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第七話 師匠、見せつける

「だったらさ」


不意に、後ろのテーブルから声が飛んできた。

カイルの仲間たちとの会話で少し落ち着きかけていたギルドの空気が、その一言で再びざわめき始める。振り向くと、そこには一人の冒険者が立っていた。三十前後に見える男で、肩幅が広く、腕や首回りの筋肉からも普段から戦場に立っていることが分かる体つきをしている。腰には厚みのある片刃の剣が下げられており、その鞘にはいくつもの細かい傷が刻まれていた。


どうやら、長く使い込まれている武器らしい。

男はゆっくり椅子から立ち上がると、軽く首を鳴らしながらこちらへ歩いてくる。その足取りは落ち着いていて、無駄な緊張もなければ、こちらを挑発するような態度でもない。ただ純粋に興味を持って近づいてきた、という印象だった。


「ちょっと見せてくれよ」


男はそう言って、顎でこちらを指した。


「S級冒険者の師匠ってやつを」


その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が少し変わる。近くのテーブルで酒を飲んでいた冒険者たちが顔を上げ、依頼書を見ていた連中も自然とこちらに視線を向けていた。どうやらこの男も、そこそこ名の知られた冒険者らしい。

カイルが小さく笑う。


「来たな」

「知り合いか?」


俺が聞くと、カイルは肩をすくめた。


「Aランク冒険者だよ。名前はグレン」


男――グレンは俺の前まで歩いてくると、腕を組んだままじっとこちらを見た。その視線は値踏みするようでもあり、同時に楽しそうでもあった。


「誤解すんなよ」


そう言って片手を軽く振る。


「別に喧嘩売るつもりじゃねえ。ただ気になっただけだ」


それから少し顎を上げ、周囲の冒険者たちをちらりと見回す。


「S級冒険者の師匠なんて言われたらな、そりゃ誰だって見てみたくなるだろ」


まあ、それは確かにそうだろう。

俺は小さく息を吐いた。


「で?何をすればいい」


グレンは口の端を少しだけ上げる。


「軽く一本、模擬戦だ」


その言葉を聞いた瞬間、周囲の冒険者たちの表情が一斉に変わった。


「おお」

「いいじゃねえか」

「カイルの師匠だぞ」

「ちょっと見てみたいな」


そんな声があちこちから上がり、ギルドの中央に自然と人の輪ができ始める。テーブルや椅子が少しずつ引かれ、気づけば中央には小さな空間が生まれていた。

俺はカイルを見る。

カイルは腕を組んだまま、楽しそうに笑っていた。


「師匠、どうします?断ってもいいですよ」


俺は少しだけ考える。

正直、こういうことはあまり好きではない。村では剣を教えることはあっても、わざわざ見せ物のように戦うことなどほとんどなかったからだ。

だが、ここまで視線が集まっていると、今さら断る方がかえって目立つ気もした。

俺は小さくため息をつきながら立ち上がる。


「……軽くだぞ」


その言葉を聞いた瞬間、カイルが嬉しそうに笑った。

グレンは満足そうに頷き、ゆっくりと剣の柄に手をかける。


「助かる」


金属音が鳴り、剣が鞘から抜かれた。

刃がギルドの灯りを受けて鈍く光る。

周囲の冒険者たちが数歩下がり、中央に円形の空間ができた。ざわめきはあるが、どこか期待と緊張が混ざった空気になっている。俺は腰を落とす。

それを見て、グレンが眉をひそめた。


「……剣は?」

「持ってない」


俺が答えると、グレンは苦笑する。


「木剣くらい借りろ」

「いや」


俺は近くのテーブルの横に立てかけてあった木の棒を拾った。どうやら椅子の脚を直すための道具らしい。

手の中で軽く振る。剣に比べれば短く、軽い。

だが別に問題はない。


「これでいい」


その瞬間、ギルドのあちこちから笑い声が上がった。


「おいおい」

「棒一本かよ」

「グレン相手に?」


グレンも苦笑した。


「……本気か?」

「まあいい」


そう言って剣を構える。

右足を半歩前に出し、腰を落とし、刃を斜めに構える。その動きには無駄がなく、長く戦ってきたことがよく分かる。


Aランク冒険者というのも、どうやら伊達ではないらしい。

俺は棒を軽く持ったまま立つ。

構えというほどのものではない。

ただ、相手の動きを見るだけだ。

グレンの目が細くなる。


「……行くぞ」


その言葉と同時に、床を蹴る音が響いた。

グレンの体が一気に前へ出る。

距離を一瞬で詰める踏み込みだった。

振り上げられる剣。上段からの一撃。

空気が裂ける音が聞こえるほどの、重い斬撃だった。

だが――


俺は半歩だけ横へずれる。刃が空を切る。

その風圧が頬をかすめる。

グレンの目が一瞬だけ見開かれる。

だがすぐに剣を引き戻し、横薙ぎへと切り替えた。さすがに経験がある。最初の一撃が外れた程度で動きが止まるような相手ではない。


二撃目は速かった。

だが、俺は棒を少し動かす。剣の側面に軽く触れる。

カン、と乾いた音が鳴る。それだけだ。

だが、そのわずかな接触で剣の軌道がほんの少しだけ変わる。

刃が俺の体の前を空振りする。


その瞬間。

俺は一歩踏み込んだ。

距離が一気に縮まる。

グレンの表情が変わる。


「なっ――」


棒を振る。

速くも強くもない。ただ正確に。

剣の鍔のすぐ上を叩く。


コツン。


軽い音。

だが次の瞬間、グレンの手がわずかに弾かれた。

剣が宙に舞う。

金属が回転する音。

そして――


ガラン、と床に落ちた。ギルドの中が静まり返る。

グレンはしばらく自分の手を見ていた。

そこにあるはずの剣がない。

俺は棒を肩に乗せる。


「……終わりでいいか?」


沈黙の中で、誰かが小さく呟いた。


「……今、何が起きた?」


その声を聞いて、カイルが突然笑い出した。


「はははは!」


腹を抱えて笑っている。


「だから言っただろ!俺の師匠だって!」


グレンはゆっくり顔を上げた。

さっきまでの余裕は消えていた。


「……今の」


低い声で言う。


「何した」

「ただ弾いただけだ」


俺は答える。


「力じゃない。タイミングだ」


グレンはしばらく黙っていたが、やがて深く頭を下げた。


「……参った」


その言葉で、ギルドの空気が一気にざわめき始める。

冒険者たちの視線が、改めて俺へ集まっていた。

さっきまでとは、明らかに違う目で。

俺は小さくため息をついた。


どうやら――


王都に来てから、静かに過ごすのは難しそうだった。

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