第四話 師匠、剣術披露
王都の中心部から少し離れた場所に、王立学院は建っていた。
王城へ向かう大通りとは別の、少し静かな石畳の道を進んでいくと、やがて高い石壁に囲まれた広い敷地が見えてくる。壁の中央には大きな鉄の門があり、その上には王国の紋章が掲げられていた。
門をくぐった瞬間、俺は思わず足を止めた。
視界いっぱいに広がったのは、整えられた芝生の中庭と、その向こうに並ぶ巨大な石造りの建物だった。白い石で作られた校舎はどれも立派で、三階建てどころか塔のように高く伸びた建物まであり、村で道場を開いている身としては、同じ「学びの場」と呼ばれる場所とは思えないほどの規模だった。
「……ずいぶん広いな」
自然と口から言葉がこぼれる。
前を歩いていたエリオットが振り返った。
「王国中から学生が集まる場所ですから」
その口調は落ち着いていて、どこか教師らしい余裕が感じられる。
俺は改めて周囲を見回した。
中庭には多くの学生が行き交っている。剣を腰に下げている者もいれば、分厚い本を抱えて急ぎ足で歩いている者もいる。年齢は十代後半くらいが多く、村の子どもたちよりはだいぶ大人びて見えた。
そんな学生たちの視線が、ちらちらとこちらへ向いている。
まあ無理もない。
王国騎士団長のレオンと学院教官のエリオットが並んで歩いていれば、それだけでも十分目立つ。ましてや、その後ろに見知らぬ中年男がついて歩いていれば、気にならない方がおかしい。
「エリオット先生だ」
「騎士団長もいるぞ」
そんな小さな声があちこちから聞こえてくる。
俺は小さく肩をすくめた。
「有名人は大変だな」
そう言うと、レオンがわずかに苦笑する。
「慣れました」
短い返事だったが、昔のレオンを知っている身からすると、少しだけ感慨深いものがあった。
ルミナ村で木剣を振っていたあの少年が、今では王国騎士団長なのだから、人生というのは分からないものだ。
しばらく歩くと、学院の奥にある訓練場へとたどり着いた。
そこは広い砂地になっていて、すでに何人もの学生が木剣を持って集まっていた。整列している様子を見る限り、ちょうど授業が始まるところらしい。
エリオットが姿を見せた瞬間、学生たちの空気が少し引き締まった。
「整列」
落ち着いた声が訓練場に響く。
さっきまで小さく話していた学生たちが、すぐに姿勢を正して列を作る。その動きはなかなか素早く、普段からきちんと訓練されていることが分かった。
エリオットはその前に立つと、ゆっくりと口を開いた。
「始める前に、一つ紹介しておきます」
そう言って、こちらへ視線を向ける。
その瞬間、学生たちの視線が一斉に俺へ向いた。
「本日、見学に来てくださっている方です」
少し間を置いて、エリオットが続ける。
「私が剣を学んだ師匠です」
訓練場にざわめきが広がった。
「師匠?」
「エリオット先生の?」
「そんな人いたのか?」
まあ、そういう反応になるだろう。
俺は軽く手を上げた。
「ただの田舎の剣術師匠だ」
そう言ってから、学生たちを見回す。
「今日は見てるだけだから、気にせず授業を続けてくれ」
学生たちは少し戸惑いながらも頷いた。
授業が始まる。
エリオットは構えや足運びを丁寧に説明しながら、学生たちに基本の動きを繰り返させていく。
俺は訓練場の端に立ち、その様子を眺めていた。
木剣を振る音、砂を踏む足音、そしてエリオットの落ち着いた指導の声が、広い訓練場に響いている。
……悪くない。
学生たちの動きはまだ粗いが、基礎はしっかりしている。少なくとも適当に剣を振っているわけではない。
しばらく見ていると、エリオットがこちらへ歩いてきた。
「師匠」
「なんだ」
「もしよろしければ、一度だけ学生たちに剣を見せていただけませんか」
俺は思わずため息をついた。
「見るだけって話じゃなかったか」
「ほんの少しで構いません」
エリオットの目は真剣だった。
……まあ、木剣を軽く振るくらいならいいだろう。
「分かった」
俺は訓練場へ歩き出した。
学生たちの視線が集まる。
その中から一人の学生が前に出てきた。
「俺が相手します」
元気のいい少年だった。
俺は軽く構える。
少年が踏み込んだ瞬間――
コツン。
それだけだった。
俺の木刀が少年の木剣を軽く叩き、その手元を止めていた。
訓練場が静まり返る。
少年は目を丸くしていた。
「……え?」
どうやら何が起きたのか分からないらしい。
俺は木刀を下ろす。
「もう一回やるか?」
少年は慌てて首を振った。
周囲の学生たちも、ざわざわと騒ぎ始めている。
そのあと、少しだけ構えを直してやると、学生たちはさっきより真剣な顔で剣を振り始めた。
授業が終わるころには、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
「ありがとうございました、師匠」
訓練場を出ると、エリオットが深く頭を下げる。
「学生たちにとって、とてもいい経験になったと思います」
「大げさだ」
俺は軽く肩をすくめる。
「少し剣を振っただけだ」
学院の門まで送ってもらい、そこで俺たちは足を止めた。
「またぜひ来てください」
「気が向いたらな」
そう答えると、エリオットは笑い、学院の中へ戻っていった。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
「立派になったもんだな」
隣でレオンが静かに頷いた。
夕暮れの王都を歩きながら、俺たちは宿へ戻る。
王と会う日まで――
あと十日。
その間に、また別の弟子にも会うことになるのかもしれない。
そんなことを、ぼんやり考えていた。




