第2話 神様、逆ハーレムで世界が滅びるって本当ですか?
「……二人で、話がしたいです」
白い髪の少女――ノア・エルフィードは、私を真っ直ぐ見つめていた。
「断る」
即答したのはリオンだ。
私の腰を強引に抱き寄せたまま、露骨な敵意を向けている。
「リゼはお前のような素性の知れない女と、二人きりにはさせない」
「同感です。見るからに不審者ですね。衛兵を呼びましょう」
アシュレイがいつもの綺麗な笑顔のまま、冷酷に追撃する。
「……危険なら、ここで俺が斬る」
ガレスにいたっては、もう剣の柄に手をかけていた。
何なのこの過保護集団。
私の【魅了補正】、効きすぎてない?
男たちの防衛本能が完全にバグっている。
だが、ノアはそんな殺気にも一切表情を変えなかった。
「時間がありません。世界が壊れる前に、話を聞いてください」
淡々とした声。
なぜか、背筋がぞわりと冷えた。
私はリオンの腕を押しのけて、なだめるように笑う。
「大丈夫大丈夫。殺されそうになったら叫ぶから。五分だけ、ね?」
私はノアの手を掴み、男たちの引き止める声を背に近くの空き部屋へ滑り込んだ。
扉を閉める。
途端、静寂が落ちた。
◇
改めて向かい合うと、ノアは想像以上に酷い有様だった。
白いの法衣はボロボロに擦り切れ、袖口は泥だらけ。
細い、というかガリガリだ。
小さな手には切り傷や火傷痕がいくつも残っている。
……何これ。
私の知ってる乙女ゲームのヒロインって、もっとこう、ふわふわキラキラしてるものでは?
目の前にいるのは、今にも倒れそうな薄汚れた捨て子だ。
「……用件は何。私、忙しいんだけど」
少し気圧されながらも強気に聞くと、ノアはしばらく無言で私を見つめ、それからぽつりと言った。
「あなたは、この世界を壊しました」
「は? 急に重いな」
思わず真顔になる。
「いや、呪われた祠とかも壊してないし、世界も壊してないけど」
「いいえ、壊れます」
断言された。
「あなたが本来の流れ――シナリオを変えてしまったせいで、この世界そのものが崩壊に向かっています」
シナリオ。
その単語に、私はピクリと眉を動かした。
「本来、私は聖女として教会に保護されるはずでした」
「あー……」
めちゃくちゃ心当たりがある。
「でも、あなたが私のいた孤児院を消した」
「人聞き悪いな! 大金で買収して別の場所に移設しただけですー!」
「それが原因で、私の運命は全部変わりました」
ノアは淡々と続ける。
「本来起こるはずだったイベントも、出会うはずだった人たちも、全部消えた」
イベント、シナリオ。
完全にゲーム用語である。
「……ちょっと待って。あんた転生者?」
だが、ノアは逆に不思議そうな顔をした。
「テンセイシャ?」
「え?」
「何ですか、それ」
知らないのかよ。
「え、じゃあ乙女ゲームは?」
「……?」
「漫画とかアニメとか」
「ドラえもんしか見たことないです」
「偏りがすごいな!?」
なんでそこだけ!?
