表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/13

第4話 異世界でも酒は裏切らないよね

 ノアは結局、そのまま目を覚まさなかった。


 王城の治癒師たちが総出で診察した結果、『極度の魔力枯渇と栄養失調』とのことだったらしい。


 現在は王城の客室で療養中。

 なぜかリオンが付き添っている。


 私はその日の夜、自室でひとり酒を煽っていた。


「くそぉ……どうすればいいんだよ……」


 せっかく完成した逆ハーレムを解散なんて絶対に嫌だ。

 だが、世界が滅ぶのも困る。


 しかも、だ。


 私はまだ、イケメンたちと何もしていない。

 何も。


 清く正しいプラトニック交際である。


 いやまあ、毎日壁ドンされたり抱き締められたりはしてるけど。

 肝心なところは何もない。


 でも、リオンは『赤ちゃんは愛し合った夫婦のところへコウノトリが運んでくる』と本気で信じているタイプだし。

 ガレスは『順序を守るべきだ』とか真顔で説教してきそうだし。

 アシュレイは一線を越えた瞬間、執着が限界突破して監禁ルートに入りそうだし。

 フェリクスに至っては、そもそもそういう欲があるのかも怪しい。


 しかも誰か一人と関係を持ったら、残り三人が殺し合いを始めかねない。


「おかしいだろ。こっちは前世アラサーだぞ……」


 健全なお付き合いだけで満足できるわけがない。

 私は二本目の酒瓶に手を伸ばした。

 世界が滅ぶなら、いっそ好き放題――


「いやだめだ」


 首を振る。

 明らかに酒で判断力が死んでいる。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか意識を手放していた。



「おはよう、リゼ」


 柔らかな声で目を覚ます。


 朝日が差し込む天蓋付きベッド。

 そして、私の髪を撫でる超絶美形。


「……は?」


 フェリクスだった。


「!?」


 慌てて飛び起きる。

 頭が割れるほど痛い。気持ち悪い。


 ふと違和感を覚えて、自分の格好を見た。


「えっ、ちょ、私なんで裸!?」


 かろうじて下着は履いている。

 だが、ほぼ裸だった。


 昨晩の記憶が途中からない。


 まさか。

 ついに。

 酒の勢いで。


「……私たち、昨日なにかあった?」


「安心して」


 フェリクスはにこやかに言った。


「今朝ここへ来たら、君がトイレで半裸で寝てたから、ベッドに運んだだけだよ」


「…………」


「ついでに髪に吐瀉物ついてたから浄化してた」


 ああああああ。


 思い出した。


 昨日飲みすぎて吐いて、服を汚して、そのまま脱いで、トイレで寝落ちしたんだった。


「終わってる。令嬢として終わり過ぎている……」


「いや、全然終わってないよ?」


 フェリクスが優しく髪を撫でる。


 待って。

 酒クズにも優しい人外系スパダリとか最高すぎない?


「ちなみに二日酔い治したりは……」


「それは無理かなぁ」


「なんでだよ。ゲロは浄化できるのに」


「専門外なんだよ」


 精霊王にも得意不得意があるらしい。

 私はそのままベッドに突っ伏した。


「ねぇ、フェリクス」


「なぁに?」


「あんた、何か知ってるでしょ」


 昨日のあれで確信した。

 こいつは世界崩壊について何か知っている。


「うん、知ってるよ」


 あっさり認めた。


「じゃあ、私がみんなと別れる以外に、世界を滅ぼさない方法も?」


「あるよ」


「マジで!?」


 私は勢いよく顔を上げた。


「おぇ」


「大丈夫?」


「大丈夫じゃない……」


 フェリクスはくすくす笑う。

 くそ、顔がいい。


「でも、今はまだ教えられないかな」


「なんでよ!」


「ヒントならあげる」


 フェリクスは細い指を一本立てた。


「あの子の“チート能力”が鍵になってる」


「ノアの?」


 昨日の話では、セレナもチート持ちだった。

 ということは、転生者全員が何かしら能力を持っているのか?


