表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/31

第十二話 弟子、帰ってくる

夜明け前の草原は、まだ夜の冷たさを残していた。遠くの森からかすかに小鳥のさえずりが聞こえるが、朝の冷たい風が草を揺らすたび、銀色の長髪を背中に流した一人の女の影が、かすかに揺れる。


フィリア・ルーヴェル――流浪の剣士は、朝の光が差す前に歩を進める。軽装の旅人のように見えるが、腰の剣に指をかける動きや背筋の伸び方から、長年の剣修行による自信と経験が全身に滲み出ていた。


「……もうすぐ、師匠に会える」


小さく独り言を漏らす。高原の小さな村、ルミナ村で過ごした日々が頭をよぎる。師匠アルト・レイヴァルの背中、道場の床の木の匂い、稽古の汗と息、剣を振る手の感触。すべてが、ここまでの旅を支えてくれた。


遠くに人影が現れた。粗末な鎧を纏い、剣を手にした三人組。盗賊だ。女一人の旅を狙うつもりだろう。


「おや、女一人で朝からご苦労なこったな」


男の一人が笑う。


「しかも剣まで持ってるじゃねえか、いい小遣いになるかもな」

「旅人か? それとも冒険者?」


挑発する声に、フィリアは淡々と答えた。


「……ただの通りすがりです」

「ふん、だったら剣は置くんだな。命は助けてやる」

「うるさいな……朝から騒がしい」


腰の剣に指をかけ、体をわずかに前に傾け、敵の間合いを測る。盗賊たちが距離を詰める。手に汗はなく、呼吸は整い、視線は三人の剣の動きを一瞬で読み取っていた。


「……来い」


静かに呟くと同時に、最初の男が剣を振り下ろした。フィリアは片手で腰の剣を弾き出すように操作し、刃先を弾き返す。剣が金属音を立てて跳ね返り、男は思わず体をひるがえした。


二人目が前に突進して斬りかかる。フィリアは一歩後退しつつ、腰の剣を軽く前に出すと、剣先で相手の剣を弾き、腕を強制的に外側へ押しやった。剣の金属音と風の音が混ざり合い、朝の冷たい空気が緊張で張り詰めた。


三人目は横から斬り込んでくる。フィリアは身体を沈め、低く構えながら剣を回転させ、斬撃を受け流しつつ間合いを保つ。反撃は一切せず、攻撃を弾き、次の瞬間には相手の勢いを利用してすぐさま間合いを離す。


「なっ、なんだこいつ……」


男たちは青ざめ、息を荒げる。


「次は本気でいきます!」


三人目が叫び、全員が一斉に攻撃を仕掛ける。しかし、フィリアは身体の重心を微妙に移動させ、剣をわずかに傾け、攻撃を連続で弾き続ける。三本の剣が空を切るたび、鋭い金属音が草原に響き渡る。


「ぐ……くっ……!」


盗賊たちは必死に攻撃するが、すべての動きが無力化される。フィリアは斬ることもせず、体を最小限に動かすだけで攻撃を受け流す。その冷静さと正確さに、男たちは恐怖で動けなくなる。


「……やめろ……俺たちには勝てない」


三人目が叫び、全員が慌てて剣を拾い、草原の向こうへ逃げ去った。風が吹き、草が揺れ、朝の光が三人の背中を照らす。

フィリアは深呼吸をひとつして、腰の剣を握り直す。


「……さて、王都へ」


草原を抜け、朝日が全てを柔らかく照らす中、足取りは変わらず軽やかだった。旅の疲れなど微塵も感じさせない。

道中、村や小さな宿屋を通り過ぎるたび、通りすがりの人々が振り返る。旅慣れた者なら気づくほどの雰囲気が、彼女には自然に滲み出ていた。


「師匠……すぐです」


歩きながら呟く声に、草の揺れる音がかき消される。遠くに王都の城壁が見え始め、胸の奥で期待と緊張が入り混じる。

数時間後、王都の大門をくぐる。巨大な城壁と厳重な門番、人々の喧騒が広がる。商人の呼び声、馬車の軋む音、冒険者の笑い声。王都の朝は生きていた。


「……人が多すぎる」


小さく呟き、周囲の群衆を観察する。師匠の気配を探す目は鋭く、長年の修行で培った感覚が確かな存在を告げる。

通りを抜け、石畳の道を進む。商人が声をかける。


「お嬢さん、朝の品はいかがです?」

「……今は結構です」


短く答え、視線は一点に集中する。師匠アルト・レイヴァルの存在を確かめながら歩みを進める。

宿屋の前に差し掛かった時、腰に長剣を差した人影が立っていた。落ち着いた姿勢、背筋はまっすぐで、静かに周囲を見渡す。間違いない――アルト・レイヴァルだ。


「……師匠!」


思わず駆け出し、声を上げる。アルトは目を細め、にこりと微笑む。


「おお、フィリアか」


柔らかくも芯のある声が、王都の喧騒を押しのける。


「……久しぶりです、師匠!」


息を整えつつ笑みを浮かべるフィリアに、アルトは手を軽く上げ、静かに制する。


「落ち着け、久しぶりだからって慌てるな」

「でも、師匠……無事に来れて……」

「それで十分だ」


アルトは肩をすくめ、穏やかな笑みを浮かべた。


「旅の途中で何かあったか?」

「……盗賊に絡まれましたが、問題ありません」

「ふむ、それなら安心だ」


フィリアは胸をなでおろし、少し笑みを増す。


「師匠……変わっていませんね」

「はは、そうかな」


アルトの声は穏やかだが、存在感は変わらない。フィリアは師匠の横顔をじっと見つめ、長い旅の疲れも忘れるほどの安堵を感じる。


「……会えてよかった、師匠」

「俺もだ、フィリア」


二人の間に、王都の雑踏も喧騒も一瞬消えたように感じられた。宿前の石畳に、静かな再会の時間が流れる。銀髪を揺らし、剣に手を触れ、フィリアは胸の奥で決意を新たにする。長い旅路はここで終わるわけではない。これから先の道も、師匠と共に進むための始まりにすぎないのだ。


「……さて、ゆっくり話そうか」


アルトの言葉に、フィリアは頷く。再会の喜びと、これから始まる日々への期待が、胸の中で膨らんでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