いつも隣に
暫くニコさんを操り冷と遊んでいたセイラさんだったが、遊ぶ手を止めると彼女は少し疲れたような表情を見せた。武器の連続使用は彼女にとって負担になるのかもしれない。
「顔色が悪いように見えますけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫。ちょっと過去の傷に触れてしまっただけだから。」
いくつかの思い出の中には、必ずといってもいい程に辛い記憶もある。それは幸せな思い出よりも鮮明に覚えているものだから性質が悪い。幸せな思い出を思い出している間にひっそりと忍び寄り、大きなショックとトラウマという傷跡を残していくのだ。それは、黒い雲の中で鋭く光る雷のよう。いつ落ちるかも分からない。それなのに、どうしようもなく怖い。
過去に何があったのか問う事が出来れば、彼女の傷を癒す手伝いが出来るかもしれないと思ったけれど、辛い記憶を何度も思い出させるわけにはいかない。それに、そういった記憶はあまり他人に話したくないものだ。デリケートな部分にある記憶なのだから。
私にだってそういった類の記憶はある。冷が生まれる直前なんて、それはもう。
あの頃の私は負の感情の塊だったと思う。その時の事を思い出してる最中は、他の人と談笑する余裕なんてない。
だからこそ、私はセイラさんが自然と言葉を紡ぐようになるまで話を振ることはしなかった。
「紅茶、冷めてしまったわね。おかわりはいかが?」
「有難うございます。でも大丈夫です。」
セイラさんは自分のカップに温かな紅茶を注ぎ入れて、それを一口飲んでから話を続ける。
「そう。月華さんに聞きたかったのは他にもあったの。聞いてもいいかしら?」
「勿論です。」
次に彼女が聞いてきたのは、夢の中の自分についてだった。
私は夢の中ではほど常に❝イア姫❞と呼ばれているし、イア姫として存在している。前世がもしかしたらイア姫なのかもしれないと誰かが言っていた気がする。
セイラさんから以前話を聞いた限りでは、彼女はイア姫の住むお城にいた侍女だったと思ったけれど、どうやら話はそこから続いているらしい。
「夢の中の、前世の話は以前少しだけしたと思うのだけれど・・・私は、一人ではないみたいなの。」
「それは、どういう事ですか?」
分かるような、分からないような。不思議な感じがする。
自分でない自分がいる気配というのは夢の中で体感している部分だけれど、それともまた違う気がする。
彼女の夢の中では、視点は一つではないらしい。
第一の視点は、侍女。第二の視点はどんな立ち位置なのかが今一はっきりしていないのだという。
「暗い図書館のような場所に彼女はいる事が多いみたいで、誰かに叱られていたり、泣いていたりしているの。叱っているのがお父様に似た声だったものだから、てっきり私現実かと思っていたの。」
起きたら凄い量の汗と共に広がる悪寒。夢だという事に気付いたのは時間が経過した後だったらしい。
「武器と、記憶と、夢と前世は密接な関係にあるのかしら。」
「かも、しれません。」
寝る前に起きた事が夢に反映される場合もあるのならば、それより前の記憶や深層心理、前世が関係してきてもおかしくはないように思える。
「私はその図書館でしきりに誰かの名前を呼んでいるの。その中に、ニコも入っていたわ。」
「ニコさんが?」
ニコさんはセイラさんが持つぬいぐるみだったはずだ。
「熊のぬいぐるみは、夢に出てきますか?」
「いいえ。出てきた事はないの。ニコという名前も、暗がりで泣いている夢の時にしか出てこないわ。」
夢に出てくる度に苦しんでいる姿を見ているからだろうか、セイラさんは悲しそうな顔をしている。きっと起きてすぐの時はもっと辛いのだろう。
「暗い夢の中の彼女の名は、レイラというらしいの。私と似ているでしょう?これはきっと、偶然ではないのだわ。」
「私も、あの夢達は偶然ではないと思っています。前世と関わりがあるのではないかと。」
「前世……それなら頷けるわね。通りで近くにいる人の名前が似ているはずだわ。」
彼女は何度も確かめるように頷いた。
「夢の事、もっと分かればいいのだけれど他の人に比べてはっきりしていないのが難点ね。」
「夢に関する武器を持っている人がいれば、出来たかもしれないですけど・・・。」
クラスメートのみんなの武器を思い出してみたけれど、夢に関する武器を持っている人は思い当たらない。
「そういえば、栞さんって武器も栞だったわよね?」
「確かそのはずです。どういった能力なのかは知らないですね。」
「ダメ元で能力を聞いてみようかしら。もしかしたら記憶に関する能力かもしれないわ。例えば、ゲームでいうセーブ機能のような。」
記憶に関する能力?その言葉が何故か引っかかる。
彼の能力は今のところ不明で、実際にそういう能力を持っているのかどうかは分からない。でも彼ほど頭の回転が早く、知識量の多い人なら他に何か案が浮かぶかもしれない。
「明日、栞さんに話をしてみませんか?」
「勿論、そのつもりよ。」
「所で二人とも、いつまで話しているつもり?もうお日様は沈んじゃってからだいぶ経つわよ?」
私たちの様子を見に来たノエルさんがのんびりとした口調で問いかけてくる。ソファにだらりと身を預けてこちらを伺っていた。
彼女の言葉にハッとし、時計を見てみれば随分な時間になってしまっている。
「月華さんさえ良ければ、今日は泊まりでもいいわ。もし寮へ帰るのであれば、送ります。」
