その3
数分後、僕は一人で暗い夜道を自転車でヨタヨタと走っていた。周りは田んぼで、街灯はない。胸がドキドキしている。息が苦しい。家とは反対の方へ来ちゃったから、そろそろ戻らなきゃ。そう思った瞬間、20メートルぐらい先に自転車の集団が走ってくるのが見えた。隠れようとしたが、遅かった。そいつらは僕に気付き、叫んだ。
「おらっ、お前、マコトか!」
呼び止められた僕は、思いっきりビビった。恐怖心で身体がガチガチになった。どうすればいい? 逃げようか? だが多勢に無勢だ。すぐに捕らえられるだろう。それに、もしも逃げることができても、この辺りの道には詳しくないから迷う可能性もある。どうすりゃいい?
「あいうえおって言ってみろー!」
連中が叫んだ。あ、あいうえお? なぜ? あ、そうか、こっちがマコトなのかどうか確認するために声を出させようとしているんだ。マコトでなけりゃ見逃してくれるのだろう。ならば言おう。言ってみせよう。あいう……あれ、声が出ないっ。
「あいうえおって言えー!」
「ひゃ……あああ、あいうえおー」
何とか声を絞り出す。暗くて連中の姿は見えないが、緊張感がゆるむ気配を感じた。こっちがマコトじゃないことが分かったらしい。
「とっとと帰れ! マコトに会ったら、逃げるなと言っとけ!」
そう叫ぶと、中2の不良グループは自転車で去っていった。叫んだのはユウジだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。僕は自転車を漕ぎ始めた。真っ暗な田んぼ道を抜け、広い通りに出る。安堵感が押し寄せる。マコトは大丈夫だろうか。心配になる。しかしまあ、もともとマコトはユウジの舎弟みたいなもんだ。その造反劇に僕が付き合う必要はないだろう。
踏切を越え、本町通りへと進む。学生服を買った店。時計屋。布団屋。本屋。レコード屋。金物屋。ほとんどの店のシャッターが降りているが、街灯は煌々と光を放っている。人影はない。その中を僕はゆっくりと進む。ゆるいカーブを越えると、たまに家族で来るレストランが見える。そして文房具屋、郵便ポスト、コロッケが名物のスーパー、パン屋、和菓子屋と続く。その隣が鍼灸院だ。あわわわっ。
僕は愕然とした。鍼灸院の前の道路の真ん中に仁王立ちしている男がいるのだ。顔をはっきり見なくても、それが誰であるのかは即座に分かった。鍼灸院の息子であり、K中学の番長であるイクサだ。




