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元腐女子令嬢、愛のない契約結婚のはずが狼旦那様に沼落ち中です!?  作者: よつ葉あき


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7/30

7.月下の告白、銀の温もり


 耳も尻尾も、想像以上に温かかった。

 柔らかな毛並みの奥には、確かな力強さが宿っている。

 もし逃げようとすれば容易く引き寄せられるだろう──けれど、その力は荒々しさとは無縁で、ただ静かに私を繋ぎ止めているだけだった。


「……環」


 再び呼ばれた名は、先ほどより低く、ためらいを含んでいた。

 私は顔を上げ、月明かりに金色を宿した瞳をまっすぐに見つめ返す。


「何ですか、旦那様」


 しばしの沈黙。

 夜風がふたりの間を抜け、銀の毛並みをそよがせた。


「……お前は、本当に……」


「何ですか?」


「普通なら……俺に近づこうとはしない。ましてや、耳や尾に触れるなど……」


 その声には、幾度も同じ拒絶を受けた痛みが滲んでいた。

 その過去を思うと、胸の奥で小さな怒りが燃える。

 どうして、この人がそんなふうに思わされなければならなかったのだろう。


 私は首を小さく横に振った。


「だって、旦那様は──」


 息を吸い、胸の底から言葉を押し出す。


「優しい人ですから」


 蓮様の瞳が、かすかに揺れた。

 その変化を逃さず、私はもう一歩だけ近づく。


「だから、恐くなんてありません」


 恐いどころか──あたたかくて、美しくて、そして……かわいくて。

 もし私の言葉で旦那様の不安をほんの少しでも減らせるのなら、何度でも伝えたい。

 何回でも、何度でも。


 旦那様は黙ったままだったが、銀の尻尾がふわりと揺れ、そっと私の手首に巻きついた。

 その温もりが、無言の「離れるな」に感じられる。



 蓮様はしばらく黙して私を見ていたが、やがて低く口を開いた。


「……これは、先祖返りだ」


「先祖……返り?」


「母方の家系に……狼男がいたらしい。何代も前の話だ」

 その声は淡々としていたが、奥には重い影が潜んでいる。


「その血が、突然俺に現れた。夜になると……目と髪の色が変わり、この耳と尻尾が生える」


 言葉の端に、かすかな嫌悪が滲む。

 それは、まるで自分自身を否定する響きだった。


「……醜いだろう」

 そう呟く声は、風に紛れそうなほど小さく、脆かった。


 胸が痛む。

 私は静かに首を振った。


「……醜くなんて、ありません」


 蓮様はわずかに目を細める。

 夜風がふたりの間を通り抜け、銀毛をやさしく揺らした。


「そう言ってくれたのは……お前が初めてだ」


 その声は安堵にも似ていたが、長い孤独の重みをも帯びていた。


 私は巻きついた尻尾にそっと手を添える。


「じゃあ、これからは……何度でも言います」


「……何度でも?」


「はい。何度でも」


 蓮様の唇が、ほんのわずかに動いた。

 それが笑みかどうかはわからない。

 けれど、月明かりを受けた金色の瞳は、少しだけやわらかく見えた。


 すると──尻尾がぱたぱたと揺れ始める。

 表情は相変わらず冷静なのに、これでは台無しだ。

 そう思ったら、もう我慢できなかった。


「……ふふっ!」


「……何が、おかしいんだ?」


 不思議そうに首を傾げる旦那様。

 怒っているわけでもなく、ただ理由を知りたそうにしている。


 ……だめだ。

 今の旦那様が、全部、愛おしくて仕方ない。


「ご、ごめんなさい。旦那様が……かわいくて、つい……」


 金色の瞳が驚いたように丸くなる。


「……か、可愛い……?」


「はい。とても」


 わずかに瞳が揺れる。

 きっと、こんなふうに言われたことはなかったのだろう。


 だからこそ、守りたくなる。

 何度でも、可愛いって言ってあげたくなる。

 耳も尻尾も、ぜんぶ。

 そして、そこに隠れている本当の旦那様の心ごと──。


 夜風が銀色の毛並みを揺らす。

 その光景を胸に刻みながら、私は静かに目を閉じた。



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挿絵(By みてみん)
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