第8話 自炊しようにも
夏休み期間中から、すべての食事を外食で済ますわけにはいかない。
しかしながら、奈月には問題が多過ぎた。まともな食事も外食が『久しぶり』だったが。これまでの食事が健康そのものでなかった以前に。
『家庭料理』すら、母が亡くなってからまともに口にしていなかった。父との生活も、食事は介護福祉士が交代で配達してくれたので。
可能であっても、レンチン以外の作業工程をしたことがなかった。
つまり、自炊は一度もしたことがない。
《まあ、考え方を変えていく言いきかっけだ。そもそも、ヒトの生き方で『火を通す』ことが最初とも言われているぞ? パンや納豆も、失敗の産物だそうだ》
「……ってことで、冷凍食品からのスタート?」
《こちらの君の胃袋レベルは確認しただろう? 資金を気にしなくていいのなら、ゲーム感覚で活力レベルとやらを上げないか?》
「……ゲーム感覚に? この身体、『俺』だけど俺じゃないよ?」
いくら赤の他人でもなくとも、顔を合わせたことのない人間と同じ。並行世界の、どの『加東奈月』が同意したとして……まるでメディアミックスみたいな静養方法はよろしくないのではと感じた。
ひと通りの『健常者ぽい生活』を雅博とも過ごした上で、興奮気味の感覚が落ち着いたからだろう。IDという、AIを通じて向こうのスタッフが提案してくれても。この世界で、奈月が体調を崩せば……アンドロイド手術している本来の自分にも影響が出てしまう。
数日で一割以下の進行しか出来ない、繊細な技術を汚したくなかった。今の外見は高校生であれ、感覚的には大学生の奈月には責務を放棄は出来ない。
《甘いな、君は。どの『奈月』も君だと思い出したまえ》
「は?」
《微妙に頭が固いなあ? では、その身体を提供してくれた『奈月の意識』はどこだい? 最悪のケースを想定したのは君だけじゃないと思うだろう?》
「……あ。そっかぁ」
並行世界の軸は多くあれ、どれもが『加東奈月』。同意申請書を提案したのも、今ここにいる奈月だけではない。もしかしたら、並行世界とのズレが生じた時点で、どこかの奈月がこのVRを提案したのか。魂の核を提供する代わりに、意識を逆にダイブさせた。
今の奈月にも、それが容易に想像が出来たため……ここは頷くことにした。
《だからこそ、だ。身体の弱かった君であれば、最初はともかく『これから』気を遣うようにすればいいじゃないか? 冷凍食品と称して、バカに出来ん》
「……たしかに。俺の刻みご飯も美味しかった」
《なら、ボクが『チュートリアル』をひと通り作成しよう。君の次の任務は『買い物』だ。まずは歩くことから慣れようじゃないか》
「おっけー、宗ちゃん」
虚弱抜きに、要リハビリは本当なため。まずは緩くウォーキングしつつ、『マイバック』を購入することをしてみた。別に資源燃焼を気にしなくては良い世界らしいが、折り畳む自分だけのバックを持つのはカッコイイ気がする。
色違いで同じ絵柄があったので、もう片方を手に取ろうとしたら。
「奈月じゃん? かいもん?」
二日前は、いっしょに外食するくらい親交が進んだ雅博が声をかけてきた。レジャー施設ではないが、特徴的なグラサンは相変わらず。もともと少し視力が低いのと、特異体質もあるので度のあるアクセ扱いと言っていた。
「ん。いちいちビニール袋買って捨てるの面倒だし、マイバック」
「お? そこの丈夫だし、版権料ちゃんと払ってるから人気キャラの印刷多いぞ? 見る目あるなあ?」
おちゃらけて言っているが、外見が違っても根本的な魂が親友であるとわかっていると嫌味に聞こえない。奈月自身も彼にどう見えているかはわかっていないが、気が合うとは思っているはず。でなければ、店先で声をかけようとはしないだろう。
《せっかくだ。彼にレクチャーを求めるのはどうだい? 配送代もいくらか高いが、自分で買い物をする任務にはサブキャラとの好感度も出てくる》
「……たしかに」
「お? 宗ちゃん、やっほー」
《やあ》
肩のりID以外にも、端末次第ではIDを連結する方法があるらしく。雅博はそれをアクセサリに共有しているため、グラサンや少し派手なイヤリングに組み込んでいた。
宗ちゃんとの会話も良好だし、上べだけでない人付き合いも少しリハビリしようと決め。奈月は、マイバックを買ってから雅博に食材買い出しのレクチャーをお願いしてみた。