってしまう。ただでさえ授業が長引いていたのに、着替えが遅いとなると、次の体育の授業に間に合う筈が無かった。

 普通なら、僕を置いて先に行くだろうが、ライト君はそうしなかった。僕が着替え終わるまで、側で待っていてくれたのである。


「先に行っても良かったのに……」


 結局二人揃って見事に遅刻。先生に叱られる羽目になった。しかもその日は運悪く授業が剣道で、面などをつけた後、先生から一撃をくらうことになった。それでも二人は笑っていられたので、やはり友人の力は凄いと思い知らされる。


「意外と剣道楽しいな」


 面と胴の練習で授業が終わったのだが、どうやらライト君は剣道の授業を気に入ったらしい。授業中は面であまり表情が見えなかったのだが、恐らく笑っていただろう。


 教室へ戻り、また着替えを始める。そこで僕は「異変」に気が付いた。僕の大切な「ヘッドフォン」が姿を消してしまったのである。


「さっきまであったのに……!」


「どうしたの?フォン君?」


「僕の……僕のヘッドフォンが無くなってるんだ!!」


「えぇっ!!?」


 ここで気づいておくべきだったんだ。ヘッドフォンを奪える機会があった人は一人しか居なかったと。そこに気づいたのは大分先の話……。


「フォン君の大事にしてたヘッドフォン、盗られちゃったの!?」


「……そうみたい」


 あまりのショックに俯く僕に、ライト君は優しく接してくれた。僕の肩を軽く叩きながら、大丈夫、すぐに見つかるよと励ましてくれる。暫く沈黙が続いた後、ライト君は一緒にヘッドフォンを探そうと提案した。僕は素直にそれに従い、この教室から探すことになった。

 机の下、机の引き出しの中、教卓……ありそうな場所はどんどん探していくのだが、全く見つからない。仕方なく違う教室を探しに行くことにした。

 だが、放課後だった為か他の教室には鍵が掛っており、中に入ることは出来なかった。流石にほかの場所には無いだろうと思いながら、可能性に掛けて、別々でヘッドフォンの捜索を始める。僕は職員室にある落し物BOXへ、ライト君はトイレ等の公用の場所へと向かい、ヘッドフォンを探した。


 窓の外には段々と夕焼けが見え始め、窓から射す光が時間の経過を物語る。職員室の落し物BOXにヘッドフォンの姿は無く、違う所を探していたのだが、やはり見つからなかった。諦めかけたその時、丁度息をきらせたライト君と遭遇し、状況を報告する。


「ヘッドフォン……やっぱり無かっ……」


「フォン君……これ……」


 ライト君が申し訳なさそうに差し出すその手には、先ほどまでいくら探しても見つからなかったヘッドフォンが握られていた。


「それ……どこに!?」


「俺達の教室のごみ箱の中に……」


 先程はゴミ箱等に入っているという考えは全くなく、探さないままになっていた。そこに目を付けたライト君がまさかと思い探した所、あったのだという。


「……」


 流石に僕もこれには絶句した。何も言えなかった。しかもヘッドフォンは見事に壊れており、音楽の一つも流れやしない。聴こえるのは雑音だけだ。


「こんな姿になって……」


 悲惨な姿になったヘッドフォンを見た瞬間、僕は今まで抑えていた感情を一気に解き放ってしまった。毎回我慢してきた涙をついに流してしまったのだ。頬をつたう涙は留まることを知らない。床には涙で小さな水たまりができ、袖は見事に色を変えた。


 僕の記憶はここで一旦途切れる。多分、余りのショックで無気力になり記憶を脳に残すことさえ面倒に思えたんだろう。ライト君は抜け殻になった僕の傍にいつも居てくれた。時に申し訳なさそうな顔で僕を見ていたのは覚えている。それから僕たちの口数と一緒にいる時間は段々と減っていった。

 ヘッドフォンが壊れてから一週間ぐらいが経過した。僕はヘッドフォンと同じように心に雑音だけがながれ、周りの音に耳を貸さずに過ごしていた訳だが、クラスメイトのある一言で僕は我に返ることになる。


「あのヘッドフォンつけてる子、最近ヘッドフォンしてないね」


「当たり前だろ、あいつはヘッドフォンを壊されたんだから」


「えっ、誰に?」


「あいつの唯一の友達だよ。ほら……確か、晃とかいう奴」


「あぁ、あの最近来てない子……」


 クラスメイトが言うように、ライト君……木之元きのもと ひかるは、最近学校を休みがちになっていた。僕は無心状態になりながらも密かに彼を心配していた。だが、このワードをつなぎ合わせ、まとめた結果……嫌な方向に話が纏まってしまった。


「可哀想ね、乙波君……」


「あんなに仲良かったのにな。多分、雰囲気からして晃を信用してたみたいだし……真実を知ったらショックを受けるだろうな」


 僕が居る目の前で繰り広げられる解答こたえあわせに僕は言葉を失くした。まさか、まさかライト君が僕のヘッドフォンを奪い、しかも壊すなんて……信じたくもなかった。ただ、そんな状況下で僕はその情報を信じることしかできない。最初に浮かんだ感情は「悲しい」だったが次第に「怒り」に変わっていく。


(友達だと思ったのに……あの優しさは嘘だったの……?)


