第五話 師匠、ギルドに行く
王立学院を出たころには、すでに日が傾き始めていた。
王都の空はゆっくりと橙色に染まり、石畳の通りには長い影が伸びている。昼間と比べても人通りはあまり減らず、屋台の前では夕食を買い求める人々が列を作っていた。焼いた肉の匂いが風に乗って漂い、どこかの酒場からは陽気な笑い声が聞こえてくる。
村の夕方とは、ずいぶん違う。
ルミナ村ならこの時間には畑仕事を終えた人たちが家に戻り、通りは静かになっているころだろう。子どもたちの声もだんだん減って、遠くから牛の鳴き声が聞こえるくらいだ。
そんなことを思いながら歩いていると、隣のレオンが言った。
「今日はだいぶ歩きましたね」
「そうだな」
俺は軽く肩を回す。
学院の中を見て回っただけのつもりだったが、思ったより時間を使っていたらしい。慣れない王都の人混みもあって、妙に体が疲れている。
「師匠は昔から村を離れませんでしたからね」
レオンが少し笑いながら言った。
「別に嫌いなわけじゃないんだがな」
俺は通りの向こうを見ながら答える。
「ただ、あの村が一番落ち着く」
レオンは静かに頷いた。
しばらく歩いていると、ふと思い出したことがあった。
「そういえば」
俺はレオンを見る。
「カイルって、今どうしてるんだ?」
レオンが少しだけ視線を上げる。
「カイルですか」
「ああ」
俺は頷いた。
「元気だけはやたらあったやつだろ」
稽古が終わっても木剣を振っていたり、村の外まで走りに行っていたり、とにかく落ち着きのない少年だった。だが剣の筋は悪くなかったし、体もよく動いた。
レオンは少し間を置いて言った。
「今はS級冒険者です」
「……は?」
思わず足が止まる。
「S級?」
「はい」
レオンは平然と頷いた。
「王国でも指折りの冒険者です」
俺は思わず頭をかいた。
「あいつがなあ……」
道場で汗だくになって木剣を振っていた少年の姿が浮かぶ。
「まあ、強くなりそうな気はしてたが」
「実際かなり強くなりました」
レオンは淡々と続ける。
「王都でも名前を知られています」
「そうか」
俺は小さく笑った。
「今も走り回ってるのか?」
「おそらく」
レオンも少しだけ笑った。
「昔とあまり変わっていないと聞いています」
それを聞いて、なんとなく安心した気がした。
「今は王都にいるのか?」
「最近、大きな討伐依頼で王都周辺に出ていたそうです」
「じゃあ戻ってるかもしれないってことか」
「はい」
俺は少し考える。
「会えるかもしれんな」
そのまま歩いていると、やがて宿の建物が見えてきた。
その日はそこで食事をとり、早めに部屋へ戻った。長旅の疲れもあったのだろう。ベッドに横になると、すぐに眠りに落ちていた。
――翌日。
朝の王都はすでに賑わっていた。
商人や職人たちが忙しそうに動き回り、通りには多くの人が行き交っている。
俺とレオンは街を歩いていた。
しばらく進むと、大きな建物が見えてくる。
剣と盾の看板。
冒険者ギルドだった。
「ここか」
「はい」
中へ入ると、すぐに賑やかな空気が流れてきた。
冒険者たちの笑い声、鎧の音、酒の匂い。まるで酒場のような雰囲気だ。
俺が周囲を見回していると、奥の扉が開いた。
中から一人の青年が出てくる。背の高い男だった。
軽い鎧を着込み、大きな剣を背負っている。髪は少し乱れていて、日に焼けた顔つきから長く外で戦ってきたことが分かる。
男は伸びをしながら言った。
「いやー、終わった終わった……」
そして顔を上げる。
その視線が、こちらに向いた。
一瞬。
男の動きが止まる。
「……え?」
信じられないものを見るような顔だった。
俺はその顔を見て、すぐに分かった。
「ああ。カイルか」
次の瞬間。
「師匠!?」
ギルド中に響く声だった。
周囲の冒険者たちが一斉にこちらを見る。
カイルは一直線にこちらへ走ってきて、俺の前で勢いよく頭を下げた。
「師匠!!」
ギルドの中がざわつく。
「おい……」
「今のカイルじゃないか?」
「S級の……?」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
カイルは顔を上げると、嬉しそうに笑った。
「マジで久しぶりですよ!」
「そうだな」
俺も少し笑う。
「元気そうじゃないか」
「師匠こそなんで王都にいるんですか?」
「ちょっと呼ばれてな」
俺は肩をすくめる。
そのとき、レオンが口を開いた。
「久しぶりだな、カイル」
「おう、レオン」
カイルが振り向く。
「騎士団長様も一緒かよ」
「師匠を王都へお連れした」
カイルは「なるほど」と頷いた。
それから俺を見る。
「師匠、ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「俺の仲間に紹介したいんですよ」
カイルはギルドの奥を指さす。
「今ちょうど来てるんで」
俺はレオンを見る。
レオンは静かに頷いた。
「問題ありません」
「王との謁見までまだ日があります」
……まあ、いいか。
「分かった」
俺は肩をすくめる。
「少しだけだぞ」
カイルの顔がぱっと明るくなった。
「よっしゃ!」
そしてカイルはギルドの奥へ向かって歩きながら、大声で呼んだ。
「おーい!みんな!」
テーブルに座っていた数人の冒険者が振り向く。
「どうしたカイル?」
「なんかいいことでもあったのか?」
カイルはにやりと笑った。
そして俺の方を指さす。
「紹介する!」
「俺の師匠だ!」
その言葉を聞いた瞬間、テーブルの冒険者たちの動きが止まった。
「……は?」
「師匠?」
驚いたような視線が、一斉に俺へ向いた。
俺は軽く手を上げる。
「アルト・レイヴァルだ」
そう言うと、カイルが誇らしそうに笑った。
「俺に剣を教えた人だ」
ギルドの空気が、ほんの一瞬だけ静まり返った。




