ある日森の中
ある日、森の中。彼女が出会ったのは・・・。
今回はセイラ視点の過去話です。
昔に比べてなんと自由になった事でしょう。あの時とは大違い。
籠の中の鳥にされていた、あの頃とは―――いえ、宝石箱の中の、原石の方が表現としては正しいかしら。
そんな事は今どうでもいいの。今はただ、思い出に浸っていたい気分。暗く分厚い雲の中から、私を照らしてくれた一筋の光・・・あの、強くも柔らかく、温かな光に。
あれは、私がまだ5歳と幼い頃のこと。
あの頃はまだ、御父様という絶対権力に逆らいを見せていましたわ。その頃から厳しい勉学と身を護る為の術を学ばされていたお兄様達とは違い、私は女の子でしたから、大事に大事に美しい箱庭で育てられておりました。
敷地から出てはいけません。何度執事に言われた事でしょう。それはもう、耳にタコが出来る程。それ以外にも厳しい掟がいくつもありました。
本は制限されたもののみ閲覧を許可され、常にお付きの者に監視されておりました。どれも私達を護る為の策だというのは感じておりましたが、幼い私にはそれを分かってはいても理解をすることは出来なかったのです。
私にはどこぞのお転婆姫のように、壁を蹴破るなどの力は持ってはおりませんでした。どこにでもいるか弱い女の子だったのです。私の周りには理解者はいるものの、お友達というに相応しい者は一人もおりませんでした。ただただ胸に寂しさを飼いながら、日々を過ごしておりました。
ある日の事お庭を散歩していると、その日は新しいお付きの者が監視に入っていたからなのか、迷路のような薔薇園ではぐれてしまったようでした。慌てて私を探してはいるのでしょうが、大きな騒ぎにしたくはないからでしょう、大声を出す事などはしていません。
これ幸いにと、私は出口へと着実に足を進めました。
時に影に隠れ出口へ向かう様はさながら遠東の国に伝わる“ニンジャ”という存在のようだったでしょう。
出口に見張りの姿はなく、容易に私は屋敷の敷地を抜け森に入る事が出来ました。
窓からずっと眺めていたものは、実際にこうして見てみると違ったものに見えました。新たな角度から見る景色は新鮮で、私は興味をそそられました。近くと通る小鳥や小動物は普段見かけない存在に驚き皆背中を向けて逃げていってしまいましたが、私が危害を与えない事が分かると、近くに来てくれるようになりました。
お友達、という存在について考えていた私はこの小動物たちを仮にお友達と呼ぶことにしました。
森を進んでいくと、別のお友達達が忙しく鳴きたているのが聞こえます。何事かと警戒もしましたが、それよりも好奇心の方が上回ってしまい、私は足を急がせました。
木々の間隔は狭まっていましたが、それでも耳を頼りに進んでいくと、また道が開けました。そこには澄んだ水が流れており、その脇に何やら他のお友達よりも大きな存在が動いているのが確認できます。
「そこに誰かいますか?」
その御友達は、喋る事が出来るようでした。最初は鹿さんなどの大きなお友達かと思っていたものですから、声を掛けられた事に随分驚いたものです。
「私は、セイラ・・・星本セイラと申します。貴方は?」
僅かに体を震わせ、御友達は答えます。
「鎌田璢夷です。」
漆黒の髪に女性のように白い肌、僅かに輝く黒の瞳。細い腕とすらりと伸びた足。今にも揺らめいて消えてしまいそうな神秘的なオーラを感じました。
ルイと名乗るその御友達は、川に落ちてしまったのか全身が濡れた状態でした。風は強くないとはいえ、そのような状態では風邪を引いてしまうに違いありません。私は体を拭けるものを探しましたが、生憎持っていたのは白いツツジの刺繍のがされた小さなハンカチだけでした。
そんな小さなハンカチでも、少し顔を拭う事ぐらいは出来るでしょう。私は彼にハンカチを差し出します。
「良かったら、お使いになって。」
差し出された手と私の顔を交互に見て、最初は驚いた表情をしていた彼も次第に警戒を解き優し気な笑顔を見せてくれます。
「・・・有難う、ございます。」
何ともぎこちない会話でしたが、お互いこんな場所で初対面をしているのですから仕方もありませんね。
