第一話 弟子、突然の訪問
「我々八人が束になっても――師匠には敵いません」
その言葉が放たれた瞬間、アストリア王国の王城大広間は、水を打ったように静まり返った。
王の前に立つのは、一人の青年。
黒いマントを羽織り、腰には長剣。背筋をまっすぐに伸ばし、揺らぎのない目で玉座を見据えている。
レオン・ヴァルディス。
アストリア王国騎士団長。そして――王国最強と名高い八人の剣士、《八傑》の一人だ。
そのレオンが、今こう言ったのだ。
自分たち八人が束になっても、敵わない相手がいると。
玉座の王が、ゆっくりと口を開く。
「……今、何と言った?」
レオンは迷うことなく答えた。
「我々八傑には共通の師がいます」
その瞬間、大広間がざわめいた。
八傑。
騎士団長、S級冒険者、王立学院教官、王国諜報部隊長、魔剣士部隊隊長、闘技場チャンピオン、流浪の剣士、傭兵団長。
王国の各地で名を轟かせる、最強と呼ばれる八人の剣士たち。
その全員に、同じ師匠がいる――などという話は、これまで誰も聞いたことがなかった。
貴族の一人が信じられないという顔で言う。
「そのような人物が今まで表に出ていないだと?」
レオンはわずかに笑った。
「ええ」
そして静かに続ける。
「その方は、名声や地位には興味がありません」
王が腕を組む。
「どこにいる」
レオンは答えた。
「王国北西の高原にある小さな村――ルミナ村です」
貴族たちの間から、思わず呟きが漏れる。
「……村?」
「ただの田舎ではないか」
レオンは首を横に振った。
「ただの村ではありません」
そして言った。
「そこに、我々の師匠がいます」
王はゆっくりと立ち上がった。
その目には強い興味が浮かんでいる。
「面白い」
王は笑った。
「王国最強の八人を育てた男か」
そして言う。
「会ってみたいな」
レオンは深く頭を下げた。
「では、迎えに行ってまいります」
こうして――
王国最強の剣士は、一人の男を迎えに向かうことになった。
王都から遠く離れた、小さな村へ。
ルミナ村へ。
王都から数日。
王国北西の高原には、草原に囲まれた静かな村がある。
ルミナ村。
石造りの家が並び、煙突からは朝の煙がゆっくり空へ伸びている。
牛の鳴き声が遠くで響き、草原の風がのんびりと吹き抜ける、そんな穏やかな村だ。
そして――
ここからは、俺の話になる。
「ほら、カイ。もう一回だ」
朝の空気の中、俺は木刀を肩に担ぎながら言った。
村の外れにある小さな剣術道場。
この道場を開いて、もう十五年になる。
剣を振り続けて三十年。今はこうして子どもたちに剣の基礎を教える、ただの田舎の道場主だ。
「いきます!」
カイが元気よく叫び、木剣を振り上げて踏み込んでくる。
勢いはある。
だが――
「遅い」
コツン。
俺は軽く木刀を振り、カイの剣を横から弾いた。
「うわっ!?」
カイは勢い余って前につんのめる。
それを見て、周りの子どもたちが笑い出した。
「カイ弱ーい!」
「さっきより遅かったぞー!」
「うるさい!」
カイが顔を真っ赤にして叫ぶ。
俺は苦笑した。
「力任せに振るだけじゃダメだ」
木刀を構え直す。
「剣は腕で振るんじゃない。体全体で振る」
軽く踏み込み、腰を落とす。
ヒュッ。
木刀を振る。
ただそれだけで、空気を切る鋭い音が道場に響いた。
子どもたちが目を丸くする。
「おおー!」
「速い!」
「師匠すげえ!」
「これくらい普通だ」
俺が肩をすくめると、子どもたちはさらに騒ぎ始めた。
……まあ、こういう反応を見ると、教えるのも悪くないと思える。
その時だった。
カイが道場の外を見て首をかしげた。
「……あれ?」
「どうした」
「師匠、誰か来る」
俺も外を見る。
村へ続く土の道の向こうから、一人の男が歩いてきていた。
黒いマント。腰の長剣。ゆっくりだが、迷いのない足取り。
そして――どこか見覚えのある歩き方だった。
男は道場の前で止まり、深く頭を下げる。
「お久しぶりです」
顔を上げる。
「師匠」
その顔を見た瞬間、俺は笑った。
「レオンじゃないか」
子どもたちがざわつく。
「師匠の弟子?」
「騎士?」
レオンは昔と変わらない、きっちりした礼をした。
「アルト・レイヴァル師匠」
そして言う。
「王都へお越しいただきたく、迎えに参りました」
俺は頭をかいた。空を見上げる。
高原の空は今日もよく晴れていた。
……嫌な予感しかしない。
「……王都?」
思わずため息が出る。
「なんでまた」
どうやら――
ルミナ村の静かな生活も、今日で終わりらしい。




