第六話 師匠、疑われる
「俺の師匠だ!」
カイルのその一言は、思った以上によく通る声だった。
賑やかだった冒険者ギルドの奥の席が、ほんの一瞬だけ静まり返る。丸テーブルを囲んで座っていた四人の冒険者が、揃ってこちらへ視線を向けていた。
俺は軽く頭をかく。
カイルは昔から声がでかい。
紹介するのは構わないが、もう少し落ち着いた言い方というものがあるだろうに。
テーブルに座っていた四人は、それぞれいかにも場数を踏んでいそうな雰囲気をしていた。
一人は細身の剣士。腰には長剣を下げている。
一人は弓を背負った女。鋭い目つきで、こちらをじっと観察している。
もう一人は盾を横に立てかけた大柄な男で、腕の太さだけでも普通の冒険者ではないことが分かる。
そして最後は、ローブを着た魔術師らしき男だった。
全員が、同じように首をかしげている。
「……師匠?」
最初に口を開いたのは、剣士の男だった。
眉をひそめ、カイルを見る。
「カイルの?」
「そうそう」
カイルはまったく迷いなく頷いた。
そして俺の肩を軽く叩く。
「この人が、俺に剣を教えてくれた人」
四人の視線が一斉に俺へ集まる。
俺は軽く手を上げた。
「アルト・レイヴァルだ」
それだけ名乗る。
すると、また少し沈黙が落ちた。
弓の女が口を開く。
「……ちょっと待って」
疑うような目でカイルを見る。
「カイルって、S級冒険者よね?」
「そうだな」
「そのカイルの師匠って……」
そこで言葉を止め、改めて俺を見る。
俺の格好は、どう見ても普通の旅人だ。
剣も持っていないし、鎧もない。
せいぜい長年剣を握ってきたせいで手の皮が厚いくらいだろう。
女は首を傾げた。
「……この人?」
「この人」
カイルは迷いなく言った。
まるで当たり前のことのようだった。
横でレオンが静かに腕を組んで立っている。
騎士団長の鎧を着たままなので、ギルドの冒険者たちがちらちら視線を送っているのが分かる。
盾を立てかけていた大柄な男が、ゆっくりと口を開いた。
「つまりだ」
低い声だった。
「S級冒険者カイルの剣は、この人に教わったってことか?」
「そういうこと」
カイルは椅子を引いて座った。
「ほら、師匠も座ってください」
「……いいのか?」
「もちろん」
俺は勧められるまま椅子に腰を下ろした。
レオンは俺の後ろに立ったままだ。
その様子を見て、剣士の男がレオンに視線を向ける。
「……あんた、騎士団の人か?」
「王国騎士団長、レオン・ヴァルディスだ」
レオンは簡潔に答えた。
その瞬間、四人の顔がわずかに変わる。
「……騎士団長?」
弓の女が目を丸くする。
どうやらレオンの名前は、冒険者の間でも知られているらしい。
カイルが笑う。
「言ったろ? 本物だって」
剣士の男が腕を組む。
「カイル、お前……本気で言ってるのか?」
「本気だって」
カイルは笑いながら言う。
「俺がガキのころ、村の道場で剣を教えてもらってたんだよ」
「村?」
魔術師の男が聞き返す。
「ルミナ村」
カイルはあっさり答える。
「小さい村だけどな」
四人は顔を見合わせた。
聞いたことのない名前らしいが、それも無理はない。
ルミナ村は本当に小さな村だ。王都の地図にも載っていないかもしれない。
大柄な男が顎をさする。
「お前、そんなところ出身だったのか」
「そうだよ」
カイルは肩をすくめた。
「俺、田舎者なんだって」
俺はそのやり取りを聞きながら、少し懐かしい気分になっていた。
昔、道場で木剣を振っていた少年が、今ではS級冒険者の仲間たちとこうして話している。
時間が経つのは早いものだ。
弓の女が腕を組む。
「でもさ」
俺の方を見ながら言う。
「S級冒険者の師匠って言われても、ちょっと信じにくいんだけど」
正直な感想だろう。
俺は苦笑する。
「まあ、そうだろうな」
カイルがすぐに口を挟んだ。
「いやいや、マジで強いんだって」
「お前が言うと余計怪しい」
剣士の男が呆れたように言う。
「カイル、昔から話盛る癖あるだろ」
「盛ってねえよ!」
カイルが抗議する。
「師匠は本当にすごいんだって!」
周囲の冒険者たちも、こちらをちらちら見ている。
どうやらカイルはこのギルドでもかなり有名らしい。
そのS級冒険者が「師匠」と呼ぶ男が突然現れたのだから、気になるのも当然だろう。
魔術師の男が面白そうに俺を見る。
「アルトさん、でしたっけ」
「ああ」
「どれくらい強いんです?」
俺は少し考えた。
「……どうだろうな」
正直、あまり考えたことがない。
村ではただ剣を教えていただけだ。
俺が答える前に、カイルが口を開いた。
「強いとかそういうレベルじゃない。俺らがガキのころ、全員まとめて相手してた」
四人の表情が少し変わる。
「……全員?」
「八人」
カイルは笑う。
「八傑って呼ばれてるやつら」
その言葉に、空気がわずかに変わった。
剣士の男が目を細める。
「おい。今なんて言った?」
カイルは平然としている。
「だから。八傑」
弓の女が小さく呟く。
「王国の……あの八傑?」
「そうそう」
カイルは俺の方を指さした。
「俺ら全員、この人の弟子」
沈黙が落ちた。
四人の視線が、ゆっくりと俺へ向く。
俺は少しだけ頭をかく。
「まあ、昔の話だ」
すると大柄な男がぽつりと言った。
「……なあカイル。もしそれ本当なら」
ゆっくり俺を見る。
「この人、めちゃくちゃ強いんじゃないか?」
カイルはにやりと笑った。
「だから言ってるだろ!俺の師匠だって」
その瞬間だった。
後ろのテーブルから声が飛んだ。
「だったらさ」
振り向くと、一人の冒険者がこちらを見ていた。
腕を組んだ、がっしりした男だ。
「ちょっと見せてくれよ」
男は笑う。
「S級の師匠ってやつを」
ギルドの視線が一斉に集まる。
カイルは楽しそうに笑っている。
俺は小さくため息をついた。
どうやら少し面倒なことになりそうだ。




