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第2話 神様、逆ハーレムで世界が滅びるって本当ですか?

「……二人で、話がしたいです」


 白い髪の少女――ノア・エルフィードは、私を真っ直ぐ見つめていた。


「断る」


 即答したのはリオンだ。

 私の腰を強引に抱き寄せたまま、露骨な敵意を向けている。


「リゼはお前のような素性の知れない女と、二人きりにはさせない」


「同感です。見るからに不審者ですね。衛兵を呼びましょう」


 アシュレイがいつもの綺麗な笑顔のまま、冷酷に追撃する。


「……危険なら、ここで俺が斬る」


 ガレスにいたっては、もう剣の柄に手をかけていた。


 何なのこの過保護集団。

 私の【魅了補正】、効きすぎてない?

 男たちの防衛本能が完全にバグっている。


 だが、ノアはそんな殺気にも一切表情を変えなかった。


「時間がありません。世界が壊れる前に、話を聞いてください」


 淡々とした声。

 なぜか、背筋がぞわりと冷えた。


 私はリオンの腕を押しのけて、なだめるように笑う。


「大丈夫大丈夫。殺されそうになったら叫ぶから。五分だけ、ね?」


 私はノアの手を掴み、男たちの引き止める声を背に近くの空き部屋へ滑り込んだ。


 扉を閉める。

 途端、静寂が落ちた。



 改めて向かい合うと、ノアは想像以上に酷い有様だった。


 白いの法衣はボロボロに擦り切れ、袖口は泥だらけ。

 細い、というかガリガリだ。

 小さな手には切り傷や火傷痕がいくつも残っている。


 ……何これ。


 私の知ってる乙女ゲームのヒロインって、もっとこう、ふわふわキラキラしてるものでは?


 目の前にいるのは、今にも倒れそうな薄汚れた捨て子だ。


「……用件は何。私、忙しいんだけど」


 少し気圧されながらも強気に聞くと、ノアはしばらく無言で私を見つめ、それからぽつりと言った。


「あなたは、この世界を壊しました」


「は? 急に重いな」


 思わず真顔になる。


「いや、呪われた祠とかも壊してないし、世界も壊してないけど」


「いいえ、壊れます」


 断言された。


「あなたが本来の流れ――シナリオを変えてしまったせいで、この世界そのものが崩壊に向かっています」


 シナリオ。

 その単語に、私はピクリと眉を動かした。


「本来、私は聖女として教会に保護されるはずでした」


「あー……」


 めちゃくちゃ心当たりがある。


「でも、あなたが私のいた孤児院を消した」


「人聞き悪いな! 大金で買収して別の場所に移設しただけですー!」


「それが原因で、私の運命は全部変わりました」


 ノアは淡々と続ける。


「本来起こるはずだったイベントも、出会うはずだった人たちも、全部消えた」


 イベント、シナリオ。

 完全にゲーム用語である。


「……ちょっと待って。あんた転生者?」


 だが、ノアは逆に不思議そうな顔をした。


「テンセイシャ?」


「え?」


「何ですか、それ」


 知らないのかよ。


「え、じゃあ乙女ゲームは?」


「……?」


「漫画とかアニメとか」


「ドラえもんしか見たことないです」


「偏りがすごいな!?」


 なんでそこだけ!?

