第二十二話 師匠、城へ出向く
空き地を後にして、俺はレオンに案内されながら王都の広い街道を歩いていた。
朝の柔らかい光が石畳に反射して、建物の壁に斜めに影を落とし、街路を行き交う人々の影も長く伸びているのが見えた。
通りには商人や行商人、冒険者、旅人、衛兵、そして剣を帯びた見習い騎士などさまざまな人々が混ざり合い、声を上げて呼びかけたり商品を売ったりしているのだが、その喧騒と活気の合間に、時折聞こえる馬の蹄音や遠くの鐘の音が不思議なリズムを生み出し、王都という場所の独特の空気が俺の五感を圧迫しながらも、どこか懐かしい感覚を胸に残していた。
「師匠、久しぶりに王都を歩くと、やはり少し懐かしいでしょう?」
レオンが隣で軽く笑いながら言う。その声には落ち着きと自信が滲んでいて、鎧の装飾が朝日に照らされ、微かに光を反射しているのが見える。
「懐かしい……と言いたいところだが、やはりここは騒がしいな」
俺は肩をすくめながら答えた。静かなルミナ村の道場で毎日剣を振っている俺にとって、この石畳の街路と絶え間ない人の動きは少し息苦しく感じられるが、逆にそれが王都の“現実”を思い知らせるようでもあった。
道行く人々の中には、俺の姿をじっと見つめる子供たちの姿もちらほらあった。
八傑のことは知らないだろうが、剣を携えた剣士としての存在感、あるいは村や旅の噂で師匠と呼ばれる俺を、どこか憧れや尊敬の眼差しで見ているのかもしれない。
俺は軽く手を振って挨拶を返すと、子供たちは目を丸くして驚き、そして少し照れくさそうに笑いながら手を振り返した。その光景を見ながら、俺は昔ルミナ村で弟子たちと稽古していた日々のことを思い出し、遠い日の懐かしさと、今ここにいる現実が微妙に混ざり合った感覚に少し心が揺れた。
「師匠、今日は王城まで直行ですか?」
レオンが少し声を潜めて尋ねる。
「ああ。考える限り、昔から俺のことを知る者ならともかく、ここまで正式に呼ぶとなると、かなり重要な話だろうな」
城壁が近づくにつれて、街の雰囲気が少しずつ変わる。
通りは広く整備され、石畳は村の道よりも硬く滑らかで、並ぶ建物は豪奢で、彫刻や飾り金具が施され、旗が風に揺れている。
街角で警備をする騎士たちの視線が自然とこちらに集まり、道を通る人々も無意識に背筋を伸ばす。街の奥に見える城門は威圧感があり、高くそびえる石造りの城壁は、単なる建築物というよりも王国の力そのものを象徴しているかのようだった。
「師匠、王城はもうすぐです」
レオンが低い声で言い、剣の鞘を軽く握り直す。
俺はゆっくりと息を吸い、肩の力を抜きながら城門を見上げる。警備の兵士たちは整然と立ち並び、目をこちらに向けるが、敵意はなく、むしろ興味や好奇心を隠せない様子が感じ取れた。
城門をくぐると、王城の庭園の入り口が見えてきた。
手入れの行き届いた芝生と低い生け垣、噴水の水面に映る朝の光が、石造りの建物の硬さと柔らかさを対比させ、王都の中心にある城の威厳と同時に、静謐な空気を感じさせる。
レオンは剣を軽く握り直し、俺に向かって真剣な眼差しで言った。
「師匠、この先で陛下にお会いいただきます」
俺はゆっくり頷く。
胸の奥に緊張と期待が混ざる。王に会うのは久しぶりだが、八傑の師匠として紹介されるとなると、また違った感覚がある。
目の前の扉の向こうには、きっと陛下が、そして自分が育てた弟子たちの姿もあるのだろう。
「……さて、行くか」
俺は言いながら歩みを進める。
レオンは後ろから歩調を合わせ、無言で俺の背中を守るかのようについてくる。その姿に、少しだけ安心感を覚える。
城の大広間の扉が近づき、豪奢な木製の扉に金細工が施され、重厚な印象を与えているのを目にすると、胸の奥が引き締まる思いになる。空気が一瞬張り詰め、城内にいる者たちの視線がこちらに注がれるのを感じながら、俺は剣を軽く握り直す。
「師匠、どうぞ」
レオンが一歩前に出て軽く頭を下げる。
俺は肩の力を抜き、深く息を吸い、大広間にゆっくりと足を踏み入れた。
王都での新しい物語が、今、まさにここから始まろうとしていた。
しかし、この時の俺は気づく理由もなく歩を進める。
後からとんでもなく大きな事件に巻き込まれることになるとは。




