理解をするということ
武器に対しての理解を深める事を宿題にして、その日の授業は終わった。身支度を終わらせ寮へと帰りながら、冷について考えてみる。
冷は私が生まれた時からずっと一緒にいる家族のような存在だ。武器として生まれ変わってからというもの、触れる機会も多くなってはいるが、依然として謎は多い。
もう冷はただの毛布ではない。武器なのだ。人に危害を加える事はなくとも、それに等しい力は持っているはずなのだ。
扱い方を間違えれば、昔に存在していた“兵器”というものと大差なくなってしまうのかもしれない。そう考えると冷を持つ手が少し震える。
駄目だ、こんな風に思っては。いつも傍で見守ってくれていた冷に対して、そんな酷いことを。
もし仮にそうなってしまう可能性があるとしても、私は絶対に冷をそんな風にはさせない。
帰宅してから服を着替え、一息つこうと冷蔵庫から取り出したお茶をコップに注ぎ、そのコップを持ってリビングにある椅子に座った。
色々と考えすぎてしまっていると自覚もしている。ここはお茶でも飲んで一旦リセットするべきだと思う。
「ひ~~?ひっひ!」
私が疲れているのが分かるのか、近くに寄って来て肩に掛かる。そのままぐいぐいと力を込めて肩を押してくれた。冷式肩もみだ。
どうして冷はこんなにも人の感情を読み取るのが得意なんだろうか。いつもこうして私を助けてくれる。
そんな冷に私は何かしてあげられているんだろうかと不安になることもあるのだけれど、冷がそれを知ったらきっとそんな事はないって、言葉に出来ないながらも表してくれると思うんだ。
だから私はマイナスな事を考えるよりも、今後の事とかプラスな事を考える事を優先させられる。やっぱり、助けられてばかりだ。
「冷、有難う」
冷は嬉しそうにひーえと鳴いた。きっと“いいえ”って言ってるんだろうな。
お茶を飲んで冷に肩を揉んでもらいリラックスしていると、携帯電話に着信があった。ブブブと細かな振動がテーブルを伝わり私へと届く。振動のおかげで私は忍び寄って来ていた睡魔を撃退することが出来た。
携帯電話の画面には、“セイラ”と名前が映し出されている。私は携帯電話を手に取り通話ボタンを押した。
「家でまったりしているだろう時にごめんなさいね」
「いいえ、大丈夫です。セイラさんが電話を掛けてくるなんて珍しいですね。どうしたんですか?」
電話越しに聞こえるのは、掛けてきた本人であるセイラさんの声とその後ろでなにやら騒いでいるノエルさんとアルバートさんらしき声。時々カインさんらしき声も聞こえる。騒いでいる二人に対し、止めに入っているようだ。
後ろの騒ぎに対して軽く聞いてみると、ちょっとした事で言い争いになってしまったとか。詳しいところまでは教えてもらえなかった。
「私が電話を掛けたのは、教えてほしい事があったからなの」
「教えてほしい事?」
私が彼女に教えられることなんてあっただろうか。勉強だって出来る方ではないし、運動なんかもっと駄目だ。芸術関連に関してもセイラさんの方が上手く出来るだろうし、とにかくその教えてほしい事というのが全く分からない。暫し返答に迷っていると、彼女はそんな私の状態を見抜いたのか優しく声をかけてくれた。
「私と月華さんの武器は、能力こそ違うものの根本的なところは同じだと思うの。だから、冷さんについて聞かせてほしいなって」
セイラさんの武器はクマのぬいぐるみだったはずだ。
私と同じく小さい頃から大事に持ってきたぬいぐるみだそうだから、確かに似ているところはある。
彼女の武器の能力は今のところ基本能力だけだけれど、今後新しい能力が解放される可能性も0ではない。
「勿論!是非、クマさんの御話も聞かせていただきたいです。冷もきっと喜びます」
「それじゃあ決まりね。寛いでいたところ悪いのだけれど、私の家まで来ていただけるかしら。もし疲れているようなら迎えにいくわ」
