第二十一話 師匠、ようやく
フィリアの「始め!」という声が空き地に響いた瞬間、ミレイナの姿は地面を蹴ったと同時に前へと飛び出し、その踏み込みの速さは先ほど戦ったダリウスやガルドと比べても明らかに一段速いものだったため、周囲で見ていた二人が思わず小さく声を漏らすほどだった。
青い光をまとった細身の剣が、一直線にこちらへ向かって振り下ろされる。
その斬撃はただ速いだけではなく、魔力によって強化されているのか空気を切り裂く音が鋭く響き、普通の兵士が相手なら剣を構える前に勝負が決まってしまうだろうと思えるほどの勢いを持っていた。
だが。
俺はその斬撃を見ながら、ほんのわずかに剣を動かす。
キィン、と軽い金属音が鳴った。
ミレイナの剣は、俺の剣によってわずかに軌道をずらされ、そのまま地面すれすれをかすめて空を切る。
ミレイナの目が一瞬だけ細くなる。
だが次の瞬間には、もう次の動きに移っていた。
身体をひねりながら剣を引き、そこから下段の斬り上げへと繋げる。
その動きは非常に滑らかで、まるで水が流れるように次の攻撃へと繋がっていく。
俺はそれを剣で受け流しながら、一歩だけ横へずれる。
ガキン、と音が鳴る。
その衝撃で砂が少し舞った。
空き地の端では、ガルドが腕を組みながらその様子を見ている。
「速えな」
ダリウスも頷く。
「さすが魔剣士部隊隊長」
フィリアは少し身を乗り出していた。
「魔力の使い方が上手いですね」
その間にも、ミレイナの攻撃は止まらない。
横薙ぎ。突き。斜めの斬撃。
さらに、剣を振るたびに青い光が残像のように残る。
普通の剣士なら、あの残像に目を奪われて動きが遅れるだろう。
だが。
俺はそのすべてを剣で受けたり、ほんの少し身体を動かすだけで避けながら、その場から大きく動くことなく攻撃をいなしていた。
ミレイナの額に少し汗が浮かぶ。
「……本当に」
小さく呟く。
「昔と同じですね」
俺は軽く言う。
「お前はだいぶ速くなった」
その言葉を聞いたミレイナは少しだけ笑った。
「そりゃそうです。師匠に教わったあとも、ずっと剣を振ってきましたから」
そう言うと、ミレイナは一度大きく後ろへ跳んで距離を取った。
地面に着地すると、軽く息を吐く。
そして剣を少し下げながら言った。
「……やっぱり普通じゃ無理ですね」
ガルドが大きく笑う。
「当たり前だろ!」
ダリウスも笑う。
「俺も同じこと思いました」
フィリアは楽しそうに言う。
「でも、まだ何かありそうですね」
その言葉を聞いたミレイナは小さく笑う。
「さすがフィリア」
そして剣をもう一度構え直した。
そのときだった。
ミレイナの剣にまとわりついていた青い光が、さっきよりも少し強くなった。空気がわずかに揺れる。
ダリウスが目を細める。
「魔力、増やしたな」
ガルドが言う。
「まだ本気じゃなかったのかよ」
ミレイナは静かに言う。
「だって」
剣先をこちらへ向ける。
「相手は師匠ですから」
次の瞬間。
ミレイナの足が地面を蹴る。
さっきよりも速い。一瞬で距離が縮まる。
そして。
剣が振られた。
しかもそれはただの斬撃ではなかった。
剣から放たれた青い光が、斬撃と同時に細い弧を描いて飛んできたのだ。
フィリアが目を見開く。
「魔力斬!」
ガルドが笑う。
「おお!」
青い光が一直線に迫る。俺はそれを見ながら剣を振る。
キン、と鋭い音が鳴る。
青い光は俺の剣に触れた瞬間、弾けるように散った。
ミレイナの目がわずかに驚きで揺れる。
だが、その隙を突くように、俺は一歩前へ踏み出した。
そして。
ミレイナの剣が次の動きをするより早く。
俺の剣の腹が、軽くミレイナの肩に触れた。
コツン、と小さな音がした。
ミレイナは一瞬固まる。
そのあと、ゆっくりと息を吐いた。
「……参りました」
剣を下ろす。
ガルドが大笑いする。
「三人目も負け!」
ダリウスも苦笑する。
「やっぱり師匠強すぎますね」
フィリアも笑う。
「でも、いい勝負でした」
ミレイナは剣を鞘に戻しながら言う。
「悔しいですけど」
そして俺を見る。
その目には、どこか嬉しそうな色が浮かんでいた。
「でも、久しぶりに師匠と戦えて嬉しかったです」
俺は肩をすくめる。
「そうか」
そのときだった。
空き地の入口の方から、鎧が擦れるような音と複数の足音がゆっくり近づいてくるのが聞こえてきた。
ガルドが眉をひそめる。
「ん?」
ダリウスもそちらを見る。
「誰か来ましたね」
ミレイナが少し真面目な顔になる。
フィリアも視線をそちらへ向ける。
足音はゆっくり、しかし迷いのない歩き方でこちらへ近づいてきていた。
やがて。
空き地の入口に、一人の男が姿を現した。
白銀の鎧。整った姿勢。落ち着いた雰囲気。
その人物を見た瞬間、ガルドがニヤリと笑った。
「お、来たか」
ダリウスも苦笑する。
「遅かったですね」
ミレイナが小さく息を吐く。
「やっとですね」
フィリアがくすっと笑う。
「団長」
その男は空き地の中へゆっくり歩いてくる。
王国騎士団長。レオン・ヴァルディスだった。
レオンは空き地の中央まで歩いてくると、まず周囲の様子を静かに見渡した。
荒れた地面。剣の跡。そして八傑の面々。
ガルド、ダリウス、ミレイナ、フィリアが揃っている光景を見て、レオンは小さく息を吐いた。
「……やはりこうなりましたか」
ガルドが笑う。
「まあな」
ダリウスが肩をすくめる。
「いい試合でしたよ」
ミレイナが少し呆れた顔をする。
「団長、止めに来たんじゃないんですか?」
レオンは静かに首を振った。
「止めても意味はないでしょう」
フィリアが笑う。
「正解です」
そしてレオンはゆっくりと俺の方を見る。
その目にはどこか懐かしそうな色が浮かんでいた。
レオンは姿勢を正す。
そして。
深く頭を下げた。
「師匠」
静かな声で言う。
「お迎えに参りました」
俺は少しだけ驚きながら言う。
「迎え?」
レオンは顔を上げ、真面目な表情で言った。
「はい」
そしてはっきりと続ける。
「陛下があなたにお会いする準備が整いました」
空き地の空気が一瞬だけ静かになる。
ガルドが腕を組みながら笑う。
「ついにか」
ダリウスも面白そうに言う。
「王様との対面ですね」
ミレイナが小さく頷く。
フィリアは楽しそうに言った。
「どんな反応するんでしょう」
俺は頭をかきながらため息をついた。
「本当に会うのか……」
レオンは真剣な顔で頷く。
「はい」
そしてもう一度言った。
「王都へ来ていただいた理由です」
その言葉を聞きながら、俺は空を見上げる。
王都へ来た理由。
レオンは確かにそう言っていた。王に紹介したいと。
俺はゆっくり息を吐いた。
そしてレオンを見る。
「……仕方ない。案内してくれ」
レオンは深く頷いた。
「かしこまりました」
こうして俺は――王城へ向かうことになった。