「あっ、えっと、あの。」
「私も聞きたい事があるのよね。泊まっていきなさいよ。セイラもそう言っているし。」
キラキラとした瞳でズイズイと距離を詰められ断る力を無くした私は、彼女らの厚意を受け取り泊まる事になった。
二人とも、そんな表情でせまるなんてずるい・・・。
セイラさんがご家族にも話を通してくれたみたいで、夕食も一緒に摂る事になった。長いテーブルに一家で集まって豪華な食事(多分フランス料理)をマナーよく食べるその姿は昔の王家を連想させた。きっと王家の方たちも、一家団欒でわいわいと食べるのでなく厳かな雰囲気の中食事をするのは、気が張るのではないかと思いながら、ナイフとフォークを動かす。
また食後に借りたお風呂はとてつもなく広く、一人で入るのがとても怖かった。一つ一つがまったく別のお風呂になっているので、各地の温泉街にあるお風呂を全て一箇所にまとめているのではないかと思うほどだ。
お湯加減は最高で、疲れがみるみるうちに抜けていく感覚がした。
お風呂をあがった後はしばらくセイラさんの部屋で話をしていたのだけれど、就寝時間近くになると、来客用の部屋に案内された。
この部屋は寮の部屋を全部まとめても歯が立たないほどに広く、各家具も最高級品なのがすぐに分かる。肌触り、質など・・・素人が見てわかるのだから相当だろう。
こんな所を借りるのはもうしわけがないと言ったけれど、気にしないでほしいと言われてしまい、どうにもならなかった。
ベッドに入るとすぐに睡魔が襲ってきて、一気に暗転し夢へと入り込んでゆくのが分かる。暫くするとライトがついたかのように目の前が鮮明になったので、夢の中の視点主が動けるのかどうかを確認した。
うん。腕や足や顔は自由に動かせる。
今はどうやら一人のようだ。視点の主が誰なのかはまだ分からない。
ここはどこだろう?
それなりに広い部屋にずらりと並べられた本棚があり、中身はびっしりと本で埋まっている。本をいくつか手に取り開いてみたけれど、言語が違うのか読む事は出来なかった。
ここは本の倉庫だろうか。
次に自分の容姿を確認する。手、足、服を見る限りどうやら女性で、そのドレスには見覚えがあった。どうやら今回の視点もイア姫のようだ。
イア姫自身の感情や思考は今のところこちらには伝わっていない。自由に動く事が出来る代償?
読める本がないかと次の本を確認していると、不意に後ろから大きな音がした。慌てて後ろを振り返ると、見目麗しい男の人が立っていた。えぇと、誰だっけ?
必死に今までに見た夢を思い出そうとしたけれど、誰だかは結局分からなかった。
「久しぶり、イア。」
その人に名前を呼ばれると、さっきまで自由だった体が私の意思で動かせないようになった。イア姫自身が考え、動いているからだろう。
「久しぶりね、ティ。元気にしてた?」
「まぁまぁ、かな。」
「えっ、何かあったの?大丈夫?」
「そっちこそ、何かあったりしたんじゃない?」
「そっ、それは・・・。」
お互いに理解し合っているのか、二人とも不安を抱えている事を見抜いているようだ。
「まっ、それは順に聞くとして、いつものお願いしていい?」
「勿論!任せて。今日は何を探してるの?」
「今日は・・・そうだなぁ、魔法書でいいや。」
「相変わらず熱心なんだね。でも無理はしちゃダメだよ?」
「それはこっちのセリフだよ。色々やってるんでしょ?国の為に。」
近くにある椅子に腰掛けあたりにある本を見渡しながら、ティという人が言う。
イア姫にこんなに親しい男性がいたことに私は驚いていた。
明らかにこの城の使用人ではない。それにここまで砕けた会話をしているのだから、身分だって相当高いはず。まさかイア姫にも許婚がいたとか?じゃああの記憶は?鮮血の翼のーーーー。
イア姫は私の思考は御構い無しに本を選んでは彼に渡している。渡された本を斜め読みしながら彼は楽しそうに頷いていた。
「ありがとう。これでまた暇が潰せるよ。」
「どういたしまして。それで、悩みっていうのは?」
「なんだ、逃げられないのか。悩みっていうのは、その・・・。」
彼は言いづらそうに視線を泳がせては頬を掻いている。
「好きな人でも出来た?」
「・・・違う。色恋を期待しないでって毎回言ってない?」
「だって仕草がそれっぽいんだもん。」
「とかいって、実はそっちが好きな人が出来たんじゃないの?」
「ふぇっ!?あっ、うわぁあっ!?」
ちょうど梯子を使用して高い部分の本を取っていたイア姫が、動揺したのか足を滑らせる。私の視界まで一気に傾いていく。
視界が安定するまでの数秒間、彼女の視界は真っ暗で頭の中には何度も同じ言葉が回っていた。
(バレたバレたバレたバレたバレたバレた・・・。)
あまりの分かりやすさに、私も少し呆れてしまった。もしかしたら自分もこんな感じなのかもしれないと思うと少し残念な気分だ。
そんなに分かりやすいのかな、私。
「ふふっ、それで相手は?」
話を聞かせて?と妙に甘い囁きが耳元で聞こえる。落下時に目をぎゅっと瞑っていたイア姫が恐る恐る目を開く。
そこには、満面の笑みのティがいた。どうやら受け止めてくれたらしい。これが本物のお姫様抱っこ、なのだろうか?
そんな状況にも関わらず、イア姫は先程より落ち着きを見せていた。逆にイア姫と視界を共有している私の方が動揺してしまっている始末。
「名前、知らないの・・・。」
イア姫は今にも泣き出しそうなか細い声でそう呟いた。
ティの瞳の色が、僅かに揺れた。




