その1
イクサ。それが奴の仇名だった。本名は確かイクオかイクヤ、もしくはイクヒロかイクヨシかイクノリか、はたまたイクゴロウかイクザエモンだったかもしれない。ともかく、彼はイクサと呼ばれていた。本町通りの鍼灸院の息子であり、K中学校の番長――それがイクサだった。
イクサの眼光は鋭かった。ものすごく険しい目で、なおかつ血走っている。生まれつきなのか寝不足のせいなのか、それとも実は泣き虫なのか。理由は分からないが、なぜだかいつも赤い目をしていたのだ。もちろん、本当の理由を尋ねることなどできはしない。なにしろ学校一のワルだったのだから。
しかしイクサは人気者でもあった。いつの時代でもおそらく同じだろうが、不良と呼ばれる連中は身体能力が優れている。イクサの場合は、特に走ることに秀でていた。運動会のリレーではアンカーとして走り、何人をも次々と抜き去った。その場にいた生徒たち全員、イクサの勇姿に目を見張り、拍手を送ったものだ。しかも驚くべきことに、走る時にもイクサは完全な不良スタイルだったのである。
ここで当時――1970年代の不良男子の学生服について書いておこう。まず上着、つまり学ランは、丈が膝ぐらいまである「長ラン」だ。そしてズボンはやたらと太く、思いっきり低い位置で穿く。ベルトの部分が急所に来るぐらいの位置だろう。
そんな格好じゃどう考えても歩きにくいと思うのだが、それが当時の不良スタイルだった。これは体操着の時も同様で、運動会でのイクサは思いっきりズボンを下げて走り、にもかかわらずぶっちぎりの速さだったのだ。イクサ、おそるべし。
ちなみに女子の不良スタイルは、裾が床に届きそうなロングスカートだった。何度も「アンタら、廊下を掃除しながら歩いてんの? すげー良い子じゃん」とツッコミを入れたくなったが、もちろんそんな言葉は口にしなかった。いや、口にできるはずがない。
当時のK中学は、他の中学校に比べて相当なワル集団だと思われていた。K中学では平凡だった生徒が他校へ転校したら番長になった、なんて噂話も耳にしたもんだ。もちろん、事実かどうかは不明だが。