彼は申し訳なさそうな顔をしながら、控えめに頬を拭います。
「気を使わなくてもいいのですよ?」
時々こちらの様子を窺ってはハンカチを使うので、幼いながらに私も察することが出来ました。彼が遠慮をしていることくらいは。
彼の持つハンカチを彼から受け取り額や腕などを拭いていきます。彼は申し訳ないからと何度も断りましたが、私はそれを受け入れずただのお節介だからと続けました。暫く言い合った後に彼は折れ静かになりました。耳に聞こえるのは小鳥のさえずりと水の流れる音だけ。それは何とも不思議な感覚でした。
今までに感じたことのない想いが、僅かに、しかし確実に溢れてくるのを感じました。
この時の私には、この感情がなんなのか分かりませんでした。ちゃんと理解をしたのはつい最近の事です。
「貴方はどうしてこのようなお姿に?」
靴や羽織っていた上着を近くの木々に掛け乾かしながら、私は彼に問いました。彼は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、自分の不注意で川に落ちた事を話してくれます。
「その、大きな何かに追われて・・・それで必死に逃げていたら、小石に躓いて、それで・・・」
「まぁ、それは災難でしたね。」
「でも、結果的には良かったのかもしれません。」
話している内に、彼も私と同じような存在なのではないかと感じるようになっていきました。
考え方や、言葉の使い方が何となく似ているような気がしたのです。
私は言葉遣い等を教えられ育ちました。ですが、もしそうでなかったとしたら同じような言葉の使い方で話す事は難しかったでしょう。目の前にいる彼も、そんな私と同じレベルで話をしている。それは教育されている事を証明するのだと、私は考えたのです。
「貴方は何故森へ?」
「私は、家を飛び出してきましたの。いつまでも縛られているのが嫌でたまらなくて。」
「そうでしたか・・・では、この森を抜けて街へと向かわれるのですか?」
「この先に街があるのなら、そうです。」
私の反応を見て、気分を害してしまったのではと感じたらしき彼は、慌てて謝ってきました。私は何に対して謝っているのか分からず、気にしないでほしいと話します。
「でしたら、お礼に僕が街を案内致しましょう。まだこの近くに来てから短いですが、近くであれば大体案内することが出来ますよ。」
「まぁ、心強いわ。私一人では心配でしたの。一緒に来て下さるのね。」
「はい。本当はこの森の奥へと向かう予定だったのですけれど、時間も時間ですし一度街へ戻ろうと考えていたのです。森に来るのが初めてなのであれば、森の抜け方もご存じではないでしょう?」
「えぇ。どちらに向かえばいいものか分からず困っていましたわ。ここまでは御友達に案内してもらいましたから」
「・・・お友達?」
彼は辺りを見回します。
先程までいたお友達達は、いつの間にか姿を消していました。お友達の事を知らない彼に、私は説明をします。小さな動物たちに導かれこちらに来たことを。
「多分、僕が水に落ちた際の音で驚いて逃げてしまったのでしょう。」
お友達の大きな声は、どうやらこれが原因だったようでした。
「こうしている間にも日は沈んでいきます。夜の森は危ないので、急ぎましょう。」
そう彼が私の手を引こうとしたその時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきました。
お嬢様、お嬢様と呼ぶその声は、私を連れ戻そうと必死に追いかけてきます。
状況を読み込めないルイは、目を見開いて固まっています。
ここで捕まるわけにはいかないと考えた私は、ルイにこの森の抜け方を教えてもらい逃げようとしました。その必死さを見たルイは乾かしていたものを回収し始めました。私がこの森を出る事に協力してくれるようです。先程伸ばしかけた手を再度こちらへと伸ばし、私はその手を握り二人で駆け出します。
森の道は木々の力によって走りにくくなっていました。ところどころで地面から木々の根が露出しており、私達の足を掬おうとしているのです。それは、追いかけてきている私の家の使用人に対しても同じでした。
