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第11話 精霊王は世界のバグを指摘する

 部屋の中には、奇妙な静寂が落ちていた。


 リオン、ガレス、アシュレイ。

 ついさっきまで殺気を撒き散らしていた三人は、今は揃って床に転がっている。


「……死んでないよね?」


「死んでたらもっと面倒だから安心して」


 窓枠に腰掛けたフェリクスが、さらっと答えた。


「安心できませんけど」


 ノアが真顔でつっこむ。


 私は恐る恐るベッドから降りた。さっきまで足首に繋がっていた足枷は、跡形もなく消えている。


「……何したの?」


「少し感情を鎮めただけだよ。僕、精霊王だからね。感情には少し干渉できるんだ」


 フェリクスは窓の外を眺めながら、軽い調子で答えた。


「少し?」


「君たち人間基準だと、かなり強めかも」


 いや実際、あの狂い切った三人が完全に沈黙してるんだが。


「じゃあ、もうみんな元に戻ったの?」


「ううん、全然」


 即答だった。

 フェリクスは、床に倒れているリオンたちを見下ろす。


「これはあくまで、増幅した感情が穏やかになるように上から魔力で抑えつけてるだけ。リゼの能力そのものを消したわけじゃない」


「……私の能力」


 フェリクスがゆっくりとこちらを振り返る。その金色の瞳はいつもの飄々としたものではなく、どこか神聖で、冷たく静かだった。


「君、自覚ないでしょ」


「何の?」


「自分が今、世界にどれだけ影響を与えてるか」


 私が顔をしかめると、フェリクスは小さく肩をすくめた。


「精霊はね、人間の感情を糧にして存在してるんだ。愛情、喜び、憧れ、希望。そういう前向きで強い想いは、精霊たちの純粋な力になる。……でも逆に、ドロドロとした負の感情も同じように流れ込むんだよ」


「……負の感情?」


「そう。異常な執着、独占欲、嫉妬、狂気、そして殺意」


 全員の視線が、自然と床に転がる三人へ向いた。


「心当たりしかありませんね」


 ノアが遠い目で呟く。

 フェリクスは小さく苦笑した。


「最近、精霊界に流れ込む感情の質量が異常なんだよ。本来なら、人間一人の感情なんて微々たるものなのに……君の周囲だけ、明らかにおかしい」


「えぇ……」


「特にその三人。感情が限界突破してる」


 どういう状況よ、それ。


「しかも問題なのは、世界の流れそのものが壊れてること」


 フェリクスの声が、少しだけ低くなる。


「本来なら、この世界は“アステリア・クロニクル”のシナリオ通りに進むはずだった」


 私は思わず息を呑んだ。

 ゲームタイトルを、この世界の住人から聞く違和感は凄まじい。

 こいつどこまで知ってるんだよ。


「でも今は違う。本来のシナリオから外れたせいで、世界そのものが歪みを修正しようとしてる」


「……だから断罪イベントが強制発生した」


 ノアが呟く。


「そう。その修正の影響で、終盤で起こるはずだった“精霊界暴走イベント”まで前倒しで発生してる」


「え?」


 私は思わず顔を上げた。


 それはゲーム終盤――大団円エンドへ繋がる最大のイベントだった。


 世界各地で空間裂け目が発生し、暴走した精霊や魔物が溢れ出す。

 仲間たち全員と協力してその危機を乗り越え、人間の感情へ絶望して心を失った『空虚の精霊王』を倒す。


 それが、『アステリア・クロニクル』の大団円エンド(トゥルーエンド)だった。


「……でも、原因は別だったよね?」


 私は必死に前世の記憶を辿る。


「本来はね」


 フェリクスは静かに頷いた。


「空虚の精霊王が、人間の感情を極端に増幅させて、世界を壊すはずだった。でも今は、君が生み出した異常な執着が、その役目を代わりに果たし始めてる」


 ぞわり、と背筋が冷えた。


「つまり……」


「うん。世界が滅ぶ原因は、君」


「えぇぇぇ……」


 いやいやいや。確かに魅了チートは乱用したけど。

 でもそんな世界規模の話になる!?

 てかこれじゃ実質、私が空虚の精霊王じゃん。


「普通の感情操作なら、こんなことにはならなかったよ。でも君は、シナリオまで壊してしまった。だから今、君の能力と世界の修正力がお互いに干渉して、暴走を加速させてる」


「最悪じゃないですか……」


 ノアが頭を抱える。

 フェリクスは床に転がる三人を見下ろした。


「本来の彼らは、世界を守る側だった」


 静かな声だった。


「……」


「今は、君への感情だけが異常増殖して、人格そのものを侵食してる」


 私は思わず、リオンを見る。

 国より私を選ぶ王太子。


 ガレスを見る。

 敵を皆殺しにしようとする騎士団長。


 アシュレイを見る。

 監禁を“保護”と言い張る宰相補佐。


「……うわぁ」


 なんか、改めて見ると普通に怖いな?


 フェリクスが小さくため息をつく。


「このままだと、そのうち完全に彼らの心が壊れるよ。リオンは君以外の一切の人間を認識できなくなる。ガレスは敵味方の区別を失う。アシュレイは君を安全な冥府へ連れていくために心中しようとするかもね」


「やめて怖い」


 私は反射的に言い返した。

 だがフェリクスは笑わない。


「そして最終的には、精霊界と人間界の境界が完全に崩壊する」


 窓の外。

 空に走る黒い亀裂が、ゆっくりと広がっていた。


「負の感情に呑まれた何万もの精霊たちが、現実世界へ溢れ出すんだ。それが……この世界のゲームオーバーだよ」


 あっさりと、絶望的な未来を告げられた。


 部屋に重苦しい沈黙が落ちる。

 ノアが静かに、覚悟を決めたような口を開いた。


「……つまり、やるしかないんですね。バグを取り除き、本来の正規ルートへ戻し、大団円エンドまで辿り着くしか、彼らと世界を救う方法はない」


「正解」


 フェリクスがようやく、いつものようにいたずらっぽく笑った。


 私は数秒黙り込んだあと、ベッドへ顔から突っ伏した。


「嫌だぁ……」


 ゲームの仕様を思い出しただけで胃が痛い。超めんどくさい。

 フェリクスはそんな私を見下ろしながら、ふっと笑った。


「決まりかな?」


「……超めんどくさいけど」


 私は大きくため息をついた。


「推しが解釈違いのままなの、普通に嫌なんだよね」


 ノアが呆れた顔をする。


「世界滅亡よりそっちが動機なんですね……」


「うるさい」


 するとフェリクスは、窓枠の上で軽やかに笑った。


 そして――まるで開幕の合図みたいに、私へ手を差し出す。


 「じゃあ――」


 空の裂け目の向こうで、黒い光がゆらりと揺れる。


 精霊界の崩壊。

 本来のシナリオ。

 そして、世界の真実。


 すべてを巻き込む、“正規ルート”が動き出す。


「――『アステリア・クロニクル』を始めようか」

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