平和の保持
国中からあらゆる武器が消えたのは、セミリア・ファル王国の姫が戴冠の儀式を行い女王になったその日からだった。
“武器”を作ろうとしても、どうしても違うものになってしまうのだ。
あるものは砂のように無くなり、またあるものは形状は武器のそれなのにも関わらず攻撃力がない。
包丁や鋏は存在していた。野菜や紙を切ることはできた。しかし人を傷つけようと刃物を使えば形状が変化してしまう。そんな不可思議な事が起きた。
損害を受けた武器屋は、姫に報告する。
「姫様。ある日突然武器を作ることが出来なくなってしまいました。武器が作れない今私達は何をすれば良いのでしょう。生活していく力も今はない状態です。姫様、どうか私達をお救いください。」
「それは私の魔法が発動したからです。全ての責任は私がとります。貴方が得意なことは何ですか?得意な仕事をお任せしましょう。」
「私は物を作るのが好きです。なので、人が乗り、動く馬のようなものを作りたいと思っています。」
「でしたら、ここへ向かってみるのはいかがでしょう。貴方の望む仕事があれば、この事をお話しなさい。きっと快く迎えてくださるでしょう。」
「ありがとうございます!姫様…!」
嬉しそうに足取り軽く出て行くその人を見ながら姫は思った。
私がもっとしっかりしていれば。
私が意思を強く持っていれば。
正しい事を正しいと、間違っていることは間違っていると伝える強さを持っていたならば。こんな事にはならなかったのにと。
直接姫……女王が国民の話を聞き改善していった事により不満はどんどん消えていった。だが女王は満足出来なかった。
平和は保たれたものの、不安はまだ残っているからだ。でもそれは女王とごく一部が知る話である。
暮らしの水準、自給率などは上がっている。国民が不満に思うことも徐々に減っていく。
彼らにとってセミリア=ファル王国は、まさに世界一平和な国だったのだ。
隣国で起こっていた戦争も鎮火されたと聞く。
姫はそれを聞いて安堵した。
しかし、心配ごとはそれだけではない。彼女が捜していた彼らの生存報告が未だにきていないからだ。
大丈夫、大丈夫と心に言い聞かせてはいても、やはり心配だった。
そんな感情を抱きながら、幸せそうに笑顔を見せる民に囲まれ日々を送った。民に心配させる訳にはいかないと必死に笑顔を見せた。
彼女は知らぬまま平和の中を生きる。
この日も謁見が終わって自室へ戻りひと段落つくと、彼女は窓から外を見た。
隣国の方面には森が広がっていて、その奥は見えない。
「貴方達は今何をしているのでしょう。どうかご無事で…。」
窓に手を触れる。窓は冷たさを手に伝えた。
彼女はまだ知らない。平和の影に潜んだ報せを。
「姫様。」
部屋をノックする音と同時に慣れ親しんだ者の声がする。
「シリウス、どうぞ入って。」
シリウスと呼ばれた青年がゆっくりと扉を開けて入ってくる。
「姫様、またその窓から外を眺めていたのですね。」
「えぇ。不安で仕方が無いの。大切な人たちが遠くにいってしまうような気がして。」
「大切な人、とは一体どなたの事なのです?」
少し間を置いて、彼女は教えないとだけ呟いた。
「その方角に隣国があるという事は…そちらにご友人がいらっしゃるのですね。」
「えぇ。」
「何でも魔女狩りが起きたとか…それに便乗して革命も起きたそうですね。姫様も隣国を訪れる際はお気をつけください。貴女の力は強大なのですから。」
「気を付けるわ。ところで、その口振りだとまた通らなかったのね。」
「はい。十二星座全会一致で否決です。武器が使えなくとも、あの国には力を持つものがおります故。」
ドアのノックが再度響いた。
声かけは無かったが、姫は入室を促す。
「クリオス。入って。」
「おや、シリウス様がいらっしゃるとは。ではあの件の報告は必要ありませんか?」
