第十三話 師匠、連れ出される
王都の朝は、ルミナ村のそれとは比べものにならないほど騒がしい。
宿屋の窓から差し込む朝日で目を覚ました俺は、しばらく寝台の上でぼんやりと天井を眺めながら、外から聞こえてくる様々な音に耳を傾けていた。
遠くで響く馬車の車輪の音。
通りを歩く人々の足音。
店を開く商人たちの呼び声。
村なら朝は鳥の声と風の音くらいしか聞こえないが、王都では夜が明けた瞬間から街全体が動き始める。
「……やっぱり落ち着かねえな」
思わずそんな言葉が口から漏れた。
俺はゆっくり体を起こし、長年の習慣で肩や腕を回して体の調子を確かめる。
昨日はレオンに呼び出されて、半ば無理やり王都まで連れて来られた。
しかも理由が理由だ。
――王に会わせる。
正直なところ、未だに意味が分からない。
「ただの村の剣術師匠だぞ、俺は……」
小さくつぶやきながら身支度を整え、俺は宿屋を出て王都の通りへ出た。
朝の王都はすでに活気に満ちている。
市場では野菜や果物を並べる商人が忙しそうに準備をしており、荷物を運ぶ人々が通りを行き交い、石畳の道には絶えず人の気配があった。
俺は特に目的もなく通りを歩く。
昨日のことを思い出すと、どうにも落ち着かない。
レオンはこう言ったのだ。
『師匠を、陛下に紹介したいのです』
意味が分からない。
王国騎士団長ともあろう奴が、わざわざ村の道場の師匠を王に紹介するなんて普通はありえない。
俺がいくら断っても、レオンは真顔で言った。
『これは王国のためでもあります』
……まったく、あいつは昔から頑固だ。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に後ろから声がかかった。
「師匠?」
聞き覚えのない声だったが、その呼び方で足が止まる。
俺は振り返った。
そこに立っていたのは、一人の若い女だった。
長い金髪を後ろでまとめ、旅装のマントを羽織り、腰には細身の剣を下げている。
一見するとただの旅の剣士だ。
だが、その立ち姿に隙はなく、目の奥には鋭い光が宿っている。
そして、その目を見た瞬間、俺はすぐに気づいた。
「……フィリアか?」
女は嬉しそうに笑った。
「はい。お久しぶりです、師匠」
やっぱりそうか。
俺は思わず頭をかく。
「お前、また旅してんのか」
「はい。流浪の剣士ですから」
フィリア・ルーヴェル。
王国最強と呼ばれる剣士たち――八傑の一人だ。
王国のどこにも属さず、各地を旅しながら剣を磨き続けている。
「師匠が王都にいるって聞いて、びっくりしました」
「俺もびっくりしてる」
「レオンですか?」
「ああ」
俺はため息をついた。
「王に紹介するって言われてな」
「……え?」
フィリアの目が少し丸くなる。
「師匠を、ですか?」
「ああ」
「……」
フィリアはしばらく黙ってから、くすっと笑った。
「それはレオンらしいですね」
「どこがだ」
「だって、師匠のことを一番尊敬してるの、あの人ですから」
……。
まあ、それは分かる。
昔からレオンは妙に真面目だった。
「でも王様に紹介って……」
フィリアは少し楽しそうに言った。
「面白いことになりそうですね」
「俺は全然面白くねえ」
王とか貴族とか、そういうのは苦手だ。
村で剣を教えている方がよっぽど気楽でいい。
フィリアは俺の顔を見て、少し安心したように言った。
「でも元気そうでよかったです」
「何がだ?」
「師匠、王都に来て面倒なことに巻き込まれてるんじゃないかと思って」
「もう巻き込まれてる気がするけどな」
俺が言うと、フィリアは小さく笑った。
そして、少しだけ間を置いてから言った。
「師匠」
「なんだ」
「久しぶりに、稽古つけてください」
……やっぱりそれか。
俺は大きく息を吐いた。
「お前らもう王国トップの剣士だろ」
「それとこれとは別です」
「……」
「師匠に勝ったこと、まだ一度もないですから」
フィリアは楽しそうに笑う。昔と同じ顔だ。
「道場もないのにどうすんだ」
「いい場所知ってます」
「どこだ」
「王都の外れに、古い訓練場があります」
フィリアは歩き出した。
「行きましょう、師匠」
俺は空を見上げる。
朝の空はよく晴れていた。
「……朝から元気だな」
「久しぶりですから」
そう言って振り返るフィリアの笑顔を見ていると、どうにも断る気が失せる。
結局、俺は肩をすくめて歩き出した。
弟子に引っ張られてばかりの師匠ってのも、どうなんだろうな。
そんなことを考えながら、俺はフィリアの後を追って王都の通りを歩き出した。
――王都の外れにあるという、古い訓練場へ向かって。




