第十七話 師匠、悩みを聞く
ガルドとの戦いが終わったあと。
俺たちは王都の外れにある広い空き地でしばらく休んでいたのだが、つい先ほどまで激しく剣を打ち合っていたせいで周囲の草はところどころ踏み倒され、地面には大きな足跡や剣が叩きつけられた跡が残っており、さっきまでの戦いの激しさをはっきりと物語っていた。
空はよく晴れていて、王都の外れとはいえ遠くから人々の声や馬車の音がかすかに聞こえてくる。
俺は剣を鞘に収めながら軽く肩を回した。
「……ふう」
年のせいか、昔より少し体が重い気がする。
もっとも、それをガルドに言うつもりはないが。
そのガルドはというと、地面にどっかりと腰を下ろし、巨大な剣を横に置きながら大きく息を吐いていた。
「はぁ……」
その呼吸は荒いが、どこか満足そうだった。
「久しぶりに全力で剣振った気がする」
「そうか」
俺は短く答える。
少し離れた場所では、フィリアが石の上に腰掛けながら足を軽く揺らしていた。
戦いの最中からずっと楽しそうに見ていたが、今もその表情は変わっていない。
「ガルドがあんなに疲れてるの、初めて見ました」
そう言ってくすくす笑う。
ガルドは少し顔をしかめた。
「仕方ねえだろ」
「闘技場じゃこんなに動かねえんだよ」
「大体三合以内で終わる」
「相手が倒れるか、俺が吹き飛ばすか」
フィリアは肩をすくめる。
「それはそれで問題ですね」
「客は盛り上がるんだろ?」
俺が言うと、ガルドは苦笑した。
「まあな。観客は喜ぶさ。でもよ」
ガルドは空を見上げながら言う。
「正直言って、つまんねえ」
その言葉には、少しだけ本音が混じっていた。
俺は腕を組みながら聞く。
「みんな弱いのか?」
ガルドは首を振った。
「弱くはない。むしろ強い。騎士団の奴らも、冒険者も、闘技場の戦士も、そこらの剣士よりはよっぽど強え」
「じゃあ何が不満だ」
ガルドは少し考えるように沈黙した。
そしてゆっくり言う。
「足りねえんだ」
「何がだ」
「覚悟とか、執念とか」
ガルドは腕を組む。
「闘技場の連中は勝ちたいとは思ってる」
「でもな、命を懸けてる感じじゃねえ」
フィリアが少し笑った。
「ガルドは昔からそういうの好きでしたよね」
「そりゃ剣士だからな」
ガルドは言う。
「本気の相手と戦わねえと面白くねえ」
「それで師匠に毎日挑んでたんですから」
フィリアが言うと、ガルドは笑った。
「そりゃそうだ」
「勝ちたかったからな」
俺はため息をつく。
「結果は全部負けたがな」
「うるせえ」
ガルドは笑う。
「でも楽しかった」
その言葉は本気だった。
ルミナ村の小さな道場で、毎日剣を振っていた頃のことを思い出しているのだろう。
あの頃は、朝から晩まで剣の稽古ばかりだった。
ガルドはいつも一番最初に道場に来て、そして最後まで残っていた。
「そういや師匠」
ガルドがふと思い出したように言った。
「王都には何しに来たんだ?」
俺は少し考えてから答える。
「レオンに呼ばれた」
「騎士団長の?」
「そうだ」
ガルドは少し驚いた顔をした。
「レオンが呼んだのか」
「王様に紹介するらしい」
その言葉を聞いた瞬間、ガルドは目を丸くした。
「……王様?」
「らしい」
「師匠が?」
「俺もよく分かってない」
フィリアが笑う。
「王様びっくりすると思いますよ」
「なんでだ」
「だって、ただの村のおじさんが最強の剣士たちの師匠なんですから」
「おじさんは余計だ」
ガルドは腕を組みながら唸る。
「王様に紹介、か。なんか大事になりそうだな」
「やめてくれ」
俺はため息をついた。
「静かに帰りたいんだ」
フィリアが笑う。
「無理だと思います」
「同感だ」
ガルドも笑う。
俺は少し眉をひそめる。
すると、ガルドが俺に聞く。
「カイルとはもう会ったんだろ?」
「ああ」
「セリスは?」
「会った」
「エリオットは?」
「会った」
ガルドは指を折りながら数える。
「フィリア」
「ここにいる」
「俺」
「今会った」
そして笑う。
「ほらな。もう五人だ」
フィリアが空を見上げる。
「あと三人ですね」
「……」
少し間を置いて。
フィリアがぽつりと言う。
「来そうですね」
その時だった。
遠くの道の方から、大きな声が聞こえてきた。
「おーい!!」
かなり大きな声だった。ガルドが振り向く。
「……ん?」
フィリアも立ち上がる。
遠くの道から、一人の男が走ってきていた。
大きな体。長いマント。そしてどこか荒々しい雰囲気。
ガルドが目を細める。
「……おい」
フィリアも目を丸くする。
「嘘」
男は走りながら叫んだ。
「ガルドぉぉ!!」
そして。俺たちの前で止まる。肩で息をしていた。
「お前……」
ガルドが言う。
「なんでここにいる」
男は顔を上げた。そして俺を見た。
その瞬間。
目が大きく開かれる。
「……え」
数秒の沈黙。そして。
「師匠!?」
大声だった。
フィリアが苦笑する。
「やっぱり来ましたね」
ガルドは頭を抱えた。
「おいおい……」
俺は空を見上げてため息をついた。
どうやら。
王都は、まだまだ騒がしくなりそうだった。




