第6話 懐かしいファストフード
奈月の現実側では、栄養点滴以外の延命措置しかしていない。
咀嚼筋もあまり強くないので、水分以外の刻み食物もかなり難しいとされていたから……外食もほとんど出来なかった。
それなので、今回のダイブで初めて手に取る『外食』は彼にとって憧れの食べ物でしかない。ゆえに、他人が食べている普通の食べ物など……幼少の頃、一度か二度口にしたくらい。
記憶に残っていた『匂い』も、並行世界ではきちんと嗅覚が作動していたのが嬉しかった。
「……夢見てた、ハンバーガー!!」
と、フライドポテトにソフトドリンク。健常な男子ならコーラと行くが、ここは初心者なのと甘いものが欲しいので……オレンジジュースにした。
《夢ゆめ……か。君は、あまり男らしくないな? 顔も女寄りだが》
「……いーの。俺の母さんそっくりの顔だから」
瓜二つではなかったが、勇ましい顔立ちの父親とは違う。虚弱だったこともあり、ごくたまに学校へ顔出しした時は揶揄われたりしたものの。
その半端な容姿が『イケメン』と知ったのは、現実側のスタッフが教えてくれた。健常者であれば、読者モデルとかで小銭稼ぎ出来ただろうにと。
協力者である、彼らとの会話に嘘偽りは御法度。機密事項以外、彼らはきちんと奈月の同僚と同じだからだ。
この状況も、向こうでは画像か暗号かで解析されているにしても。それが奈月の虚偽を否定するのと同じだ。ばっちり観察されているのは、むしろ奈月自身に都合が良い。まともな生活など、これまで一度もしてこなかった彼には……IDのようであれ、AI動作が出来る端末越しに養育して欲しかったからだ。
並行世界側が、わざわざ提案を寄越してくるのだから。『地球崩壊』がキーワードのこちら側では、世界規模の災害が多く起きるのは決定事項。政府を雇えたとしても、裏工作で彼らが犠牲になるのは目に見えている。
だからこそ、多くの『日常』を学ぶ必要があるために奈月自身が実験体になったのだ。肉体をひとつ差し出してまで。
《……冷めるとファストフードの美味さが半減するらしいから。早く食べてごらん?》
「はーい。…………ん! 刻みご飯では似たの食べたことあるけど!! 歯で噛むのひっさびさ!!」
弾力がダントツであっても、刻んでいない、もしくはとろみの食事以外のそれを口にしたのは。入退院を繰り返す前が最後だと、奈月の記憶には朧げにはあった。
あくまで、肉体側の記憶でしかないが。オレンジジュースを流し込むように少し飲むと、炭酸飲料でないのに恍惚に近い幸福感を感じ取れた。そこからは、味わうようにゆっくりと食べたが。軽い満腹感を感じると、体温が少し上がった気がしたので出歩いてカロリー消費を試みてみた。
単純に、歩行。動悸の乱れや息切れも一切感じない。
これはこれでいいのだが、やはり『ひとり』に変わりないので物足りなさを感じてしまう。であれば、やはり勉学を共有する場に行くべきか。
まだ夏休み期間中なので、高校に行くのは出来ないが。金の心配はいらないから、せめて少しずつ遠出をしようと公共機関から学び直すことを決めた。
1999年に設定はしていても、擬似世界と並行世界のリンクされた場であるので……奈月の知っている鉄道やバスの使い方はだいたい同じだったから、これもマスターは早かった。
《奈月。せっかくなら、出会いの『場』とやらをボクが提供しよう》
と言って、宗ちゃんが扇でナビ経路を示してくれた場所は。室内の温水プール施設だった。