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第36話 現実側に戻れない

 一旦、整理する必要が出てきた。


 AIの素体がこちらで損傷しかけているのなら、奈月とてそれは同じ。『加東奈月』オリジナルの肉体とて、同意してAIのそれに提供したはず。その『記憶』にズレを感じた気がしたのだ。



(……この肉体、『俺』じゃない?)



 その違和感を覚えたのだが、意識を切り離す睡眠方法を取っても……目を開けたところで、見えた天井は自宅の部屋のまま。


 おそらく、向こうのスタッフの誰かが。意図的に奈月の意識を戻さないように仕組んできたのか。



(……なんのために? もしかして、父さんがなんか依頼した?)



 こちらの世界での母親は生きているかどうかわからない。


 そのわずかな希望を望んでいたのではないのか。


 確認しように、端末を展開させても……浮き上がったディスプレイらの中で『通信』についてはノイズがかったように黒いままだった。



「……まだ切り離すには早いような?」



 この奈月が高校生であれ、向こうは二十歳前。


 他世界の自分と接触してないし、事実上『日常』しか送っていないはず。こちらの『災害対策』は比較的緩やかで過ごし易い。過ごし易過ぎて、絵空事の楽しい切り抜きに感じてしまうほどだ。



「……教えてくれよ」



 本当に生きてた時空の、あの最悪を見る覚悟をするのは誓約書にサインした。戻れないのなら、逆にあの肉体には『誰が』宿ろうとしているのか。


 冷凍保存され。


 解凍の準備がもし整うまで、こちらに滞在していた方がいいのか。



「……わかんないよぉ」



 宗ちゃんも起動しないのか、端末から声が聞こえて来ない。この室内は少し特殊な設備だから、ディスプレイを展開させている時は最近無音だ。


 素体の修理は無事に出来上がったし、IDとしてのセキュリティ強化もやり直したのに……不安が襲いかかってきそうだ。やはり、ほとんど一人きりでこの一大事業の核になるのは、無理があったかもしれない。


 だがしかし。


 奈月はいきなり、自分で両の頬を叩いた。



「……馬鹿か。こっちでも大事なもんができたのに。弱気になるなっ」



 居心地の良い空間に浸り過ぎて、麻痺しているのは仕方がない。その中に今まで居られなかった、自分への悲観ではないのだ。


 こちらも守らねば、現実側とて守れないのと同じ。


 なら、このプロテクトは現実側のスタッフが判断したのだと受け入れるしかない。



「宗ちゃん……いや、ID番号の669924は誰??」



 であれば、誤魔化しも何もかも、まやかしはを少しずつ受け入れようじゃないか。こちらでのIDの名を読み上げれば、ディスプレイの端にコマンドのようにとどまっていた『宗ちゃん』は。


 ひとりの男性体のホログラムとして、ディスプレイの前に浮かんできた。外側は青年体の形を取っているが、雰囲気はそれ以上の年齢に見えそうだ。



『ははは。この素体を少し借りるが、ボクは君にとっては『おじいちゃん』なんだ』



 笑いはしないが、少し意外な部分を感じた。


 少し前に宗ちゃんが祖母の話をしたので、並行世界のどこかで繋がっているのなら……顔も知らない祖父に繋がっててもおかしくない。しかし、外見が若い大人なのは違和感しかないが。



『直球に言おう。いくつかの並行世界は既に崩壊が始まって、災害対策本部が各国で組まれているほどだ。そのために、お前さんの知る現実側にはズレが大き過ぎてバックアップがせいぜいなんだ』

「……俺は、戻れないの」

『まだ、なだけだ。最悪……こちらでそのスタートを切るまでかもしれん』

「……そっか」



 死んでいるか生きているか、それすら知らせてもらえないのに。


 何故か、思った以上の落胆を感じなかった。この祖父らしき宗ちゃんのフォローがあってこそだろう。他は、まちゃとメメ、咲夜たちがここの現実にきちんと存在していることもあって。



『次の段階は意外と近いかもしれん。このボクも、そうしょっちゅうは来れんが……孫がお前か? 意外に可愛らしい』

「……この身体、ここの『俺』なのに?」

『ははは。ボクくらいの素質はあるだろうが……決めたんだろう? お前の『相対』を』

「……『俺』に渡していいのなら」



 咲夜くらいには打ち明けていいかもしれないが、拒否されるかもしれないのは少し怖い。でも、思っている以上に時間がないので明日言うことに決めた。

次回は月曜日〜

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