木々の隙間を縫うようにして森の道を抜けていきます。時々細い道を通ったためか、使用人との距離は少しづつ離れていきました。
ようやく街の明かりが見えてきたとき、私達の前に大きな壁が現れました。
それは、隣町から帰宅してきたらしき御父様でした。
その表情は苦虫を噛み潰したかのように苦々しく、また鬼のような形相でした。
私はそんな御父様の表情を見て、顔を真っ青にして体をガタガタと震わせました。当然、逃げる足も竦んでしまいその場に立ち尽くします。私の様子がおかしい事に気が付いたルイも、私の御父様の表情を見て驚き、また恐怖に苛まれ私と同じように立ち尽くしました。
あっという間に追いつかれた使用人によって私とルイは引き離されます。
「どこから来たんだこの少年は。」
「あ・・・ぁあ・・」
恐怖に震えるルイに、御父様は再度声を掛けます。
「まさか、セイラを誑かし外へ連れ出したのではあるまいな?」
その声は疑っているのではなく、そうだと決めつけているかのように強気で威圧感があります。全く、そんな事はないのに。私はどうすれば彼を救えるのかが分からず、ただ彼は無実なのだと主張しました。
しかしそれは、逆に火に油を注いでしまったようでした。
会ってまだ間もない少年を庇うのは、不自然だと言うのです。
「セイラは私が連れて行こう。お前はこの少年を連れていけ。分かったな?」
「はっ、はいぃ!!」
私は御父様と手を繋ぎ、来た道をゆっくりと戻っていきました。
ルイの方は使用人に半ば引っ張られるような形で後をついてきます。
ルイは大人しく、抵抗することなく後をついてきました。その顔は酷く怯えきっており、青ざめています。
家についてすぐに私は元の部屋へと閉じ込められました。ルイと御父様が話をしている間だけ、この部屋から一歩も出られぬようにされてしまいました。これでは助けに行くこともできないと、部屋の中で私は嘆き、涙を流しました。
私のせいで彼がこんな目に遭ってしまった。どうすればいいのかと私は悩みました。
暫くして、ドアをノックするものが現れました。枕を涙で濡らしていた私は何事かと一度顔を上げます。やがて扉の鍵が開き、中へと人が入ってきました。
中に入ってきたのはルイでした。彼は表情を固まらせていましたが、私を見てその顔を僅かに歪ませたかと思うと、安堵からか涙を流し始めました。つられて私も泣き出します。
「ごめんなさい、ごめんなさい私のせいで・・・!」
「いいや、そんな事は・・・そんな事はありません!僕の方こそ、辛い思いをさせてすみません・・・!」
「気にしないで。それより、敬語なんて使わないで。私の事は、セイラって呼んでくださる・・・?」
「君がいいのなら、勿論。改めて、宜しく・・・セイラ。」
差し出されたその手。もう迷う事は何もありません。私は勢い余って彼に抱き付きました。
彼はかなり慌てているようでしたが、まだ泣き止まない私の事を心配してか、優しく抱き留めて頭を撫でてくれます。
この時の私に恥じらいはありませんでした。ただ安堵といった感情で胸がいっぱいになり、何も考えられなかったのです。今思えば、恥ずかしくて仕方がありません。
それからというもの、彼は私の家に遊びに来てくれるようになりました。
どうやら彼は、御父様のご友人の息子さんだったそうです。
これから彼がここへ向かうからという手紙をこちらへと送ってきてくださっていたそうですが、ここに仕えてから日にちの浅い人がその手紙を受け取り、見慣れない名前だからと御父様に渡しておらず、そのためにこのような事態になってしまったという事でした。
あの事件の後、私は御父様に長時間に及ぶお説教を受けました。当然といえば当然ですが納得はいっていません。ですが、璢夷が遊びに来てくれる事を許可してくれたので、私はこの家を出ようなどといった事を考えなくなりました。
璢夷が来ない日は憂鬱でしたが、次に会うときにどんな話をしようかと考えていると日々はあっという間に過ぎていきました。