 僕は怒りに燃え、ライト君を探し始めた。彼に謝ってもらいたかった訳じゃない、ただ、彼の口から真実を聞きたかったからだ。

 だが、僕とライト君が一緒に過ごした時間はほんの僅か。僕は彼の住所はおろか、電話番号やメールアドレスさえ知らない。僕が彼を探すことは彼が学校へ来ない限り不可能だった。


 仕方なく家に帰り、あの日のままのヘッドフォンを見つめる。また涙が溢れそうになりながら、ライト君と過ごした日々を思い出していた。あの時は楽しかった……そう考えるたびに、何故ライト君がそんなことをしたのかという疑問が脳を支配する。


(彼を見つけたい……。会って、話がしたい……)


 空しく過ぎていく時間、戻らない信用、ただ心の奥にある思い出。僕の中に残った「疑問」と「怒り」と「悲しみ」は次第に混ざり合い、そして「武器」を生んだ。TVや口コミ、ネットで話題になっていたunermed armを僕は手に入れてしまったのだ。

 朝目覚めた時に異変を感じた。まず一つ目は起きた時間だ。時計を確認してみると、まだ4時半を指している。僕はいつも遅く起きている為、この時間に起きるのは珍しかった。二つ目、明らかに「壊れたヘッドフォン」から発せられている謎のオーラ。前に持っていたヘッドフォンのままのはずなのに、どこか新しく感じた。


(まさか、直った……?)


 以前のように、首から下げてみる。しかし肝心の音楽はやはり聴こえず、流れるのは雑音だけだ。


「やっぱり駄目か……」


 そう思った瞬間だった。僕の頭の中に、謎の声が響いたのだ。


“おい、ライトの野郎を探したいんだろ?”


 それは、紛れもない“自分自身”の声だった。過去にライト君と初めて接した時にできた“人格”。その声が僕の中で“独立”したように感じた。僕は念力を送るような形で彼と話すことにした。


(そうだよ、ライト君の口から真実を聞きたいんだ)


“なら、俺を使え”


 雑音しか流れないヘッドフォンを彼はしきりに勧めてくる。僕は彼の推しに負け、ヘッドフォンを身につけ彼に言われるままに行動を始める。僕とは思えない身のこなしに僕は内心驚く、そして全力疾走の後にたどり着いたのは、全く知らない川だった。


(何故こんな場所に?)


 ヘッドフォンの中にある人格からは、何も反応がない。僕はその時点で知らない土地に独りになってしまっていた。仕方なく、その辺をぶらぶらしてみる。


(彼に会いたいと言ったはずなのに……)


 暫く川沿いを歩いていると、前からジョギングをしてるらしい男の人が走ってきた。朝早くから御苦労さまと心の中で思い、顔を見た瞬間、僕はハッと息を飲む。そう、彼……ライト君が目の前に居たのである。


「ライト君!」


 姿が変わっていたライト君は僕を見てすぐにその場から逃げだした。疲れたような顔からは考えられないスピードで川沿いのまっすぐな道を走っていく。僕はその背中を見て、もう追いかける気もしなくなった。彼は僕から逃げた、つまり僕に何か隠し事をしているということだ。隠し事といったらもう……


『彼が僕のヘッドフォンを隠し、壊した』


 それは、僕の目の前で疑問から確かなものへと変わっていった。そうか、そうだったのかと僕は心の中で繰り返した。僕がどれだけあのヘッドフォンを大切にしていたかを知っていた筈なのに。彼は僕の傍にずっと居たというのに。彼は僕がライト君を信じ切っていると分かっていながら、僕の大切なものに手を出したのだ。僕を絶望させるために。じゃああの仲の良かったのは……演技?僕を貶めるためのウソ?じゃあヘッドフォンの事は……


“酷い奴だな、ライトの野郎は”


 本当だよ、あり得ない。あんな人が僕の友達“だった”なんて。信じたくない。知らない。僕は現実逃避の道をまっすぐに進んだようだった。



 



雑音の中で流れた彼の過去。月華と緋威翔はどんなとらえ方をするのでしょうか?次回は乙波(ヘッドフォン君)VS月華&緋威翔の話に戻ります。

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