力の種類
翌日。私はある事が理由で飛び起きていた。
時間は7時とかなりギリギリのラインだ。急いで支度をしなければならない。
それよりも気になった事がある。今日はいつもの『夢』を見る事なく就寝する事が出来たのだ。
最近は毎日のように夢を見ていたため、見なかった事にかなり驚いている。
「ひ~~~~っひ!」
急げ急げと冷が急かす。
体を鞄に巻き付かせ、自身と共に宙に浮かばせている。まるで、荷物は持っているから早くとでも言っているように。私はそんな冷を見て微笑みながらも内心はかなり焦っていた。
変わらない日々の中で、何かが変わろうとしているのを感じていたからだ。
「行ってきます!」
誰もいない部屋にいつもの癖で声をかけるが勿論返事はない。その代わりに鞄の中に入った冷が鳴いた。
上手く履けなかった靴のつま先を軽く地面にトントンと触れさせ、足にフィットさせる。走る際の振動で鞄が揺れないよう、片脇で抱え反対の手で支えた。そうして、私は猛ダッシュで学校へ向かう。
誰にも会うことなく校門を潜り、階段を駆け上がろうとする。だが、冷がかなりの大声で静止を掛けたので、途中からゆっくりのぼった。
「おはよー。今日は随分と遅かったねぇ」
「おはよう。あれ、政宗さんは一緒じゃないの?」
「政ちゃんは今日お休みなんだ。具合悪くなっちゃったみたいで」
教室の前で会った真希さんに声を掛けられ政宗さんがお休みという事を知った。詳しく聞けば、彼女は風邪を引いてしまったらしい。
看病をさせてほしいと真希さんは言ったけれど、そこまで酷くはないからと断られ今に至るという事だった。
通りで私と教室前で会う訳である。
「今日は武器についての話からだって。」
「歴史じゃないんだね。どんな話だろう…」
こんなに恐い能力を持っている、とかだったら真面目に授業を受けられる気がしない。
真希さんと二人で教室に入ると、休みである政宗さん以外の人は既に支度を終えて各自の時間を過ごしていた。
「うわぁまた負けたー!」
「勝利は貰った」
「時間的に今のゲームが最後でしたね」
「今度こそ勝てると思いましたのに…。」
「皆さん中々お上手でしたよ」
教室の中央で何人かが一つの机を囲んでいる。グループで戦う何かなのか数人は笑顔を浮かべて話をしており、後の半数は悔しそうにしていたり、勝ったらしき人を褒めたりしている。
一体何をしていたのだろう?
「何やってるのー?」
真希さんも気になったようで、近くにいたセイラさんに声を掛けている。セイラさんは私達が来たことに気がつくと、笑顔でこう答えた。
「簡単に言うなら、私達の中に紛れ込んだ偽者を追い出すゲームです。」
「言い方が緩いね?」
「刺激が強すぎると思いましたの。」
「んー?」
今一理解が追いつかない私達は揃って首を傾げる。するとそれを見た緋威翔さんが説明をしてくれた。
どうやらメンバーの中に紛れている偽物を当て、処刑するというものらしい。このゲームにはターンというものがあって、そのターン毎に偽物は本物を一人ずつ消していってしまう。本物が居なくなってしまったら偽物の勝ち、偽物を当てる事が出来れば本物達の勝利というものだそうだ。
「それで、今回はどちらが勝ったんですか?」
一拍置いてから返ってきた答えは、“偽物”だった。
参加メンバーの中に、偽物は一人だけ。つまり一人勝ちである。
「緋威翔と璢夷が不参加でも勝てないのか~・・・」
紫綺さんががっくりと肩を落としながらそう呟いた。そんな彼の手には、王様の描かれたカード・・・トランプが握られている。見れば他の人も一枚ずつカードを持っているのが分かった。
「トランプのカードで役が決まるんですね。」
「へぇ、ジョーカーが偽物かぁ。誰だろー?」
きょろきょろと辺りを見回してみたけれど、近くにジョーカーを持っている人は見当たらない。
教室の奥の方で何やら人だかりが出来ているのが見えているので、恐らくあの中心にいる人物が勝者なのだろうという事は分かった。
「もしかして経験者?」
「たった一人で勝利を掴むなんて凄いです・・・!」
「いや、別にそんな事は」
「どうやったらそんな風に出来るの?千佳はすぐ表情に出ちゃうんだよなぁ」
「ここまですんなり負けると逆に清々しいわ。」
「あの時はそのような対応をするのが正解だったと。」