璢夷はこちらにやってくると、私に合わせて遊びを選んでくれました。特に御飯事と御絵描きは良くしていました。私は母親役、彼は父親役です。この時はきっと、将来もこのような形なのだろうとぼんやり考えていたと思います。
彼は絵を描くのがとても上手でした。私が動物等を描いてほしいとリクエストをすると、紙に黒色のペンで描いてくれました。そのペンは御父様が普段使っているようなものと同じような形をしていました。そう、彼はこの歳から万年筆を使用していたのです。
御絵描きに適したものではないと、色鉛筆やクレヨン、絵の具などの色のつく道具を渡しましたが、どうしてもというとき以外、彼はそのような道具類で絵を描く事を拒みました。
それから少し日にちが経つと、彼と一緒に同じくらいの歳の女の子が遊びに来るようになりました。
「貴方がセイラさん?私は雷野霧雨よ。・・・よろしく。」
「璢夷の御友達かしら?私はセイラ。星本セイラよ。宜しくね。雷野さん。女の子の御友達が出来て嬉しいわ。」
「そう。私の事は霧雨って呼んでいいわよ。その代わり、私もセイラって呼ばせてもらうわ。私、敬語とか苦手なの。」
「えぇ、分かりました。」
黒いゴシック調のドレスを着ていたから、私と同じような家の育ちだというのはすぐに分かりました。でも私とは違って、このような生活が型に合わなかったみたいでした。
その頃から彼女は彼に想いを寄せていたらしく、度々敵対の目線を向けられる事もありました。最初は気が付かなかったけれど・・・兎に角、私にとって彼女はいいライバルだったのかもしれません。
だってその日を境に霧雨さんと母親役をどちらがやるかで争うようになったのですから。
数年間は私と璢夷と霧雨さんで遊んで過ごしていたけれど、お互いの家の都合上、段々と会える日が少なくなっていきました。
私の生活も合わせて、独りで部屋で過ごす事が多くなっていきました。
もしかしたら、いつか二人と会えなくなってしまうのではないか。そういった考えが頭の中を巡り涙することもありました。恐れていた事は、現実になりつつありました。
あまりにも気にしすぎてしまったために、私の体調は段々と崩れていきました。ふとした時に倒れてしまう事もあり、流石にこれではいけないと、御父様は私に新たな友人を作る事を勧めました。
ですが、この家から出られない今どうやって友人を作れというのでしょう。私は御父様に抗議をしました。そうして、一日だけこの家を出て街へ行く許可を得たのです。
早速私はその事を二人に報告しました。
霧雨さんはその日はたまたま別の用事が入ってしまっていたらしく、一緒に回る事は出来ませんでしたが、璢夷の方は何とか予定を空けておいてくれるとの事でした。
――――当日。天気は生憎の雨となりました。
彼は傘をさして私を迎えに来てくれました。ですがどうでしょう。初めて会った時と、彼は変わっていました。
瞳は虚ろになっており、あの時のようなどこか守ってあげたくなるような雰囲気はなくなりました。目の前にいるのは少年ではなく青年です。歳からしてみればまだまだ少年のはずです。なのに彼はそれを微塵に感じさせません。話し方も、初めてあった時とはだいぶ変わっています。
ですがあの優し気な笑顔と私への接し方は、全く変わっていないのです。私は正直、かなり戸惑いました。彼は本当に、あの時の少年なのかと。彼の存在がどこか遠いものになってしまったようで、私は少し胸が苦しくなりました。
段々に変わっていっていたとはいえ、それは私にとって大きな変化だったのです。
「すまない。待たせてしまって。」
「いえ。まだ約束の時間にはなっていません。私が待ちたかったので少し早めに待っていたのです。」
「そうか。・・・では、向かおうか。」
初めて会った森を、月日が過ぎた今同じ人と歩いている。なのに、どうしてここまでも違っているのでしょう。この胸を締め付けられる想いの正体は一体何なのでしょう。私は葛藤しながら彼と森を歩きました。
途中途中危うい道は、彼がエスコートをしてくれたので難なく街へ着くことが出来ました。
街につく頃には雨はあがっていました。傘をたたみ、二人で街を散策します。
