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第13話 やる気ゼロで世界救済始めます

 大団円エンド攻略開始――。

 そう大々的に宣言した翌朝。


「帰りたい……行く前から帰りたい」


 私はベッドに顔を埋めたまま、呻いていた。

 あまりの嫌さに昨晩はつい深酒をしてしまい、頭が痛い。完全に酒が残っている。これから世界を救いに行く人間のコンディションではない。


「リゼ、準備はできましたか」


 部屋の外からノアの声が聞こえた。


「できてない……人生の覚悟が何も……」


「早くしてください」


 なんでこいつこんなにドライなの?

 主人公だろ、もっとこう『みんなで頑張りましょう!』みたいな光のエネルギーを出してよ。

 私は重たい身体を引きずって、渋々部屋を出た。


 まだ朝早い時間だった。

 廊下には静かな空気が流れている。

 窓際では、差し込む朝日に照らされながらノアが座っていた。


「……ノア?」


 ノアの片手には、鋭利なナイフ。そしてもう片方の手には、自身の長く美しい白髪が握られている。


「待て待て待て何してんの!?」


 私は反射的に駆け寄ってその手を掴んだ。ノアはぱちりと大きな目を瞬かせる。


「髪を切ろうかと」


「なんで!?」


「邪魔なので」


 あまりにも当然みたいに言われて、逆に言葉を失う。


「いや、でも、そんなバッサリいく!?」


「別に必要ありませんし。元々、売れるかもしれないと思って伸ばしていただけなので」


 ノアはどこまでも淡々としていた。


「えぇ……」


 なんか急にヒロインの生活感が生々しいな?


 私はノアの雪のような白髪をじっと見つめた。朝日を受けてシルクのように淡く光る髪は、悔しいけれどめちゃくちゃ綺麗だ。


「……もったいな。せっかくこんなに綺麗なのに」


 私はノアの手からナイフを取り上げ、近くの棚に置いた。


「切るくらいなら、邪魔にならないように結べばいいじゃん。ほら、そこに座って」


 ノアは拒む風でもなく、素直に私の前の床へすとんと座り込んだ。

 私はその後ろへ回り込む。さらり、と指の間を冷たい白髪が滑った。細くて、信じられないくらい柔らかい。


「……私より毛質良いの腹立つな」


 手ぐしで適当に髪を梳きながら、三つ編みにしていく。ノアは不思議そうにじっとしていた。


「慣れてるんですね」


「まぁ、自分の髪でもやってたし」


「……こんなことしてもらったこと、ないです」


 その言葉に、私は少しだけ手を止めた。


 あー……。

 ノア、たぶん本当に一人で生きてきたんだ。

 ゲームの主人公だから忘れそうになるけど、こいつ普通に過酷な人生送ってるんだよな。


「はい、できた」


 最後に編み目を軽くほぐして整える。

 ノアが窓ガラスを鏡代わりに、自分の姿を映した。長い白髪が、二つの緩い三つ編みにまとめられている。


「……なんか」


「ん?」


「お姉ちゃんみたいですね」


「は???」


 私は思わず、裏返った変な声を出した。


「やめろ急に湿度高いこと言うな」


「湿度?」


「なんかこう……情緒が……」


 ノアは少しだけ笑った。

 珍しく柔らかく、年相応の表情だった。


「さ、行きましょう。皆さん待ってますよ」


「……ていうか、私は本当に戦闘とかできないからね」


「前世で浮気した元彼の家に殴り込んだ経験くらいはありそうですけどね」


なんで知ってるんだよ。


「正確には、浮気した元彼の家に乗り込もうとして通報されて、駆けつけた警察官と乱闘した経験な」


「想像以上に治安が悪い前世ですね……」


「私もそう思う」


 そこでふと、後ろから笑い声が聞こえた。


「へぇ。リゼってとってもお転婆だったんだね」


「うわっ」


 振り返ると、いつの間にかフェリクスが音もなく私たちの後ろに立っていた。


「盗み聞きすんな」


「だって楽しそうだったから」


 フェリクスはいつものように飄々とした笑みを浮かべ、私の顔を覗き込んできた。


「さぁ、リゼ。覚悟はできた? 今日は最初のステップ――精霊と契約するために、これから『精霊界』へ行ってもらうからね」


「できてないし、行きたくない」


「マイナスな感情に精霊は敏感だから、気をつけて」


「……フェリクスと契約じゃダメなん?」


「僕は王様だからね。特定の個人との契約はできないんだ」


 ちっ、使えない王様め。

 

