第十五話 師匠、落ち着けない
王都の中心部には、巨大な石造りの建物がある。
王都闘技場。
円形の石壁に囲まれたその場所は、王都の中でも特に賑わう場所の一つであり、毎日のように剣士や戦士たちが戦い、観客たちがその勝負に熱狂する。
今日もまた、多くの人々が闘技場に集まっていた。
観客席はほぼ満席だ。
商人、貴族、冒険者、旅人。
様々な人間が円形の観客席に座り、闘技場の中央を見下ろしている。
そして――
その中央では、一つの戦いが決着を迎えようとしていた。
巨大な剣が振り上げられる。観客席が息を飲む。
次の瞬間。
ドォンッ!!
鈍く重い衝撃音が闘技場に響いた。
対戦していた戦士が地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
審判がすぐに間に入り、手を大きく振り上げた。
「勝者ぁぁぁぁぁ!!」
闘技場が静まり返る。
そして。
「ガルド・ブレイカー!!」
その瞬間、闘技場が爆発した。
「うおおおおおお!!」
「また勝ったぞ!!」
「強すぎる!!」
「何連勝だよ!?」
観客席は大歓声に包まれた。
闘技場の中央に立っているのは、一人の大男だった。
二メートル近い体格。岩のように太い腕。
全身には無数の傷跡が刻まれている。
そして肩には、人の身長ほどもある巨大な剣。
ガルド・ブレイカー。
王都闘技場チャンピオン。
そして――
アストリア王国最強の剣士たち、八傑の一人である。
「……はぁ」
ガルドは軽く息を吐いた。
目の前には、今倒したばかりの対戦相手が倒れている。
相手もかなりの実力者だった。
だが勝負はほんの数合。
ガルドにとっては、準備運動にもならない程度の戦いだった。
「つまんねえな」
ぼそりと呟く。
観客席の歓声は凄まじい。
だがガルドは、まるで興味がないような顔をしていた。
そこへ、闘技場の職員が慌てて駆け寄ってくる。
「ガ、ガルドさん!!」
「なんだ」
「聞きましたか!?」
「何をだ」
職員は興奮した様子で言った。
「八傑の師匠らしき人物が王都に来てるって噂です!!」
その瞬間。
ガルドの動きが止まった。
「……今、なんて言った?」
低い声だった。
職員は慌てて繰り返す。
「八傑の師匠らしき人物です!」
「王都に来てるって話なんです!」
ガルドはしばらく黙った。
闘技場の歓声が遠くに聞こえる。
そして――
「……はは」
小さく笑う。
次の瞬間。
「ははははははは!!」
闘技場に豪快な笑い声が響いた。
観客席がざわつく。
「な、なんだ?」
「急に笑い出したぞ」
ガルドは楽しそうに笑っていた。
「師匠が王都に来てるだと?」
「は、はい!」
「噂ですけど!」
ガルドは少し空を見上げる。
頭の中に、昔の記憶がよみがえる。
ルミナ村。
小さな道場。
毎日剣を振り続けた日々。
そして――
何度挑んでも、一度も勝てなかった男。
アルト・レイヴァル。
「面白え」
ガルドは呟いた。
「久しぶりに会いに行くか」
巨大な剣を背負い、闘技場の出口へ歩き出す。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
職員が慌てて叫ぶ。
「次の試合が……!」
「今日はもういい」
「ええ!?」
ガルドは振り返らずに言う。
「客には金返しとけ」
「そんな無茶な……!」
だがガルドは止まらない。
闘技場の大きな扉を押し開け、そのまま王都の通りへ出ていった。
王都の人々は、その巨大な男を見ると自然と道を空ける。
闘技場チャンピオン。
ガルド・ブレイカー。
王都でその名を知らない者はいない。
だが今のガルドの顔は、どこか楽しそうだった。
「師匠が王都に来てる、か」
小さく笑う。
「久しぶりに本気で剣振れそうだ」
そう言って、王都の通りを歩き出した。
その頃。
王都の外れの通りを、俺はフィリアと歩いていた。
王都の朝は賑やかだ。
店を開く商人。荷物を運ぶ人夫。行き交う冒険者たち。
ルミナ村とはまったく違う景色だった。
「やっぱり王都って人多いですね」
フィリアが言う。
「旅してても思いますけど」
「こういう街は落ち着かないです」
「俺も同じだ」
俺は肩をすくめる。
「村の方が静かでいい」
「ですよね」
フィリアは笑った。
「でも師匠が王都歩いてるの、ちょっと面白いです」
「なんでだ」
「だって、村のおじさんが王都にいる感じです」
「おじさんは余計だ」
フィリアはくすくす笑う。
「でも」
少しだけ真面目な顔になる。
「王様に会うんですよね」
「ああ」
「レオンが紹介するって言ってたな」
フィリアは少し驚いた顔をした。
「王様に会う師匠って想像つかないです」
「俺もだ」
「絶対偉そうな人ですよ」
「たぶんな」
そんな話をしていた、その時だった。
前から歩いてくる人の流れが、少しずつ乱れていく。
ざわざわと人が道を空けていく。
「……?」
フィリアが首をかしげる。
「なんだろう」
俺もそちらを見る。
そして――
その男を見た。
二メートル近い大男。肩に担がれた巨大な剣。見覚えのある顔。
男もこちらを見た。
数秒の沈黙。そして。
「……おい」
ガルドは目を見開いた。
次の瞬間。
「師匠じゃねえか!!」
通りに響く大声だった。
周囲の人々が驚いて振り向く。
フィリアが笑う。
「久しぶりですね、ガルド」
ガルドは大股でこちらに歩いてくる。
そして俺の前で止まった。上から俺を見下ろす。
「久しぶりだな、師匠」
俺は軽くため息をついた。
「……でかくなったな」
「昔からだよ」
ガルドは笑う。
そしてフィリアを見る。
「お前も久しぶりだな」
「元気そうですね」
「おう」
ガルドは腕を組む。そして俺を見た。
目が少し輝いている。
「師匠」
「なんだ」
「ちょっと剣付き合ってくれよ」
やっぱりそうなるか。
フィリアが楽しそうに言う。
「いいですね。私も見たいです」
「お前は煽るな」
俺は頭をかいた。
王都に来てから、どうも落ち着く暇がない。
だが――
久しぶりに見る弟子の顔は、どこか懐かしかった。
こうして王都での再会は、また一人増えた。
闘技場チャンピオン。
八傑の一人。
ガルド・ブレイカー。




