思い出と暗雲
今回は特別に2話連続投稿にしました。
「能力によって命が吹き込まれた毛布、ね。興味深いわ。私もニコとそんな風に戯れてみたい。」
暫く冷について語っていると、セイラさんはそう言いながらクマのぬいぐるみを愛おしそうに撫でる。
どうやらセイラさんも私と同じように、武器となったぬいぐるみに名前がついているようだ。ニコというらしい。
「ニコさんっていうんですね、そのクマさんは。」
「えぇ。」
「素敵な名前ですね。」
彼女が嬉しそうに微笑む。
ニコさんは彼女の能力によって、冷と同じように浮遊をし遊んでいる。冷は自分と似た存在なのを察知してか、凄く楽しそうだ。ただ、生きてはいないという事も理解しているのか、話しかけたりはしていない。
指を左右に、まるで音楽を指揮するように揺らすという仕草は彼女にとって癖のようなもののようで、目を閉じたままでも意のままにニコさんを操る事が出来るらしかった。
「ニコさんとの出会いはいつだったんですか?」
聞いているばかりでは疲れるだろうし、何より私も興味がある。彼女とニコさんの出会いに。
「最初の出会いはいつだったかしら。確か、幼い頃ーーー」
幼い頃は今のように自由に外に出る事は出来ず、普段家の中で過ごしていたというセイラさん。その目は何かを見ているようだったけれど、私には分からない。ただ、いつもより瞳の色が暗く感じた。
その時間は彼女にとって、あまり幸せなものとは言えなかったのかもしれない。
「一緒にいてくれるのは侍女だけで、歳の近い友人もいなかったわ。その時はまだ、ノエルやアルバートもいなかった。」
兄であるケインさん、カインさんと遊ぶ事も許されず、自室で一人遊ぶ事が多かったのだと彼女は語った。
その様子を思い浮かべ、胸が締め付けられるように感じる。人に甘えたり、遊んだりしたい時期に孤独を感じていたのだと思うと・・・。
「一番最初に出来た友人は、璢夷だったのよ。」
「璢夷さんと?」
「えぇ、彼とは幼馴染なの。聖夜よりも先に知り合っていたわ。」
彼女の瞳に微かに灯る光。幼い頃の彼女にとって、とても大切な人だった事がわかる。
ある日、時間を持て余したセイラさんは父親との約束を破り自宅近くの森へと足を踏み入れたらしい。薔薇園をくぐった先にあるその森には熊が出ると噂をされていたようだが、それは彼女の耳には届いていなかった。反発心と好奇心の元、彼女はその森を散策していく。
図鑑でしか見たことのなかった生きものや植物に目を輝かせながら歩いて行くと、川の流れている場所に到着した。足を休ませるために近くに座っていたところ、璢夷さんに遭遇したらしい。
「彼と初めて会ったとき、彼は川の近くで足を滑らせたようで全身水浸しの状態だったのよ。」
彼女はそう言って笑った。
今の璢夷さんでは全く考えられない出来事だと、私はその情景を脳内に浮かべつつ思った。
当時の璢夷さんは今のような、完璧になんでもこなしてしまうような、欠点やミスが全くといっていいほどもない人物ではなかったということだろうか。
「家族や使用人以外で会った人は初めてだったし、その、そんな状態だったから私もどう話しかけていいか分からなくて・・・」
かといってそのままにもしておけず、話しかける事もなく近づきハンカチを差し出したとか。
いきなり現れた人物に最初は警戒を示されてしまったようだけれど、話をする内に警戒は解けていったそう。
「彼と話していたら、私を探して森にやってきた使用人に見つかってしまって、森の先には行けなかったの。それだけでなく彼が私を連れだしたのだと勘違いをされてしまって、彼も一緒に連れて戻る事になってしまって。」
必死に違うと主張したものの全く聞き入れてもらえず、結局誤解が解けたのは彼の身元が判明してからだったという。
「彼は御父様のご友人の息子さんだったの。先にこちらに向かう旨を記した手紙が届いていたけれど、使用人の手違いで御父様の元まで届いていなくてちょっと騒ぎにまで発展してしまったわ。元はと言えば私が言いつけを破り出かけたのがいけなかったのだけれど」
「でも自由に外に出られずにずっと過ごしていたらそう考えるのも分かります。」
「遅かれ早かれ、彼とは出会うはずだったのよ。なのに私ってば、はやまってしまったのね。」
何はともあれ誤解も解け、親公認の友人になった二人はそれからというもの彼女の家で良く遊んだという。出会ってから少し経つと、霧雨さんもその中に加わっていたとか。
・・・ってあれ?ニコさんの話を聞くはずが璢夷さんの話になっているような?
