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第9話 冷徹貴公子は静かに倫理を失う

 リオンは『国とかどうでもい』になった。

 ガレスは『敵全部殺す』になった。


 そして私は今、三人目がどう壊れるのかを考えていた。


「嫌だなぁ……」


「完全に他人事ですね」


 ノアが呆れた声を出す。

 私は客室のベッドに寝転がりながら、ぼんやりと天井を見上げた。


「だってアシュレイだけは比較的まともじゃん」


「比較対象が終わってるんですよ」


 それは、確かに。

 だがアシュレイは元々、攻略対象の中でも圧倒的に理性的なタイプだった。常識人枠、ツッコミ役。


 だから多分、大丈夫。

 ……そんな甘いことを考えていた。



 その日の夜。


「リゼ、お茶をお持ちしました」


 アシュレイがいつもの完璧な微笑みを浮かべて部屋へ入ってきた。

 陶器のティーセットを運ぶ綺麗な所作。どこからどう見ても、完璧で気品溢れる公爵子息である。


「お、ありがと」


 私は何も考えずに、差し出されたカップを受け取った。

 ちなみにノアは部屋の隅のソファで本を読んでいる。最近普通に居着いてるな、こいつ。


「今日はずいぶん静かだね」


「ええ。殿下は政務で拘束していますし、ガレスは魔物討伐へ向かいましたので」


「拘束?」


「執務室に閉じ込めました」


「何してんの???」


 アシュレイはにこやかに紅茶を注いだ。


「リゼのそばに四六時中まとわりついて仕事をしやしないので、少しばかり強制力を行使しまして。まぁ、執務机に物理的に縛り付け、ドアの外から厳重に鍵をかけただけですから、ご安心ください」


 安心できる要素が微塵もない。

 部屋の隅から、ノアがぼそっと呟いた。


「……静かなインテリタイプが一番危険ですね」


 わかる。

 アシュレイは感情を爆発させない。

 だからこそ、淡々とやる行動のバグり方が一番怖い。


「はい、どうぞ」


 差し出された紅茶を飲もうとして、

 私はふと手を止めた。


「……ん?」


「どうしました?」


「なんかいつもと匂い違くない?」


「リゼのために用意した、特別な茶葉ですから」


「へぇ」


 私は一口、喉に流し込んだ。

 確かに美味しい。コクがあって、少し甘くて――そして、猛烈に眠い。


「……え?」


 ガクン、と視界が大きく揺れる。

 その異変に、ノアが本を投げ捨てて勢いよく立ち上がった。


「リゼ!?」


「え、なにこれ、急に……」


 体に力が入らない。

 異常なレベルの睡眠誘発。


「……アシュレイ様」


 ノアの声が努めて冷静な声で聞く。


「その紅茶に、何を入れました?」


「特製の睡眠薬ですが?」


 さらっと答えた。

 私は重い瞼を無理やり持ち上げ、アシュレイを睨む。


「は、ぁ!? あんた何して──」


「最近のリゼは無防備すぎます。今の世界は危険なんですよ。外の魔物も、周囲の男たちも、全部」


 アシュレイは穏やかに微笑んでいた。

 なのに、眼鏡の奥の目だけが笑っていない。


「ですから、世界の混乱が収まるまで――少しの間、リゼをこの部屋から出さない方が安全だと思いまして」


「監禁じゃねぇか!!」


「保護です」


 ノアがドン引きして一歩下がった。


「……倫理観が死滅している」


「失礼ですね」


 アシュレイは笑顔のままだ。


「私はただ、リゼに安全でいてほしいだけですよ」


「睡眠薬盛るやつの台詞じゃないんだよなぁ」


 私はふらつきながら立ち上がろうとした。

 だが力が入らない。

 くそ、眠気が限界だ。


「ちょ、これ強すぎ……」


「安心してください。ちゃんと体に害のないものです」


「そういう問題じゃ――」


 ぐらり、と視界が傾いた。

 床に倒れ伏す前に、アシュレイが自然に私を抱き留める。


「危ないですよ、リゼ」


「お前のせいだろ……」


「はい、私のせいです」


 笑顔で肯定した。こっわ。

 アシュレイは私を軽々と抱き上げ、そのままベッドへ運ぼうとした。

 そして耳元で、ひんやりと囁く。


「このまま……私のものにしてしまいましょうか」


 いや待て!!

 せめて意識ある時にしてください!!


「ちょっと待ってください」


 ノアが珍しく強い口調で、アシュレイの前に立ちはだかった。


「それ以上は本当にダメです」


「何がです?私は合理的に行動しているだけですが?」


 アシュレイは小さく首を傾げた。


「合理性で監禁を正当化しないでください」


「監禁ではありません。自主的軟禁です」


「同じです」


 眠気で意識が飛びそうな中、私はぼんやり思った。

 ……これ、攻略対象全員壊れたらどうなるんだ?


 リオンは国家放棄。

 ガレスは殺戮マシーン。

 アシュレイは監禁系ヤンデレ。


 終わりでは?


「リゼ」


 アシュレイの綺麗な指先が、愛おしそうに私の髪を何度も撫でる。


「大丈夫ですよ。私は、あなたの嫌がることはしませんから」


 いや、今してる。


 そのツッコミを口にする前に、

 私の意識は暗闇へ沈んだ。


《対象:アシュレイ・グランディス》

《警告》

《感情増幅:制御不能》

《独占欲――増幅中》

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