ノアは私のツッコミを完全にスルーした。
「だから、何もわからなかったんです」
その声は、静かだった。
「普通の高校生だったはずなのに、気づいたら知らない場所にいて、急に小さな女の子の体になっていて」
「……」
「どうしてここにいるのかも、どうして魔法なんてものがあるのかも、何ひとつ、理解できませんでした」
言葉が、喉の奥で止まった。
ノアは細い指をぎゅっと握り締めた。
「お腹が空いても、働き方もわからなかった。どうやって生きていくのかも……」
「……」
「でも、誰も何も教えてくれなかった」
私は言葉を失った。
私は前世の知識があった。
この世界が乙女ゲームだと知っていた。
だから攻略対象もイベントも理解できたし、先回りして人生をイージーモードに変えてきた。
でも、この子は違う。
ファンタジー世界の定番も知らない。
魔法も知らない。
異世界転生という概念すら知らない。
そんな状態で、いきなり訳の分からない世界に放り込まれ、過酷な生活を送っていたのだ。
「……そんなとき、ある人に会いました。セレナ様、です」
◇
それは、ノアが貧民街で物乞いをしていた時だったらしい。
突如現れた旅装束の女は、ノアの姿を見るなり膝から崩れ落ちたそうだ。
『やっと……見つけた……! 何年探したと思ってるのよ、あんた……!』
その女は、セレナ・メルクリウス。
本来ならゲーム本編が始まる前にノアを見つけ出し、聖女として導くはずだった人物である。
シナリオ上では出番こそ少ないものの、主人公の運命を決定づける重要人物。その後はセーブ画面やシステムアシスタントとしても登場する、ノアの師匠的なキャラクターだ。
「セレナ様も、前世の記憶を持っていました」
「えっ。まさかの第三の転生者」
「それと、“チート能力”も」
ノアはそこで少し首を傾げた。
「チート、というのはよく分かりませんが……」
「いや概念だけ急にオタク用語理解してるな?」
「セレナ様がそう言ってました」
なるほどセルフ申告制か。
「セレナ様の能力は『未来予知』です。ただし、見えるのは遠い未来の断片だけで、細かいことまでは分からないと言っていました」
セレナは未来予知で世界の滅亡を知り、本来なら出会う運命だったはずのノアを探していたという。
『……誰かが、シナリオを壊した』
セレナはそう言ったらしい。
ノアは静かに続ける。
「セレナ様は、何年も私を探し続けていました」
「……」
「その途中で瘴気を浴び、私と会った時には、もうかなり弱っていました」
部屋が静まり返る。
「私は、たった三ヶ月ですが、セレナ様と一緒に暮らしました」
ノアは静かに目を伏せた。
「その間に、セレナ様は色々なことを教えてくれました。魔法の使い方。この世界の本来の姿。未来が変わってしまったこと。そして、世界が崩壊に向かっていることを」
空気が、少し冷えた気がした。
「……で、その彼女は?」
「……死にました」
静かな声だった。
「ある日帰ると……眠るみたいに冷たくなっていました」
そこで初めて、ノアは少しだけ目を伏せた。
「セレナ様は、死ぬ前に言いました。本来なら私は大聖女になって、誰かと恋をして、世界を救うはずだったって」
「うわ、乙女ゲームっぽ」
「だから聞いたんです」
ノアは真顔だった。
「恋をしないと、この世界は滅ぶんですか?って」
「……セレナは、なんて?」
「この世界は、恋愛を楽しむ世界なのよって」
めちゃくちゃ頑張って非オタに説明してくれてるな、その人。
「……だから、あなたを探していました。リゼリア・ヴァンローゼ様」
部屋が静まり返る。
私はなんとなく居心地が悪くなって、視線を逸らした。
「……いやでも、だからって私が悪いって決まったわけじゃ」
「あなたが原因です」
「断定が強い」
「世界の寿命は、もう残り僅かです」
ノアは淡々と言う。
「未来は滅亡へ向かっています」
「はぁー?」
思わず乾いた声が漏れた。
世界滅亡?
因果崩壊?
なんかヤバそうなのは分かる。
でも正直、全然実感がない。
だって今の私は人生で一番幸せなのだ。
イケメンたちは全員私を溺愛してるし、
毎日チヤホヤされるし、
逆ハーレム最高だし。
「いや、言いたいことは分かったけどさ……。だからって今さら私にどうしろって言うのよ。男たちを返せとでも?」
「……まあ、そういうことになります」
ノアが頷いた。
「セレナ様は言っていました。滅亡を止めるには、シナリオをあるべき姿に戻すしかないと」
「いや、無理でしょ」
私は思わず顔をしかめた。
「今さら、そんなの」
「えっ」
ノアが初めて露骨に目を丸くした。
まさか断られると思っていなかったらしい。
「さ、話は聞いたから出てって。衛兵呼ぶよ」
「ちょっと待ってください……!」
うん、無理。絶対。
王太子。
騎士団長。
公爵子息。
ついでに精霊王。
顔面偏差値SSR四枚抜きである。
それを今さら手放せと?
嫌すぎる。
世界には悪いけど、
私は逆ハーレムを選ぶ。