亜里亞さん、璢胡ちゃん、千佳ちゃん、霧雨さん、美麩さんに囲まれたその人は勝利に驕る事なくただ囲まれた事に困惑している様子。そんな状態を羨ましがるように眺めている人がいるのにも気づいているようだ。
「霧雨ちゃんの視線を独り占めしやがって・・・くそぅ!」
「次また頑張ればいいでしょう、兄さん。」
霧雨さんの事をじっと見つめるケインさんを励ますカインさん。その横ではケインさんと同じような表情をした真琴さんがいる。
更にその隣には複雑そうな顔をした聖夜さんがいた。「騙すのは得意なんだけどなぁ」と、そんな事を呟いていたように思う。
女子に囲まれて困っているのはどうやら栞さんのようだ。褒められるのが慣れていないのか苦笑いのまま応対している。
「緋威翔達と良い勝負になりそう」
「あのメンバーとはプレイしたくないね」
首を竦めてそういう彼はどうやら本当にそのメンバーでプレイしたくはないみたい。
「ひーひ?ひひ~」
冷もこのゲームが気になったらしく、色んな人にカードを見せてもらいたがった。
教室では気を使う必要がないので、冷を鞄から出し自由にさせる。すると冷は教室内を飛び回り、色んな人とのコミュニケーションをはかった。
それぞれがカードの役割の説明をしているのを聞いて体を揺らしている。多分、相槌なんだと思う。
冷は人の言葉を理解できているし、なるべく自分の意思や考えが相手に伝わるように身振りで伝えようと心掛けているのだろう。
一通り見せてもらった冷が戻ってきた。
これでさっきのゲームが出来る!とでも言いたそうな様子だったので、思わず笑うと冷に怒られた。
どうやらバカにされたように感じたらしい。
違うよ、冷。私は嬉しかったの。皆と仲良くなってくれて。
伝えなくともそれは冷に伝わったらしく、すぐに冷は大人しくなった。
そんなやりとりをしたところでHRの始まりの鐘が鳴る。
鐘と同時に先生が教室に入ってきた。何だか動きがいつもよりゆっくりで、沈んでいるように見える。
何かあったんだろうか。
「どーしたの先生?元気ないね。」
紫綺さんが冗談半分に聞くと、先生はため息を一つついてから答えた。
「それがなぁ、愛しのあの人と休みが中々合わなくてなぁ。次に会うのが待ち遠しくて。」
それは生徒に言うべき事なのだろうかと頭の隅で考えながら、先生の話を聞いた。
確かに大好きな人と中々会えないのは辛いだろう。先生にしてみれば目に入れても痛くないと言い出しそうな程その人にぞっこんの様子だし。
私だって先生と同じ立場なら溜息の一つもつきたくなるというものだ。
「ずっと会えない訳じゃないんだから。センセ、元気だしてよ。」
「・・・あぁそうだな。じゃあ出席とるぞ。」
生徒に励まされ少し元気を取り戻した先生は、順番に私達の名前を呼んだ。
政宗さんが今日は欠席だというのは先に連絡が行っていたようで、特に何も聞かれる事はなかった。
まぁ聞かれたとしても、真希さんがいるのですぐ報告が出来る訳だけれど。
出席が終わると、早速授業の支度に入る。
一時間目は武器についてと聞いたけれど、どんなことをやるのだろうか。
特殊な学校故に他の学校とは違う教科が多いし、授業も変則的だ。普通科の高校に存在する授業で言うのなら、社会保険体育体育体育体育みたいな感じになる。
社会は言うまでもなく歴史の事、保険は心の動きが及ぼす影響について等、そして体育は実践だ。
入学してからまだあまり実戦をしていないような気がするけれど、武器の制御は最終目標だし最初にやったことがおかしかったんだ。きっと。
「今日は武器を精製する際の力の種類について勉強するぞ。」
「ふぁーい。」
何とも気だるげな声が教室内に響く。
勿論、そんな声を出しているのは普段座学に対し真面目に取り組まない面々だ。
「武器を作り出すのは強い感情だという事は知っているな?」
皆が一斉に頷く。
それは当たり前だ。武器を所持している人なら皆分かることだし。
「その感情にはいくつかの種類があるのも分かるな?怒りや悲しみ、妬み等など・・・だが、負の感情を持った時点では武器は発動しない。何故だか分かるか?璢夷以外で。」
私の場合は・・・なんて頭の中で考えてみる。
私が冷を生む原因となった感情は“悲しみ”これは間違いないだろう。じゃあ発動した原因は何?