「そそそんな、大丈夫です。ただ、少し時間をください。すぐ支度していきますから。近くになったら、また連絡しますね」
「分かりました。美味しい紅茶を用意して待っているわね。では、また後で」
「はい、また後で」
そう言って通話が切れる。
セイラさんの家に行くのはこれが初めてではないけれど、行く度に緊張する。
やっぱり大きなお屋敷に行くのは、慣れないというか。普段この寮で生活しているし、友人の家に遊びに行くのも大体この寮で済んでしまうし。
だから他の家に行くという行為自体が稀になってしまっているのは否めない。
駄目な傾向だなとは思うけれど、武器持ちな以上、武器を所持していない人とは関わりにくいのが現状だ。
「冷、セイラさんが冷の話を聞きたいんだって。御家に招待されたから、一緒に行こう。さ、準備して」
「ひ!」
ラジャ!というように冷の右端の部分が持ち上げられたかのようにあがる。
微笑ましいと感じつつその様子を見守っていると、こちらが支度をするように急かしてくる。具体的にいえば、その手の部分らしき毛布の端で頬をぺちぺちされる。その行為さえも何だか微笑ましい。
「分かってるよ冷、じゃあ出かけよっか」
寮を出て、セイラさんの家へ向かう。
彼女や彼女のお兄さん、ノエルさん・アルバートさんは基本的に星本家で生活をしている。私達と違って寮生活をしていない。
・・・というのも、私達が寮生活をしているのは万が一武器が暴走してもすぐに対応が出来るようにするため。セイラさんの家は広く、また周りに民家がない為多少の暴走があっても何とか出来るという環境の為特別に実家に住む事も可能なのだ。もし暴走してしまっても、星本家には武器所持者が他にもいるので、抑え込むのは簡単だろう。
住宅街を抜けて、森に差し掛かる。もう日は落ちるばかりで、今は明るいもののすぐに暮れていくだろう。木々は日の光を受けながら僅かな風に葉を揺らせている。枝にとまった鳥たちがささやかながらに美しい声でハーモニーを奏でている。その声はとても心地がよく、すんなりと耳に入ってきた。
もうすぐセイラさんの家に到着する頃だろう。
森がひらけて、目に前に豪華な庭が現れる。カインさんが育てているらしき薔薇が見事に咲いていた。
この花は彼の武器でもあり、季節を気にすることなく美しい花を咲かせ、枯れる事がないという。不思議な話だ。
彼の指示がなければ、そこで華やかに咲く薔薇。だけれど、一度彼の指示を受ければ自在に動き彼を護る。時にそれは茨の鞭となり、籠になって。
「ひえ~ひぃ~」
持ってきた大きめの鞄から冷の声が聞こえる。次にこの鞄から出られる瞬間を今か今かと待っているのが伝わってきた。
・・・早く歩こう。
「おっ、月華!いらっしゃい」
「ケインさん、こんにちは」
「セイラに呼ばれたんだろ?こっから迷路みたいになってるから案内するぜ」
「有難うございます」
茨で出来たアーチをくぐりながら、お庭を歩く。
ここだけ見てみればまるで異世界に来てしまったかのような感覚さえ覚えた。眠れる森の美女とか、まさにこんな感じだろう。
先頭を歩くケインさんの足取りは全く迷いを見せない。道中何度か分岐点があったけれど、すぐにどちらかの道に折れる。そして一度も行き止まりに行く事無くお庭の最終地点にたどり着いた。
見れば見る程に大きな屋敷。まるでお城のような外観。そして威厳を醸し出していた。庭に咲いた花や建物周りに生えた植物がその雰囲気を倍増させる。
こんな家に住んでいるなんて、相当なお金持ちなのだろうな等と考えながらケインさんの後をついていった。
それと同時に、霧雨さんが関わらない時のケインさんが実に頼もしい存在に感じた。
いつもの様子を見ていると我が道を突き進むイメージがあるけれど、今こうして案内してもらっているとそれは違うという事が良くわかる。
やっぱりお兄さんなんだなぁって、私にはいないお兄さんをちょっと羨ましく思った。
「ん?どうした?」
