第12話 同一個体に会えない
仮の肉体でも、五感を遠隔操作で補填出来ているお陰か。
初めて口に入れた高級食材でも、きちんと『似た食べ物』を認識出来るくらいに奈月の味蕾でも感知することが出来た。メメが言うには、海にいるマンボウよりは砂肝に近い食感だそうだ。
毒でなければ、基本なんでも食す日本文化がここに(?)と思うくらいの衝撃を受けたが。片付けも教わったあと、またねと帰っていく感覚が寂しくないのは『健康体』で叶った擬似感覚なのか。
この並行世界にいる奈月は、どうやら身体を差し出してくれたのか。肉体内部の意識は閉じていて、融合しないように『冬眠』しているそうだが。
《ここに君がいると、同一個体のパラドックスが生じてしまう。君ともうひとりが同じ肉体に混在してみなさい。二重人格のようにせめぎ合いが生じて、計画に大きな支障が出るのだよ。だから、こちらの『奈月』は君のVR体を借りている。その上で改めて言おう。注意点は肉体の損傷が『本当に』起きることだ》
「……気をつけます」
利害一致しているようで、おかしいとは思っていたものの。
未来の自分が過去の自分に出会うことで、『ズレ』が生じるのと同じように。
この並行世界でも、虚弱じゃない『奈月たち』はそれぞれ動いているのだ。今はアンドロイド手術を受けることで、『地球最悪の想定』をしていた自分の未来を……奈月だけが受け入れていたわけではない。
パラドックスだと思われていた、並行世界の『全部の奈月』が同意した上での計画。
いやにスムーズだと思っていたが、ネタバラシが早いのは助かった。高校生の擬似体験をしつつも、夏休み期間を過ごすのは退屈過ぎたから……雅博たちとの接触も、ここの奈月が意図的に残したかもしれない。
わざと、隣に引っ越したのだから。
《であれば、次は日常生活を繰り返していこう。自炊は、ひとまず雅博からのレシピ中心にしていくのもいいが。明日にはこちらへ端末が届く手配がある。作りたいものも、失敗も学ぶべきだ。今は風呂がいいだろう》
「! 自分ので風呂かぁ」
現実側では、介護士同伴でのシャワー浴か。調子が良いときは数分の入浴で終わっていたが。ここでは健常者なのでその心配がない。メメが『引越し祝い』になるかで、柑橘系の入浴剤をひとつくれたから使ってみることにした。
まずは、加減がわからないから半身浴程度。温度も調整して入ってみたが、洗髪した後にゆっくり浸かるなどしてこなかったせいか。
宗ちゃんにも苦笑いされたが、極楽とやらが顔に出ていたのか。あとで、自分でも笑ってしまっていた。
《風呂掃除のマニュアルくらいは、ボクが展開しておこう。メメの入浴剤入りでは洗濯には使えんからな?》
「……これ?」
宗ちゃんの前で、さっとスライドさせれば。洗面台の下に浴槽のスプレーボトルが入っているらしく。湯を抜いて噴射。その一分後に、シャワーで流せばいいそうだ。
入浴にも体力を使うので、すぐ寝ていた奈月にもこれは新鮮過ぎた。




