その2
イクサが中3の時、僕は中1だった。僕にとってイクサは手の届かない存在であり、手を伸ばそうとも思わない存在だった。できることなら顔を合わせたくないし、無関係のままでイクサに卒業してほしい。そんな風に願っていた。
とはいえ、イクサに憧れる部分も多かった。運動会での例でも分かるように、とにかくカッコいいのだ。背が高く、目つきが鋭く、運動神経が抜群に良い。当時の不良たちの間で流行っていたことに「自転車の組体操的アクロバット走行」ってのがあった。Aがサドルに座ってハンドルを握り、Bが後部の荷台に座る。BはCを肩車し、CはAの肩に手を乗せる。この状態で往来を走るのだ。これが5台も6台も続く場合は、ものすごく壮観だ。しかもCの上にもう一人が肩車で乗っていることも珍しくなかった。相当な技術と度胸が必要なワザのように思えるが、やっている連中はみんな平然とした面持ちだ。ヘラヘラと笑っている輩はいない。言葉も交わさず、彼らは黙々と見事な走りっぷりを見せるのである。
この組体操的アクロバット走行の中に、いつもイクサはいた。商店街の路上は不良たちのステージであり、その中の花形スターがイクサだったのである。
当時、僕は塾に通っていた。学習塾ではあったが「進学のために云々」という雰囲気ではなく、個人経営の牧歌的な塾だった。ある日、授業が終わって帰ろうとする間際、同級生のマコトが黒板に落書きをした。「ユウジのバカ」というような他愛ない落書きだ。ユウジというのは中2では一番のワルだと噂されている奴で、イクサたちが卒業したらおそらくトップの座を担うと予想されていた男だ。しかし、このユウジのことをマコトは嫌っていた。不良グループの下っ端だったマコトは、何度かユウジに意地悪されていたらしいのだ。
中1の僕らが帰って少し経つと、中2の連中が塾へ来る。その中にユウジもいる(不良なのに塾へ通ってるってのも牧歌的だが)。ユウジは落書きを見て憤慨するだろう。怒らせたら大変だぞ。そう言って仲間たちは落書きを消すように忠告したのだが、マコトは頑として譲らない。仕方なく僕らはマコトを残して塾を出て、いつものように近くの駄菓子屋でジュースを飲んだりしていた。マコトの奴、どうせユウジが来る直前に落書きを消すだろう。そんな風に言い合いながら。
しばらくしたら、マコトが血相を変えて店に飛び込んできた。
「みんな逃げろ! ユウジが追っかけてきた!」
僕らは大慌てで自転車にまたがり、それぞれ別々の方向へ一目散に逃げた。「別れて逃げろ!」とマコトが大声で叫んだので、それに従ったのだ。