 ノアは私のツッコミを完全にスルーした。


「だから、何もわからなかったんです」


 その声は、静かだった。


「普通の高校生だったはずなのに、気づいたら知らない場所にいて、急に小さな女の子の体になっていて」


「……」


「どうしてここにいるのかも、どうして魔法なんてものがあるのかも、何ひとつ、理解できませんでした」


 言葉が、喉の奥で止まった。

 ノアは細い指をぎゅっと握り締めた。


「お腹が空いても、働き方もわからなかった。どうやって生きていくのかも……」


「……」


「でも、誰も何も教えてくれなかった」


 私は言葉を失った。


 私は前世の知識があった。

 この世界が乙女ゲームだと知っていた。

 だから攻略対象もイベントも理解できたし、先回りして人生をイージーモードに変えてきた。


 でも、この子は違う。


 ファンタジー世界の定番も知らない。

 魔法も知らない。

 異世界転生という概念すら知らない。


 そんな状態で、いきなり訳の分からない世界に放り込まれ、過酷な生活を送っていたのだ。


「……そんなとき、ある人に会いました。セレナ様、です」



 それは、ノアが貧民街で物乞いをしていた時だったらしい。


 突如現れた旅装束の女は、ノアの姿を見るなり膝から崩れ落ちたそうだ。


『やっと……見つけた……! 何年探したと思ってるのよ、あんた……!』


 その女は、セレナ・メルクリウス。

 本来ならゲーム本編が始まる前にノアを見つけ出し、聖女として導くはずだった人物である。

 シナリオ上では出番こそ少ないものの、主人公の運命を決定づける重要人物。その後はセーブ画面やシステムアシスタントとしても登場する、ノアの師匠的なキャラクターだ。


「セレナ様も、前世の記憶を持っていました」


「えっ。まさかの第三の転生者」


「それと、“チート能力”も」


 ノアはそこで少し首を傾げた。


「チート、というのはよく分かりませんが……」


「いや概念だけ急にオタク用語理解してるな?」


「セレナ様がそう言ってました」


 なるほどセルフ申告制か。


「セレナ様の能力は『未来予知』です。ただし、見えるのは遠い未来の断片だけで、細かいことまでは分からないと言っていました」


 セレナは未来予知で世界の滅亡を知り、本来なら出会う運命だったはずのノアを探していたという。


『……誰かが、シナリオを壊した』


 セレナはそう言ったらしい。


 ノアは静かに続ける。


「セレナ様は、何年も私を探し続けていました」


「……」


「その途中で瘴気を浴び、私と会った時には、もうかなり弱っていました」


 部屋が静まり返る。


「私は、たった三ヶ月ですが、セレナ様と一緒に暮らしました」


 ノアは静かに目を伏せた。


「その間に、セレナ様は色々なことを教えてくれました。魔法の使い方。この世界の本来の姿。未来が変わってしまったこと。そして、世界が崩壊に向かっていることを」


 空気が、少し冷えた気がした。


「……で、その彼女は?」


「……死にました」


 静かな声だった。


「ある日帰ると……眠るみたいに冷たくなっていました」


 そこで初めて、ノアは少しだけ目を伏せた。


「セレナ様は、死ぬ前に言いました。本来なら私は大聖女になって、誰かと恋をして、世界を救うはずだったって」


「うわ、乙女ゲームっぽ」


「だから聞いたんです」


 ノアは真顔だった。


「恋をしないと、この世界は滅ぶんですか?って」


「……セレナは、なんて?」


「この世界は、恋愛を楽しむ世界なのよって」


 めちゃくちゃ頑張って非オタに説明してくれてるな、その人。


「……だから、あなたを探していました。リゼリア・ヴァンローゼ様」


 部屋が静まり返る。

 私はなんとなく居心地が悪くなって、視線を逸らした。


「……いやでも、だからって私が悪いって決まったわけじゃ」


「あなたが原因です」


「断定が強い」


「世界の寿命は、もう残り僅かです」


 ノアは淡々と言う。


「未来は滅亡へ向かっています」


「はぁー?」


 思わず乾いた声が漏れた。


 世界滅亡?

 因果崩壊?

 なんかヤバそうなのは分かる。


 でも正直、全然実感がない。


 だって今の私は人生で一番幸せなのだ。


 イケメンたちは全員私を溺愛してるし、

 毎日チヤホヤされるし、

 逆ハーレム最高だし。


「いや、言いたいことは分かったけどさ……。だからって今さら私にどうしろって言うのよ。男たちを返せとでも?」


「……まあ、そういうことになります」


 ノアが頷いた。


「セレナ様は言っていました。滅亡を止めるには、シナリオをあるべき姿に戻すしかないと」


「いや、無理でしょ」


 私は思わず顔をしかめた。


「今さら、そんなの」


「えっ」


 ノアが初めて露骨に目を丸くした。

 まさか断られると思っていなかったらしい。


「さ、話は聞いたから出てって。衛兵呼ぶよ」


「ちょっと待ってください……!」


 うん、無理。絶対。


 王太子。

 騎士団長。

 公爵子息。

 ついでに精霊王。


 顔面偏差値SSR四枚抜きである。


 それを今さら手放せと?


 嫌すぎる。


 世界には悪いけど、

 私は逆ハーレムを選ぶ。

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