「いいえ。何でも」
ふふっ、とつい声に出してしまう。流石にケインさんにも聞こえていたようで、何笑ってるんだよと微笑まれ小突かれた。
人が笑顔になるのは、どうやら彼にとって嬉しい事のようだ。
それが、どんな理由であろうとも。
「はい、到着!」
「お邪魔します」
入口近くでセイラさんがお出迎えしてくれた。
今日の彼女は大人しめの水色のワンピースを着ていて、髪を下の方で緩く結んでいた。
いつもはお嬢様のような服、髪型をしているので、何だか新鮮に感じる。
彼女は春の日差しのような暖かな笑顔で私を歓迎してくれる。
「いらっしゃい。歩かせてごめんなさいね」
「いえ、いい運動になりました」
応接室へと案内してもらっている間に、電話中に聞こえたノエルさんとアルバートさんの喧嘩?について聞いてみた。
彼女は困ったように笑いながらも事情を説明してくれる。
セイラさんを見ていると、困り顔だというのに花みたいに可憐で愛らしいので、女の私でもついドキリとしてしまった。
二人が争っていたのは、セイラさんの作るクッキーとケーキが原因だという。
今日は何を作ろうかと迷っていたところ案を二人が提示してきて、お互いの意見が合わずちょっとした言い争いになったとか。
思ったよりもほのぼのとした喧嘩の理由に、思わず気が抜けるのを感じる。
もう、そんな事で喧嘩しなくても。次の日にもう一方のお菓子を作ってもらえば良かったんじゃないのかな。なんて考えてしまう。
喧嘩になってしまった時点で、二人とも引くに引けなくなっちゃったのかな。
「あら、月華じゃない」
争いの種であるケーキをお皿に乗せ、フォークを握りしめキラキラとした目で歩いていたノエルさんが私に気がついた。
顔が綻んでいるところを見られたのが恥ずかしいのか顔が若干赤い。
私はなるべく見ていなかったという素振りを見せつつ、挨拶を返す。
「ノエル、ちょっとお願いしてもいいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「月華さんの分の紅茶とケーキを用意してくださる?」
「分かりました」
ノエルさんが少し名残惜しそうにしながらもケーキの乗った皿とフォークから手を離し、来た道を戻っていく。
学校では対等な話し方をしているけれど、居候としての立場上この家にいる間はこんな感じなのかな。
まるでお嬢様とメイドさんみたいだ。それとも姫と女騎士?どちらでも似合う気がする。
「ノエルが戻ってくるまで、冷さんと遊んでいてもいいかしら?」
ノエルさんを目で追っていると、そうセイラさんに言われた。
私は鞄に冷を潜めたままだった事を思い出す。慌てて鞄を開けて冷を中から出してあげると、あまりも退屈だったのか冷は寝てしまっているようだった。持ち上げても反応がない。
暫くそのままにしていると、まるで人間が寝ている時呼吸に合わせて体を膨らませたりしているように、冷の体も動いている事が分かった。
「すみません、冷ってば寝てしまったみたいで」
「そうなの?残念ね。・・・少し触っても大丈夫?」
「勿論大丈夫ですよ。もし起こしちゃったらちょっと冷が不機嫌になっちゃうかもしれませんけれど」
「ふふっ、じゃあ充分に気を付けるわ」
華奢で雪のように白い手が冷を優しく撫でる。時々嬉しそうに鳴いては体を動かすものの、冷の眠りは妨げられていないようだ。
ノエルさんが戻ってくるまで、彼女はじっと冷を見つめながらゆっくりと、そして何かを思い浮かべるようにして撫で続けた。
ノエルさんとケーキと紅茶が無事運ばれてくると、セイラさんは一旦手を止めて本題を切り出す。
「月華さん、改めてお聞きします。冷さんの事、教えてくださるかしら」
その際に彼女の後ろから、彼女の武器であるクマのぬいぐるみが現れた。
それは丁度私が抱きかかえられるくらしの少し大きなサイズのもので、触れるとふかふかして僅かに花の匂いがした。
