第5話 まずは探索
ステータスを確認後、もしやと地図探査用のアプリを端末ではなく『空気の摩擦』で展開してみれば。
アナウンス用のIDがきちんと起動。二頭身サイズのホワホワなゲームキャラクターが登場して、まずは『マニュアル』を説明してくれる。
《聞こえているかな? 君は1999年との並行世界に擬似転送された身。こちら側の上層部とは既にコンタクト済みだが、今はそのやり取りを忘れてもらってる。専用のタブレット……この場合は端末だな? それが届くまでは、ボクのようなIDを展開して自由に動き回ろうじゃないか》
少し、じじ臭い性格だが。仙人に近いキャラメイクが好きなので、こう言うゲームキャラクターを遊ぶときは積極的に使うようにしている。
外に出れば、彼のようなアイコン擬きを連れて歩くのも『普通』の現実世界が広がっているとしたら。
奈月がこれまで、2024年までの端末開発に提案した技術よりも、『さらに先』をここで経験してしまえば。地球の崩落があっても人命救助の対処が出来るかもしれない。
時間流は同じとは限らないらしいので、まずは『日常生活』をしてみることに決めた。
「……いきなり自炊より、探索兼ねて『外食』しに行こう!!」
最後は父親とふたりでホテルの最上階を、バイキングコーナーぽくしてくれたのだが。胃袋が小さいせいでひと口ずつしか食べられなかった。奈月の食べやすいサイズにはしてもらっても、ドナーでもらった母親の臓器は繋ぎ程度でしかない。
その母親が、こちらでは奈月の母親なのかは定かではないが。
並行世界で『魂そのもの』は同じでも、外側は全く違う場合もあるらしい。成り代わるのに近接していると、端末でのチャットではこちらの関係者とも、それ以上の会話はしていなかった。
とりあえず、ポケットマネーは電子決済以外にカードもちゃんとある。あちらでの2020年以降の日常がすでにあると言う感じだ。処方箋の関係で、電子決済覚えるには苦労したものだ。それが『普通』に使えるのなら、嬉しくないわけない。
《ああ、そうそう。ボクのことは『宗ちゃん』と呼んでくれ。こちら側の関係者が、君の好みでベーシックのコスチュームを整えてくれたんだ。ネーム変更は君次第だが》
「それはもったいない。よっぽどじゃない限り、変えないよ」
服装は寝巻きのままだったので、ディスプレイ操作の感覚で天気図や気温を確認すれば……季節は七月中旬。気温は温暖化対策されているのか、二十三度前後と過ごしやすそうだ。
服もある程度、同じ『奈月の魂』だったせいかセンスなどもよく似ていた。適当に着替えて、軽くルームツアーをしてから宗ちゃんを肩に乗せて廊下に出でみた。まぶしいが、目に痛くないくらいの陽射しが町を照らしているのが見える。
《外食希望だったか。とりあえず、商店街方面に向かえばいくつか店はある》
宗ちゃんがナビするかと思ったが、飾りで持っていたような扇子を開いて扇げば。シュミレーターにあるような、矢印そのものが肉眼で見えた。アプリでいちいち下を向くよりお手軽過ぎ。
「……これ、他の人と交錯しない?」
《安心したまえ。IDを通じて、ユーザーの視界登録がすでにされているのだよ。慣れんうちは互いにぶつかるが》
「へー! SFのゲーム? みたいで面白!」
時間帯が昼前なのに、町にはまばらに人が歩いているだけで。違うのはイベントとか何でもなく、宗ちゃんのようなIDを自分で肩や頭に乗せているくらいだった。