第十四話 師匠、剣を交える
王都の大通りを離れると、街の喧騒は少しずつ遠ざかっていった。
石畳の道もやがて土の道に変わり、人通りもまばらになっていく。朝の空気はまだひんやりとしていて、王都の外れには静かな空気が流れていた。
「この先です」
前を歩くフィリアが振り返って言う。
俺は肩に手を回しながらその後をついていく。
「王都にこんな場所あったのか」
「昔は騎士団の訓練場だったらしいです。でも今はほとんど使われてないみたいで」
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
草がところどころ生えている広い空き地で、木製の人形や古びた標的がいくつか残っている。確かに訓練場だった名残がある場所だ。
「ここなら人も来ません」
フィリアはそう言ってマントを外し、近くの木にかけた。
朝の光を受けて、金色の髪がわずかに揺れる。
そのまま腰の剣に手をかけ、ゆっくりと引き抜いた。細くしなやかな剣身が、朝日に反射して光る。
「久しぶりですね」
フィリアは楽しそうに言った。
「師匠と剣を交えるの」
「俺は別にやりたくて来たわけじゃないんだがな」
そう言いながらも、俺は腰の剣を抜いた。
長年使い慣れた剣だ。派手な装飾はないが、重さもバランスも体に馴染んでいる。
フィリアは構えた。
足を軽く開き、体を半身にする。無駄のない、美しい構えだった。
昔よりずっと洗練されている。
……そりゃそうか。王国最強の剣士の一人なんだからな。
「行きます」
フィリアが地面を蹴った。一瞬で距離が詰まる。
速い。
だが、その動きは昔から何度も見てきた。
キンッ――
剣がぶつかり、金属音が響く。
フィリアの剣は鋭く、迷いがない。真っ直ぐ俺の喉元を狙っていた。
だが俺はそれを軽く受け流す。
「……やっぱり速いですね」
フィリアが言う。
「お前もな」
言葉を交わした次の瞬間、フィリアの剣が再び動いた。
横薙ぎ。
突き。
間を置かない連撃。
キン、キンッ、キィン――
金属音が連続して響く。剣筋は正確で、無駄がない。
王国の騎士団でも、ここまで綺麗な剣を振るやつはそういないだろう。
だが――
俺はすべて受け流していた。
力で受けるわけでもなく、避けるわけでもなく、ほんの少し剣を動かすだけで軌道をずらす。
フィリアは一度距離を取った。
「……さすがです」
額にうっすら汗が浮かんでいる。
「全然本気じゃないですよね」
「朝から本気出す歳じゃない」
「そう言うと思いました」
フィリアは笑った。だがその目は真剣だった。
「じゃあ、もう少し本気出します」
空気が変わる。
フィリアの姿勢が低くなった。次の瞬間、視界から消えた。
――速い。
一瞬遅れて、背後から気配。振り向きざまに剣を振る。
キィン!
背中を狙った一撃を弾く。
「今の見えましたか」
「まあな」
「本当に嫌になりますね」
フィリアは笑いながら距離を取った。
呼吸が少し荒くなっている。だが顔は楽しそうだった。
「やっぱり、師匠には敵わないな」
「まだ始まったばかりだろ」
「いえ」
フィリアは剣を肩に担ぐ。
「分かるんです」
静かに言った。
「この距離、この間合い、この空気……全部」
少しだけ寂しそうに笑う。
「師匠には、まだ届いてない」
俺は何も言わなかった。昔から、こいつは感覚が鋭い。
強さの差もすぐに分かる。
「でも」
フィリアは剣を構え直した。
「それでも、もう一回だけ」
「……なんだ」
「全力で行きます」
次の瞬間、地面が弾けるようにフィリアが踏み込んだ。
これまでで一番速い。剣が一直線に迫る。
俺は――
その剣を、軽く弾いた。
カンッ。
乾いた音が響く。フィリアの剣が空を切る。
そして俺の剣は、気づいた時にはフィリアの喉元に止まっていた。
静寂。
風だけが草を揺らしている。
フィリアは少し驚いた顔をして、そしてすぐに笑った。
「……やっぱり敵いませんね」
フィリアは苦笑しながら言った。
「全力だったんですけど」
「そうか」
「師匠、ほとんど動いてませんでしたよね」
「歳だからな。あんまり動きたくない」
「嘘つかないでください」
フィリアは笑う。
その笑い方は、道場で稽古していた頃とまったく変わらない。
「でも久しぶりに楽しかったです」
「そうか」
「師匠と剣を交えるの」
俺は肩を回す。
「俺は疲れた」
「まだ一戦しかしてませんよ」
「十分だ」
フィリアは剣を鞘に収め、少しだけ空を見上げた。
朝の空はよく晴れている。
「やっぱり思います」
「何をだ」
「師匠が一番強いって」
「そういうのはいい」
「でも本当です」
フィリアは真面目な顔になった。
「私、旅していろんな剣士と戦いました」
「他国の騎士。冒険者。傭兵。闘技場の戦士」
少し笑う。
「でも、師匠より強い人は見たことないです」
俺は頭をかいた。
「そりゃ運がいいな」
「違いますよ」
フィリアは言った。
「師匠が強すぎるだけです」
俺は軽くため息をついた。
「弟子にそんなこと言われると困る」
「でもみんな思ってますよ」
「みんな?」
「八傑」
……。
それは聞かなかったことにする。
フィリアは少し笑った。
「でも久しぶりに全員集まったら面白そうですね」
「騒がしくなるぞ」
「ですね」
フィリアはマントを羽織った。
そして俺の横に並ぶ。
「しばらく王都にいようと思います」
「旅はいいのか」
「たまには休憩です」
少し笑う。
「それに師匠が王都にいるなら、絶対何か起きます」
「やめろ」
「だって」
フィリアは楽しそうに言った。
「八傑の誰かが絶対来ますよ」
……ありそうで困る。
「レオンもいるし」
フィリアは空を見上げた。
その頃。
王都の中心部にある巨大な建物。
闘技場。
観客席から大歓声が響いていた。
「勝者ぁぁぁぁ!!」
審判の声が響く。
「ガルド・ブレイカー!!」
観客席が揺れるほどの歓声が起こる。
闘技場の中央に立っていたのは、巨大な剣を肩に担いだ大男だった。
全身に傷跡があり、圧倒的な存在感を放っている。
闘技場チャンピオン。
八傑の一人。
ガルド・ブレイカー。
「はぁ……」
戦いが終わったばかりだというのに、男は余裕そうに息を吐いた。
そこへ一人の男が駆け寄る。
「ガルドさん!!」
「なんだ」
「聞きましたか!?」
「何をだ」
男は興奮した様子で言った。
「八傑の師と思われる人物が王都に来てるって噂です!!」
……。
その瞬間。
ガルドの目が見開かれた。
「……本当か」
「はい!!」
しばらく沈黙する。そして次の瞬間。
ガルドは大きく笑った。
「ははははは!!」
闘技場に響く豪快な笑い声。
巨大な剣を肩に担ぎ直す。
「面白え」
「久しぶりに会いに行くか」
闘技場チャンピオンはそう言った。
その顔は、まるで子供のように楽しそうだった。