「必要ない。今姫に伝えたところだ。」
「そうでしたか、失礼いたしました。……そうでした、もう一つお伝えする事がありました。」
部屋を一度出ようとしたクリオスと呼ばれる青年が戻ってきて何か報告をしようとしているのを見て、姫はまず表情を確認した。
クリオスは表情に出やすい。吉報かどうかは顔を見ればすぐに分かった。
クリオスの顔は……申し訳なさそうな顔だった。
姫はこれが良い知らせでないことを確信した。
「隣国の王と王妃が亡くなりました。王子は……重症だそうです。今回の魔女狩りに便乗して行われた革命もどきが原因でしょう。」
「そんな…!」
彼女は悲しんだ。
隣国の王子は友人の内のひとりだったからだ。
隣国では魔女狩りが行われ、そのせいで数多の乙女が魔女だと疑われ焼き殺された。
それに便乗した国民達の負の感情は王と王妃、そしてその息子に向かった。
『魔女を野放しにして俺たちを殺す気でいたんだ!』
『王妃も魔女ではないのか!?』
疑いを晴らすことはできず、王妃は国民たちの目の前で公開処刑され、王は魔女を匿った罪を着せられ国民によって殺された。
王子は家臣たちの助けもあり、命からがら城を抜け出し助かったが傷は深く、今も医者に看てもらっているらしい。
姫は涙を流した。一体彼らが何をしたのだというのだろう。
彼らは国のために様々な策をとってきたはずだ。国民たちにも決して悪いようにはしていなかったはずだ。それなのに……!
助かった王子を見舞いに行きたかったが先ほどシリウスから聞いたとおり、隣国へ行きたいという願いは元老院で否決されてしまった。だから隣国に行くことはできない。
「姫様。あの時は武器があり争いが起こっていましたが、今はもうありません。」
「シリウス様、例え武器がなくなったとしてもーーーー」
「クリオス、姫様の事を考えろ。それとも、姫様のした事が間違っていたとでも?」
「いいえ、そんなことは!」
「シリウス、クリオス。」
姫が声をかけると二人は黙って姫の瞳をみる。
「……姫様。私で良ければ代わりに隣国へ行って参りましょう。」
「シリウス……では一通、手紙を届けてくれるかしら。」
「お任せください。」
姫はすぐさま文を綴った。
できることなら直接話したい。だがそれは叶わない。
せめて、この手紙を届けて欲しい。
彼女は見舞い品と共に手紙をシリウスに託した。
「お願いね、シリウス。」
「お任せください、姫様。」
そうにこやかに告げると、彼は部屋を出て行った。
「姫様。いいのですか、あの者に行かせても……。」
「私が向かうことが出来ないのなら仕方が無いわ。それとも貴方が他の議員を説得してくださるの?」
「残念ながらそのような力は私にはございません。」
「そうよね…無理を言ったわ、ごめんなさい。貴方達は私の事を心配してくれているというのに。」
「姫様に何かあったら…私達は生きてはいけません。民も悲しむでしょう。そんな事にはさせたくないのです。」
「ありがとう。クリオス。」
姫が手を伸ばすとクリオスはぎこちなく体を縮ませた。姫の手がクリオスの頭に触れる。そのまま彼女はクリオスの頭を撫でた。
「貴方達が私を助けようとしてくれている事は知ってるわ。でも無理をしないでね。」
「……仰せのままに。」
平和な国の裏側で彼らはゆったりと重い時を過ごしていた。
いつか解放され、真の平和が訪れるよう彼女らは祈りそして努めた。
表の平和は長く続いた。しかし、裏がどうなっていたのかを民は知らない。
えー、初めまして。
又はお久しぶりです。
璢夷と申します。
本作品は、私の二作品目であり初の私が単独で作る作品です。
文がおかしい所が多々あるかも知れませんが、温かい目で見守って下さいね。
では、続きをお楽しみ下さい。