今思えばマイナスな感情なんて今までに何回も持ってきたはずだ。でも、初回に発動したのは小学5年生の時だった。うーん、何でだろう。
「答えは出ないみたいだな。正解は、その負の感情を発散させるという働きが起きていなかったからだ」
「どういう事ですかー、先生ー?」
良く分からないという表情を見せる生徒がいるのを見て、先生は黒板に図を書き始める。
まず最初に描かれたのは、白く縁取られた人間だった。その丁度胴体の部分に黄色のチョークで何かを描いていく。
「感情は何かを生み出す力・・・そうだな、ゲームでいうマジックポイントとでも考えてくれ。その力はどこか一点に溜まる事のないように分散されている。」
「脳とかにドーンってある訳じゃないんだ。」
「そうだ。血液みたいに全身を巡っていると考えても構わない。負の感情も一緒だ。」
そう言いながら人間の体の内側に、輪郭に沿って線を伸ばしていく。白の枠の内側に同じような黄色の線が出来上がった。一回り小さい体のような感じに見える。
「ある程度の負の感情はこうして分散されるので体に対して影響しないが、強い感情となると分散がしにくくなり、一か所に溜まっていく」
今度はピンクのチョークを取り出して、丁度心臓の部分に赤い丸を描き出した。中心の部分は塗りつぶされている。
最初は小さかった円がどんどん大きくなっていき、ついに体の輪郭ぎりぎりの丸が出来上がった。
「そうして耐えられなくなった瞬間、人間は分散以外の方法をとる。それが発散だ。発散の方法は人それぞれで武器の能力はこの発散方法で決まると言っても過言ではない。」
白のチョークに持ち替えた先生は、発散方法をいくつか書き出していった。
その中で分かりやすいのは、物に当たる・絵を描く・現実逃避するといったもの。ストレスが溜まっている時にしやすい行動がどんどん追記されていく。
私はふんふんと頭の中で考えつつ情報を整理しようとした。が、情報量が多すぎて上手くまとまらなかった。
「物に当たるのは、攻撃タイプだ。武器も人を傷つける能力を持ったものが多いのが特徴だな」
「言い方が悪いですが、他を傷つける事で自身を守る事になるという事ですか」
先生はそうだと言いつつ難しい顔で力強く頷いた。
一方生徒の方は、自身に当てはまる部分があるかという所を考え気にしているのだろう。殆どの人が黙って先生の話の内容を咀嚼している風に見えた。
「それ僕が当てはまるね。」
どこかあっけらかんとした返事をしたのは聖夜さんだ。彼の武器は確か羽根だったと思う。
霧雨さんと戦っていた時に使っていた能力は確かに攻撃傾向があった。
「「それを言うなら、私もよ。」」
み、見事なシンクロ・・・!
口調も似ているため、一言一句違わず同じ言葉を紡ぐ2人。霧雨さんとノエルさんだ。
霧雨さんは傘、ノエルさんは猫で能力はそれぞれ天候操作(雨)と猫化。確かに攻撃傾向がある。
私の冷は攻撃手段を持っていないので当てはまらない事になる。だとすれば、一体私はどんなタイプになるのだろう?
「いや、ノエルの場合は攻撃よりも同一化に近いな。」
猫に憧れを抱いている事からそうなのだと先生は言った。それを聞いたノエルさんがハッとしたような表情を見せる。
自分が思っているよりも先生が生徒の事を理解しているのだという事が分かる言葉だった。
「逃避はいうまでもないな?」
「はいそれ俺。」
静さんがゆっくりと手を挙げた。明らかに気だるげで、机に突っ伏している。そんな彼の片耳にはイヤフォンが付けられ、その先にはゲーム機が繋がっていた。
一応話は聞こえているらしく、先生の方をチラリと見やる。
「そうだな。・・・他にもいくつか種類があるが、この時間はここまでにしよう。宿題は自分がどの種類にあたるのかを考え、その理由を述べられるようにすることだ。そうすれば、自ずと武器に対しての理解も高まるだろう。」
そう締めくくったところで授業の終わりを告げる鐘が鳴った。