 精霊契約はゲーム序盤のイベントだ。契約した精霊ごとに異なる加護を得られるシステムで、攻撃力上昇、会心率アップ、リジェネ、属性エンチャントなど効果は様々。

 ……恋愛シミュレーションなのに、なんでこんなRPG要素を実装したんだよ。


「というか私、魔力も底辺の悪役令嬢なんだけど。契約する意味ある? ノアだけがやればよくない?」


「まぁ、リゼもしておいて損はないんじゃないですか」


 ノアが肩をすくめる。


「……あー、だる。フェリクス、とりあえず私の視界の端にずっといろよ」


「どうして?」


「お前の顔面は精神安定剤」


「ふふ、光栄だね。存分にどうぞ」


 フェリクスが恭しく手を差し出した。


 一階のロビーへ降りると、すでにリオン、ガレス、アシュレイの三人が集まっていた。

 それぞれのイメージカラーの旅装束に身を包んだイケメン三連星は、相変わらず圧倒的な眼福である。


 面倒事しかない世界救済の旅が、いよいよ始まる。


 ……でも。


「リゼ、私の三つ編み、ほどけてませんか?」


「大丈夫だって」


 そう言って隣に立つノアは、どこか少しだけ嬉しそうだった。


「さぁ、行くよ」


 フェリクスが胸の前で手を合わせ、くるりと手首を回した。すると、足元が淡い光に包まれた。

 ――転移魔法。人間には使えず、精霊だけが扱える特別な術式だ。

 当然ながら、私は実際に体験するのは初めてだった。


 視界が白く染まり、身体がふわりと浮く感覚に包まれる。

 光が収まったとき、そこに広がっていたのは――森のようでいて、霧の海のようでもある、不思議な空間だった。


 これが……『精霊界』。


 空気はやけに澄んでいて、地面と空の境界すら曖昧だ。

 クリスタルのように透き通る樹々がどこまでも連なり、淡い光が静かに揺れている。


 その足元で、小さな光がふわりと跳ねた。

 その光は集まり、掌ほどの大きさの、小さな羽を持つ存在へと姿を変えた。


 つぶらな瞳でこちらを見上げてくる。


 下級精霊だ。


 ……ゲームより、だいぶ可愛いじゃないの。


『……え?』


 その視線が、ぴたりと私に定まった。


 数秒の沈黙のあと、精霊がぽつりと呟く。


『なんで』


 空気が止まる。


『この人、やだ』


『こわい』


「……は?」


 次の瞬間、精霊は悲鳴のような声を上げて後ずさった。


『いや!』


『こわい!』


 それを合図にしたように、周囲の精霊たちも一斉に距離を取る。

 まるで“危険物”を見たかのような反応だった。


「ちょ、待って!? 私まだ何もしてないけど!?」


 むしろ今来たばっかりなんだけど!?


「リゼ、落ち着いてください」


 アシュレイが一歩前に出て、冷静に言う。


「精霊は感情に敏感です。強い負の感情を持つ存在を、本能的に拒絶します」


「え、私ってデフォルトでそんなに負の感情強いの?」


 普通に傷つくんだけど。


「大丈夫だ、リゼ」


 ガレスが静かに私の肩を引き寄せる。

 これは普通に安心するやつ。


 だが、精霊たちは依然として怯えたまま、こちらへ近づこうとしない。

 むしろ距離を広げるように後退していく。


 そして――。


「……あれ?」


 隣で、フェリクスが小さく呟いた。

 いつも余裕を崩さない精霊王が、わずかに眉をひそめていた。

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