第32話 彼は彼でない
奈月のシェルター実験を開始した直後。
数多の並行世界で『ズレ』が生じたのに、一番に気づいたのは。
別の並行世界で、軍事施設に所属していたクロード張本人だった。肌にピリッと痛むくらいの暑さを感じた時に、呟いただけだったが。
野営の焚き火に当たっていたから、火花が飛んだ程度。それくらいは普通にあることだが。
(……痛!?)
珍しい頭痛が起きたと同時に、体が若干ふらついたのだが。頭の中に入ってきた膨大な情報が渦巻いた時には、あまりのふらつきに同僚らが倒れる前に補助してくれた。
「……大丈夫か、クロード?!」
あの可能性では、藍葉の相対はクロードだったが。
こちらの並行世界では、その相対だとされているのに彼女は会えていないので気づいていない。
それがなぜかを疑問に思っていたのは、今流れてきた情報が答えだった。
「……シゲぇ。おったわ、俺の相対のパターン」
「は? 何を言っとんじゃ?」
すると、シゲと呼ばれた同僚にも同じ熱源が飛んできたのか。クロードを落とさないように気を付けながらも、頭を痛そうに抱え出した。
「……おい。俺はええから、離せ」
「だだあだだ!? いだだ!? なん……じゃ、この記憶!?」
並行世界の確立どころか、こちらはSFのような近未来と言っていいのか。
いい方を変えれば、異世界ファンタジーとも捉えられる南北に切り離した……世界戦争の真っ只中。
お互いが、お互いのために……最後の最後に、種を残すためにパートナー交換を一度した身ではあったが。
どうやら、あの『加東奈月』のシェルター実験が始まったことでの『ズレ』により……ひとつの生まれと終わりが大幅に変わることを理解したのだ。
「魂の相違がないように。並行世界と現実世界の位置……か。あの世まで進出って、凄いやんけ」
混濁するくらいの、記憶に残るそれは。
言わば臨死体験として現実側に伝えられていたと知れば……異世界ファンタジーどころかSFの在り方が大きく変わるだろう。
本気の本気で、前世と今世で結ばれる相手を変えたいと……恋心の名残でパートナーを一旦入れ替えたが、その必要はなくなるかもしれない。
兄弟姉妹の近親交配がないように、いとこからゆっくり始まった『障害』のズレのせいで健常者が少ない現実世界を……奈月自身が実は経験していると知れば。
これからの人間の寿命とて、百年以上年月を越えるのも不思議じゃないのを。あの世とこの世で調整しているのも始まると知ったら、開発が『神側』なのも頷ける。
神とて万能でないし、次元を超えただけの異人だっただけなのだから。
「……マジ、なん? 交換の必要……するのか?」
「いや? あの世での俺の相対はあいつや。藍葉は今のお前を選んだんやで? それは応えろや」
「……獄卒なっとって、もか。別の俺も藍葉やのに」
「……いいんや。こっちの俺は俺で、悠里がいい」
人間じゃなかったが、そもそも二人も人間ではない。魂の固定が人間ではなく、鬼子と言う獄卒。見張りメインの軍隊の一部でしかないが。
こちらの奈月には進言しやすい位置にいる。年齢も位も違うが、気兼ねなく言える相手は変わりない。さてさて、彼は彼でどこまで共有しているか切り離しているか。
今日の任務が終わってから、補佐官のひとりである彼にも聞こうと成樹と決めたのだった。
次回は金曜日〜