「それで、ニコさんは・・・」
「あらいけない。ニコの話だったわね。脱線してしまったわ。」
手を口に当てて優雅に驚きを示す。どうやら自然と昔話をしてしまっていたようだ。
「ニコは、彼がくれたの。」
「彼?」
聖夜さんだろうか?
彼が誰を指しているのか分からずに困惑していると、彼女はそれに気づいたのか後を続けた。
「璢夷よ。」
「璢夷さんが?てっきり聖夜さんがくれたものなのだと。」
「聖夜と会ったのはそれよりもだいぶ先なの。」
毎日のように遊んでいた三人だったけれど、日が進むにつれて会う回数も少なくなっていった。それは璢夷さんの方にも、セイラさんの方にも理由があった。
璢夷さん、霧雨さんと会わなくなると同時に彼女の生活はまた、独り部屋で過ごすものになっていった。
その話を聞いた璢夷さんがセイラさんの為に作ってくれたのがこのニコさんだという。
「私が一人でも寂しくないようにって作ってくれたのよ。この子には沢山救われたわ。お礼も言いきれないくらい。」
「セイラさん・・・」
「この子と一緒にいると、不思議と寂しさは感じなかったわ。いつでも一緒にいてくれるんだもの。それに、彼らも一緒にいてくれているような気がして。会えない日々も、次に会える日を楽しみにするように変わっていった。」
独りで寂しいときも、叱られて凹んでいる時も、楽しいときも一緒に過ごしてきたというのは、私が冷と過ごした時間と似ている。
私も冷には沢山救われてきた。感謝もしてもしきれない程に。彼女の想いは私と同じだ。
「だからこそ、私の武器はニコなのよ。」
私は彼女の目をじっと見つめながら、静かに頷いた。
完璧に言い切るという事は、それだけニコさんの事が大切だということ。私も同じように言い切る自信がある。
「私とニコの出会いはこれで終わり。ニコという名前は二人で付けたわ。いつも笑っていられるようにって。」
そう言う彼女の笑顔はとても眩しかった。
セイラさんに頂いたケーキと紅茶を嗜みながら話を聞いていた訳だけれど、こうして話を聞く事によって相手の事も知ることが出来るし、武器に対しての理解も深まるのではと感じた。
人によっては、思い出したくもない過去の場合もあるだろう。でも、それを理由にいつまでも閉じこもっている訳にもいかない。人と共有し合うことで助けれる事もあるのではないだろうか。
私には聞く事しか出来ないけれど、それでも誰かの助けになるとしたら。私はその話を受け止めてみせる。
ケーキを食べ終わり、話も一区切りついたところで一旦辺りを見回すと、先ほどおあずけを食らってしまったノエルさんは嬉々とした顔でケーキを食べていた。私達の分をとりに行ってから食べ始めたせいか、単にゆっくり味わっているのか、まだ食べ終わってはいない。
ここに来たのはいい機会だ。ノエルさんやケインさん、カインさん、アルバートさんからも話が聞けるのであれば、是非聞きたい。今ノエルさんの邪魔をするのは良くないだろうから、もう少し時間を空けて再度話しかけてみようと思う。
「冷さんは」
「はい?」
「月華さんの御父様と御母様が月華さんに贈ったものなのよね?」
「えぇ、そうだと聞いています」
「そう、羨ましいわ。」
それは、どうして?
彼女の背にある大きな窓から黒い雲が奥の方まで続いているのが見える。それはまるで彼女自身の心のように感じたのは、気のせいだろうか。
この話を書いている時にどうしても書きたくなったので、2時間くらいを掛けて次の話を書きました。熱くなりすぎたせいで私としてはかなり長いお話になっております。