最初に会った時の出来事等思い出を話していると、彼は困ったように笑いました。彼にとってその記憶は恥ずかしいものなのだそうです。そんな事もあったな、などと言って軽く流していました。
「前回あった時から大分時間が開いてしまったけれど、元気にしていましたか?」
「あぁ、それなりにな。そういうセイラはどうだ?これでも心配していたんだぞ。」
心配していたという言葉に、僅かに心が落ち着きを見せます。ですが、それなりという言葉に隠されたものが気になり、それどころではありませんでした。
「えぇ、大丈夫よ。」
精一杯、隠したつもりでした。笑顔も作り、声も震えないようにして、大丈夫だという事をアピールしました。でも、その反応を見た璢夷はすぐに私の嘘を見破ってしまいました。
「大丈夫では、なかったのだな。強がらなくていいんだぞ?」
顔を傾げて私の表情を窺う璢夷の眉は軽く下がり、かなり心配していることが分かりました。これ以上隠しても更に心配させてしまうだけだと悟った私は正直に胸の内を打ち明けました。
一番奥に隠した気持ちだけは、残して。
「・・・寂しかった。とても。一人でいるのが怖かった。」
「そうか。それは辛い思いをさせたな・・・すまない。」
「仕方がない。璢夷だって忙しかったのだろう?」
今まで散々に彼が変わったと言っていたけれど、言い直すなら、彼も変わっていたというのが正しいでしょう。私もまた、あの頃とは大きく変わっていたのです。
一人でも身を護れるようになるために・・・ゆくゆくは、一人で街へ出てもいいように、私は護身術などを学び、力を付けていきました。その過程で、私には新たな要素が生まれていたのです。それは私の初恋の人の影響を大きく受けていたのは言うまでもありません。
「あぁ。この武器の力をどうにか制御する為に時間を費やしていたからな。」
この時既に彼の武器は生まれていました。幼い時からずっと見てきたので、どれが武器なのかはすぐに分かりました。
後に聞いた話によると、彼は家族のなかで一番最初に武器を生み出したそうです。つまり、彼がこの時点で暴走してしまったら、誰にも止める事が出来なかったということです。まだこのような学校が生まれていない頃でしたから、彼は独学で必死に制御法を学んだようでした。
このように彼の才能は、私と会っていない間に随分と開花していました。
「非武装の武器を生み出す程の負の感情を背負っていたのは、私ではなく璢夷だった。どうして私に相談してくれなかったんだ。いつも助けれてばかりでは、申し訳ないじゃないか。」
「わざわざ心配かけるような事をしたくはないだろう?それに、自分自身気が付いていなかったんだ。」
「無自覚性のストレスか。・・・兎に角!これからは相談するんだぞ?いいな?」
「あぁ、分かった。分かったからそんなに至近距離でじっと見つめないでくれ。」
「ハッ、す、すまない!」
幼い頃から接していたせいもあってか、彼に対しては距離感がイマイチ掴めませんでした。どうも、家族のように感じていたようです。
「どうだ?初めて見る街というものは。」
雨が上がり青空が広がる中、水たまりをものともせず走っていく子供。行き交う大人たち。どの顔も晴れ晴れとしていました。私もこんな風に、笑顔でいたい。そう考えていたその時、私は一時的に彼を見失ってしまいました。
幸い、彼はすぐに見つかりました。彼は大きな袋を抱えていたので、視界から隠れてしまったようです。
「今日はセイラに、渡したいものがあるんだ。」
急に改まって言われたので、つい体を強張らせてしまいました。彼はそんな私の様子を不思議そうに感じつつも、その先を続けます。
「初めて作ったから、その・・・喜んでもらえるかは分からないのだが、受け取ってくれるか?」
大きな袋は、璢夷の元を離れて私の元へとやってきます。その大きな袋を受け取ると、中身はなにやらふかふかしているものだということは分かります。
「勿論、璢夷からもらえるのではあれば、何でも嬉しいぞ!有難う。でも、どうしてこんな急に?私の誕生日はまだ先だぞ?初めて会った日だって、今日じゃないだろう?」
