第十六話 師匠、疲れる
ガルドと再会したその日の昼過ぎ、俺たちは王都の外れにある広い空き地まで歩いてきていたのだが、王都の中で本気で剣を振るえば周囲に迷惑がかかるし、下手をすれば騎士団に止められて面倒なことになる可能性もあるため、自然と人の少ない場所を選んだ結果がこの場所だった。
空き地には背の低い草が広がり、ところどころに石が転がっているだけで、建物も人影もほとんど見えない静かな場所だった。
少し離れた石の上に腰掛けているフィリアは腕を組みながらこちらを眺めており、その表情は明らかに面白いものを見る時の顔だった。
「楽しみですね」
呑気にそう言う。
「人ごとだと思って」
俺はため息をついた。
目の前には、巨大な剣を肩に担いだ大男が立っている。
ガルド・ブレイカー。
王都闘技場チャンピオン。
そして八傑の一人。
「まさか王都で師匠に会えるとはな」
ガルドは嬉しそうに笑う。
「しかも剣まで付き合ってくれる」
「まだ付き合うって決めた覚えはない」
「決まってるだろ」
ガルドは巨大な剣をゆっくり地面に下ろした。
ドン、と鈍い音が響き、足元の土がわずかに揺れる。
「師匠」
ガルドは剣を持ち上げながら言った。
「今日は本気で行くぞ」
「ほどほどにしろ」
「無理だ」
即答だった。
フィリアがくすくす笑う。
「ガルドらしいですね」
「お前も昔は似たようなもんだったろ」
「私はもう大人です」
フィリアは肩をすくめながら言う。
「それに私は戦ったばかりなので今日は観戦です」
完全に楽しむ気満々だった。
俺は小さくため息をつきながら剣を抜く。
カチリ、と鞘鳴りが静かな空き地に響いた。
それを見たガルドの目が少し鋭くなる。
「懐かしいな」
ガルドは笑う。
「その構え…そうか。昔、何回もそれでやられた」
ガルドは剣を肩に担ぎ直した。
「でもな」
低い声で言う。
「今日は簡単には負けねえぞ」
フィリアが手を軽く上げる。
「では」
少し間を置いてから。
「始め!」
その瞬間だった。
ドォンッ!!
地面が爆ぜるような音と共にガルドの巨体が一瞬で距離を詰めてきた。
巨体にもかかわらず、その踏み込みは驚くほど速い。
巨大な剣が上段から振り下ろされる。
ゴォッ!!
空気を裂く音が耳に届く。
俺は半歩だけ体をずらす。
次の瞬間。
ドォン!!
ガルドの剣が地面に叩きつけられ、土と草が大きく弾け飛んだ。
フィリアが感心したように言う。
「相変わらず重いですね」
ガルドはすぐに剣を振り上げると、今度は横薙ぎに振り抜いた。
俺は剣でそれを受け流す。
ギィン!!
重たい衝撃が腕に伝わる。
昔より明らかに力が増している。
「力は相当上がったな」
俺は言う。
「鍛えたからな」
ガルドは笑う。
そしてすぐに次の一撃が来る。
縦。
横。
斜め。
巨大な剣が暴風のような勢いで振り回される。
だが。
「……」
俺は一歩、また一歩と動くだけでそれを避ける。
ガルドの剣は重い。速い。そして威力もある。
だが。
「まだ荒い」
俺は呟く。
ガルドの剣が空を切る。
「なっ」
その隙に俺は一気に踏み込む。
ガルドの懐。距離が一瞬で詰まる。
そして。
コン。
軽く剣の腹で胸を叩いた。ガルドの動きが止まる。
フィリアが笑った。
「一本ですね」
ガルドはしばらく動かなかった。
やがて。
「……はは」
小さく笑う。
「やっぱりそうなるか」
俺は剣を下ろす。
「昔と同じだ」
「いや」
ガルドは首を振る。
「昔より強い」
そして剣を構え直した。
「もう一回だ」
「まだやるのか」
「当たり前だろ」
フィリアが笑う。
「ガルド、昔から負けず嫌いでしたから」
「知ってる」
ガルドは地面を蹴る。
二度目の戦いが始まる。
ドォン!!
再び剣がぶつかる。
ギィィン!!
何度も何度も。
ガルドは全力で剣を振るい、俺はそれを受け、流し、避けながら反撃を入れていく。
時間が少しずつ過ぎていく。
そして。
十数合ほど打ち合ったところで。
ガルドの動きがわずかに鈍った。
その瞬間だった。
俺は踏み込む。剣を弾く。
ギィン!!
ガルドの剣が大きく逸れる。
そして。
剣先をガルドの首元に止めた。
静寂。
風が草を揺らす音だけが聞こえる。
数秒の沈黙のあと。
ガルドは大きく息を吐いた。
「……参った」
巨大な剣を地面に下ろす。
ドン、と重い音が響いた。
そして。ガルドは笑った。
「やっぱ勝てねえな」
フィリアが立ち上がる。
「お疲れ様です」
「くそ」
ガルドは笑う。
「闘技場じゃ俺が一番強いと思ってたんだけどな」
俺は剣を鞘に収める。
「まだまだだ」
ガルドは腕を組む。そして俺を見る。
「でもな」
少し真面目な顔で言った。
「久しぶりに楽しかった」
「そうか」
「またやろうぜ」
俺はため息をついた。
「勘弁してくれ」
フィリアが笑う。
王都の外れの空き地で、こうして久しぶりの稽古は終わった。
だが。
八傑の再会は、まだ終わっていない。
王都のどこかで、また別の弟子が動き始めていることを――
この時の俺は、まだ知らなかった。