小さい頃からこれを持っていたという話を聞いていたので、つい幼少期のセイラさんとクマさんを想像してしまう。
きっと、今は抱きかかえているセイラさんだけれど、小さい時は逆に抱きかかえられていたのだろうなというところまで想像して、微笑ましく思った。
小さい頃といえば、ノエルさんはどんな幼少期を過ごしていたのだろう。
「勿論、覚えている事であれば何でもお話しますよ」
「じゃあまず最初に、出会いを教えてほしいわ」
私と冷の出会い・・・それは、私が生まれる前に遡る。
冷は私が生まれると知った母と父が、生まれてくる私の為に買った毛布で。だから私の記憶よりも先に冷はいた。そういう意味では、私の姉(兄?)と言ってもおかしくないのかもしれない。
冷は私が生まれてからはほぼ毎日、長い時間一緒にいた・・・と思う。あくまで母親から聞いた話だから、実際の記憶としては残っていないのだけれど。
記憶があるのは3歳からで、やっぱりその時にも私は冷と一緒にいた。ターバンのように頭に巻いてみたり、マントのように肩に掛けたり。
その時から、私の中の冷は“生き物”だった。ぬいぐるみなどでおままごとをする時のように、腹話術のように私は冷に“声”を吹き込んだ。
冷が「ひー」とか「ひえった」とかしか言えないのは、その当時の冷が元になっているからなんだと思う。
冷はある意味、私の最初のお友達だったんだ。
熱が出た時には、そのひんやりとした体を活かして冷感シートみたいにおでこに乗せてみたり。お腹が痛いときにはお腹に乗っけてみたり。
そうすると不思議と痛みや熱がとぶものだから、冷は凄いんだって何だか誇らしかったなぁ。
小さい頃の親友には冷の事を話したりもしたけれど、既に冷に関しては知られるのは恥ずかしいという認識はあって、自ら話そうとはしなかったのを覚えている。
その他にも思いでは沢山あるけれど、やはり武器化した時の記憶がとても強く残っている。
消えてしまいたい。もうこんな世界は嫌だと自分や世界に絶望し涙を流していた時に、そっと目元を拭われる感覚がして。
そっとその方向を見ると、まるでオバケみたいにふわふわと宙に浮かぶ冷がいた。
冷は私を元気付けようと私のまわりをくるくると回ってみたり、上下左右に揺れては不思議な声で「ひーえ」と鳴いていた。
最初は唖然としていた私だったけれど、段々と状況を理解して、全てを理解する頃には冷と一緒に遊んでいる始末。
ちょっと前まであんなに絶望していたのに、笑顔さえも見せていて。
そのぐらい、私にとって冷の存在は大きかったんだと再度思った。
冷は私の希望、私を支えてくれる存在。私の事を好きでいてくれるし、楽しませてくれる。安らぎをくれる。
冷がいなかったら私は今頃どうなっていたか・・・きっとここにはいなかっただろう。ううん、この世界にさえいなかったかもしれない。
それくらいに、私は冷の事を溺愛している。
冷は武器になった直後から私との意思疎通が出来るようだった。
私の感情を読み取り、それに応じた仕草等をすることが多々あった。
泣いている時には何も言わずに傍にいてくれるし、私が嬉しいときには一緒になって飛び跳ねたりしてくれた。
この国の言葉を話すことは出来ないものの、冷独自の言葉で話そうとしてくれることもあったし、それなりに私の言葉も理解してくれていた。
最初の方は、“嬉しい”とか“悲しい”とかの大まかな感情&言葉にしか反応しなかった冷は、いつの間にか知識を吸収して細かな所にまで反応してくれるようになった。
人間の生活にも理解があるし、自分が異質な存在である事も自覚している。更には、自分の感情を表現できるようにもなった。
冷は毛布から、どんどんと人間に近づいていっている。私はそう感じた。
「迷子になった私を冷が見つけてくれる事もあったっけ・・・」
「強い絆で結ばれてますのね」
「そう、だといいな」
ようやく目を覚ましたらしき冷が、小さく「ひ」と鳴いた気がした。