「それはだな。・・・いや、隠すのは良くないか。先程話をしたばかりだしな。」
その言葉で私はこの後に続く告白は良くないものなのだと直感で思いました。
「暫く、会う事が出来ないからだ。」
「暫くってどれくらいだ?一か月?いや、二か月?それとも半年くらいか・・・?」
後の言葉になるにつれ、重みがのしかかってくるのを感じながらも私は必死に問いかけました。でも彼は申し訳なさそうな顔で首を横に振りました。
「少なくとも数年、運が悪ければもう二度と会えないかもしれない。」
「そんな!何で!何でなんだ!?」
「それは・・・言えない。」
「約束しただろう。秘密は無しだと!」
彼に無理強いしているのは分かっていました。だけれど、気持ちが収まらなかったのです。急な宣告を受け入れられるほど私の心に余裕はなかったのです。
彼は申し訳ないと何度もいいながら、俯きました。
「・・・どうしてもというのなら、俺も問おう。セイラ。俺に対しての隠し事は、本当に何もないのか?ないとこの場で言い切れるのか?」
彼もまた、屁理屈を言っているのを理解していました。私にそう問えば、必ず予想している答えが返ってくるのを知っているかのようにも感じました。
「そ、それは・・・」
「ならそれでおあいこだ。俺はこの件以外、本当に何も隠してなんていない。だから頼む、そういう事にしてくれ。」
そこまでしても、そこまで言い切ってまでも隠したいのだと言うのだから、ここで折れない訳にはいきませんでした。私は無言で頷く他ありません。
「すまない・・・。それは、セイラが大好きだったものや思いでを振り返りながら作ったんだ。辛いときや寂しいときは」
「分かった。そうする。」
話を聞いている事すら、この時は辛かったのです。精一杯感情を押さえながら、私は袋を開きました。中には大きなクマのぬいぐるみが入っていました。そういえば私は璢夷に良く絵を描いてもらっていましたが、その中でも一番回数が多かったのは、クマだったのを思い出します。
私は涙を流さぬように努力しながら、最後に一つだけお願いをしました。
「一つだけ、お願いしたいことがある。」
「・・・何だ?」
「この子に名前を付けてくれないか。私が、寂しくならないような名前を。」
目を閉じてゆっくりと彼は考え込みました。私も彼が答えを出すのを待ちます。
「私が泣かなくてもいいように。」
「・・・・なら、名前は、ニコ。ニコだ。いつもセイラが笑顔でいられるように。ニコ、セイラをしっかりと護るんだぞ。」
「ニコ、璢夷が居ない間は頼んだぞ。」
これが、私とニコの出会いです。
次に私が璢夷と再会したのは、この学校に入学する事が決まってから少し経った頃でした。私の入学が決まった時点で彼の御姉さんや妹さんも入学が決まっていましたが、彼だけは名前が載っていませんでした。
彼は自力で制御が出来るからでしょうか。
急遽彼の入学が決まったと聞いて、私は居ても立っても居られなくなり彼の家へと向かい、そこで丁度帰宅していた彼に再会したんです。
かなり日にちが開いてしまっていたから、もしくは環境が変わってしまっていたからなのか前のように話す事は出来ませんでしたが、それでも彼と再会できたことをとても嬉しく思いました。
結局、彼が何故ここを離れなければいけなかったのかは今も分かっていませんが、今は彼がこうして元気に皆と過ごしている事を見ているとどうやら不安は去っていったように感じます。
今、この話を最後まで知っているのはニコと、あのハンカチだけです。この話は他の誰にもするつもりはありません。だって私の、淡い初恋の記憶なのですから。
白いツツジの花言葉は初恋。
ツツジの花は私にとっても思い出の花だったりします。恋の思い出ではないですが。
それにしても、花言葉っていいですよね。素敵ですよね。私花言葉とか大好きです。それだけで小説を書いてしまおうかと考えるほどに大好きです。
さて、今回はニコとの出会い回でしたが、如何だったでしょうか。彼女がニコを武器に覚醒させるのはもう少し先の話です。その話はまたいつか。