「てか、今後も転生者がどんどん出てくるとかないよね?」


「安心して。異世界からの転生者は4人だけだよ」


「もう一人いるんかい」


「まぁ、あの子は君たちに関わる気がないみたいだから、リゼが会いに行かなきゃ会うことはないと思うよ」


 まぁ……それならいいか。私が都合の良いときにしか会わなくて済むなら、害はなさそうだ。


 セレナ亡き今、私が気にしなければならないのはノアのみのようだ。

 私の“魅了”。セレナの“未来予知”。そしてノアの――まだ誰も正確に知らない能力。


「ねぇ、それって――」


 顔を上げた時にはもうフェリクスはいなかった。


「……ほんと自由だな、あいつ」



 服を着て寝室を出た瞬間、バターの香りが鼻をくすぐった。


「おはようございます、リゼリア」


 なぜかアシュレイが私の部屋で朝食を用意していた。


「どうやって入ったの」


「未来の妻の部屋に入るのに理由が必要ですか?」


「必要だよ」


 テーブルには豪華な朝食が並んでいる。


 焼きたてクロワッサン。

 厚切りベーコン。

 ふわふわオムレツ。

 生クリームたっぷりのカップケーキ。


 普段なら最高だった。


 だが今日は。


「……うっ」


「リゼリア?」


「おろろろろろ」


 盛大に吐いた。

 ダメだ、匂いがきつい。


「リゼリア!? 毒ですか!? 誰がこんな真似を――!」


「酒だよ」


 開いたドアの前にガレスが立っていた。


「見ろ、この床に転がっている酒瓶の山を」


 呆れた声と共に、当たり前のように部屋に入ってくる。


「なんでいるの」


「護衛だ」


 当然みたいに言うな。


 しかし、魅了チートに脳を焼かれた男たちは、酒臭い程度では引かないらしい。


 ガレスは私の嘔吐物が服に付きそうになるのも気にせず、ひょいと私を抱き上げた。


「うわ、ちょっ……」


「暴れるな。落ちる」


 そのまま慣れた手つきでベッドへ運ばれる。

 ガレスは短くため息をついた。


「水と冷たい布を持ってくる。アシュレイ、その飯を片付けろ。匂いでリゼがまた吐く」


 その後、私の気分が落ち着く昼過ぎまで、左にガレス、右にアシュレイという異様に豪華な布陣で、ひたすら介抱され続けた。


 しかも何故かずっと手を握られている。


「……幸せすぎる」


「何か言いましたか?」


「いや別に」


 世界滅亡の危機なのに、

 私はかなり駄目な人間だった。



 午後。

 私は王城へ向かった。


「リゼ!! 待ち侘びたぞ!!」


 到着するや否やリオンが勢いよく抱きついてくる。

 最近ちょっと慣れてきたせいで、前ほどときめきがなくなってきた。


「ノアは?」


「先ほど目を覚ました」


「体調は?」


「知らん」


「なんで?」


「俺はリゼ一筋だからな。あの女とは必要以上に会話もしていない」


 なぜそこを誇らしげに言うのか。


 いや、お前。シナリオの強制力とはいえ一回浮気イベント起こしてたよな?


 私がじっと見ると、リオンはなぜかさらに胸を張った。


「今の俺は違うぞ!」


「成長したかのように言うな」



 そのまま私は、リオンに半ば引きずられるようにして、ノアのいる客室へ向かった。


 王城の一角とは思えないほど静かな部屋だった。


 窓際には白いレースのカーテン。

 机にはいくつかの薬瓶。

 空気には、乾いた薬草の匂いが混じっている。


 そして――。


「……」


 ベッドの上で、ノアがぼんやりこちらを見ていた。


 昨日より顔色は多少マシだ。

 だが相変わらず、風が吹けばそのまま消えてしまいそうな儚さがある。


 ……というか。


 近づいた瞬間。


 「くさっ」


 私は思わず真顔になった。


 いや待って。

 これは“ちょっと臭う”とかそういうレベルじゃない。


 貧民街のドブの空気と、薬草と、染みついた泥と、色んなものが凝縮された、“死線を越えて生き延びてきた野生の臭い”がした。

 リオンは眉ひとつ動かしていない。なんで平気なんだこいつ。


「リゼ!」


 リオンが誇らしげに胸を張る。


「安心しろ! 俺が一晩ついていた!」


「いや、それでよく耐えたな」


「?」


 分かってない顔をするな。


 アシュレイが静かに口元を押さえた。


「……失礼ながら、かなりですね」


「騎士団の野営でもここまではない」


 ガレスですら遠回しだった。

 当のノアはきょとんとしている。


「……?」


 あ、こいつ自覚ないタイプだ。麻痺してるな。


「え、もしかして私、臭いますか?」


「もしかしなくてもだよ」


 即答した。

 ノアは軽くショックを受けた顔をしたあと、しゅんと目を伏せた。


「……すみません。お風呂、久しぶりで」


「久しぶりってどれくらい?」


「えっと……三週間ぶりくらいです」


「待って。人としてのライン越えてる」


 ノアの肩がぴくっと震える。


「……すみません」


「いや謝らなくていい。今から入れるから」


「えっ」


「ほら、立って」


 ノアは戸惑いながらベッドから降りた。

 だが、足元がふらつく。


「……っと」


 咄嗟に腕を掴む。


 軽かった。

 驚くくらい軽い。


 細い腕は簡単に折れてしまいそうで、私は思わず眉をひそめた。


 ……ちゃんと食べても、眠れても、いなかったんだろうな。


「リゼリア様……?」


 不思議そうに見上げてくるノアから、私はそっと視線を逸らした。


「……とりあえず風呂だ。話はそれから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