バッドタイミングな召喚
残業が終わった帰り道、それは起きた。
疲れと眠気で足取りは若干フラフラしていた。
コンビニに立ち寄り、いぶかしがられない程度に背筋を正して店内に入る。
なにか夜食を…と少し見渡すと、レジの横にある什器に美味しそうなチキンが並んでいるのが目に入った。
あれをたくさん食えば元気が出るかもしれない。
賢さがいちじるしく下がっていた俺は、チキンを買い占めるという悪行に手を染めてしまった。
コンビニを出て袋に手を突っ込むと、手頃な一つを掴んで取り出す。それはいい感じにあったまっていてホカホカ肉の匂いが鼻をくすぐる。
家に帰ってからと思ったが、ここで一つ食べよう。
袋から半分出した肉にかぶりつこうとしたその瞬間だった。
あたりがピカッと光ったように見えた。
カチンと音がした。
それは前歯の上と下がぶつかった音だった。
なんと肉が消えたのだ。
「え、は?」
手に持っていた肉がない。肉の入った袋もない。なんと手ぶらだ。
「肉!肉は!?」
あたりを見渡すと全然知らない場所だった。
松明の灯りに照らされた大きな石柱が周囲に並び、少なくとも帰り道にうっかり入ってしまうような場所ではない。
肉を探していて気にしなかったが周りで変な格好をした人たちが大きく見開いた目でこちらを見ているのに気がついた。
一番近くにいる人は古代ギリシャの人が着ているような簡素な布の服の、少女に見えた。
それから少し離れて取り囲むように経っている男たちは鎧を纏っていて、剣を持っている。
ああ、これは演劇かなんかの練習か。と疲れ切った脳みそが妥当な答えを吐き出した。
肉を持ってこの場を退散したほうがいい。邪魔をして申し訳なかったですね。
だがさっき買った肉がどこにも見当たらないので、近くにいる少女に肉の所在を聞いてみることにした。
血糊で体がところどころ赤く濡れていて、非常に気合の入ったメイクだ。
「あ、すいませんあの、肉…袋にたくさん入ってるやつ…知らないかな?」
途端に周りがどよめき出した。
「…!」
「肉…?しかも人間を肉袋呼ばわりだと…!?」
「間違いない、闇の使徒だ!」
なんだこの人たち。まだ演技してる感じなのか?
そういう迫真のアドリブは疲れてないときならノッてみていたんだろうけど、今は面倒くさい。
白けた目で途方に暮れていると、眼の前の少女がおもむろに服を脱ぎだした。
「勇者さま…どうぞ、私の肉を…!」
涙を浮かべた目をしながら震える手で肩を曝け出し、首から食えと言わんばかりに体を擦り付けてくる。
「勇者?? ってちょっ…近い近い!ていうかそれ以上脱ぐのやめ!」
少女の両肩を掴んで体から引き離す。
ボロボロ泣き出していた少女は懇願するような瞳でこちらを見上げてきた。
ここから何かがおかしいと思い始めていた。
血糊だと思った赤い液体はうっすら鉄の匂いがしていて、少女の体にあるいくつかの傷は本物にしか見えない。
頭はだんだんと覚めてきた。
少女を観察している視界の端で、周囲の男たちが逃げるように部屋から出ていくのが見える。
「使徒が生贄を食べだした」だの、「取り込まれる」だの、わけわからん事を叫びながら…
自分の顔を触ってみるが、特におかしいところはない。服もコンビニに入ったときのままだ。
この少女は逃げずに自分を食べろと言ってくるあたり、なにか知ってそうな気がする。
「まあその、落ち着いて? おじさんは君を取って食ったりはしないし。」
肩から手を離し、頭をなでてみる。
耳が尖っているのに気がついたが、ややこしくなりそうだから今は聞かないことにしよう。
「あのさ、ここってどこかな。俺はなんでここにいるのか知ってる?」
「ミューが呼んだ…父上がここで勇者様を呼べって言われて…」
少女はまだ浮かんでくる涙をこらえながら、すがるように服を掴んできた。
「勇者様なら助けてくれるって言ってたけど、もうみんな殺された…!」
どうみても演技には見えない。これは異世界転生?召喚?そういうやつなのか。
そういえばさっきの奴ら闇の使徒とか言ってたような気がするな。
「じゃあさ、闇の使徒ってなにか知ってる?」
「人間が、私達の勇者のことをそう呼んでるの。
でも父上が言ってた。勇者様は世界が危なくなったときに村のみんなを助けてくれる…って。」
少女はそこまで言うとまた泣き出した。
「…父上がそう言ってたけど! ミューが遅かったから、もうみんな死んじゃった…!」
また泣き出した少女の頭をなでながら、どうしたもんかとあたりを見渡す。
部屋の外のちょっと遠くの方から大勢の男達の声が響いてくる。
残業で疲れた頭のせいで驚く気にもなれなかった。
これは夢かもしれないが、とりあえず周りに合わせる感じで動くことにした。
とりあえず俺は、鎧の男たちにとって化け物…少女にって救世主である存在として召喚されたようだ。
落ち着いた場所でゆっくり話を聞きたいが、今はそういう場面ではない。
どうにかしてこの状況から抜け出さないといけない。
しかし真正面から戦っても勝ち目はなさそうだ。あの鎧の男たちが持っていた剣の一振りでゲームオーバーになる自信がある。
ん?ゲームオーバー…?
こういう異世界転生モノなら、なにかステータス的なものが見えるはずだ。
「ええと、ステータスオープン…」
試しにつぶやいてみると、ボヤーっと目の前にそれらしきメニューが出てきた。
出るんかい…と突っ込みつつ急いでなにかヒントがないか探してみる。
メニューには俺の情報が表示されていた。
名前:ハルヤマ カズキ
Lv:22
種族:神の使徒
職業:勇者
属性;闇
スキル;エナジードレイン
魔法;ダークリザレクション、ブラックホール
勇者という表示にちょっと心が踊ったんだけど、そこから下は…なにこれ…属性が闇ってなんだよ…
スキルや魔法も、なんだか禍々しくて嫌すぎる。さっき闇の使徒と呼ばれたことに納得してしまって悔しい。
いや悔しがっている暇はない。この中でなにか役に立ちそうなものはどれだろうか。
襲いかかってくる敵からエナジー吸っても攻撃は防げなそうだし、ダークなリザレクションってなんだろうな…誰を蘇らせる用なのやら。
ブラックホールというのは色々吸い込むアレだよな…
悩んでるうちに鎧男たちの声が騒がしくなってきていて、今にも神殿内部に突入してきそうな雰囲気だ。
とりあえず神殿の入口にブラックホールとやらを放ってみることにした。
「よし。少し離れていてくれる?」
少女の頭をポンポンすると、大人しく神殿の奥の方に離れてくれた。
魔法なんて使ったこと無いけど、とりあえず手をかざして叫んでみる。
「ブラックホール!」
神殿の入口の向こうからちょうど突入しようとして走ってくる鎧軍団の姿が見えたが、入口中央の空間がフッと少し暗くなって黒い玉が出現した。
コオオオ!と不気味な音を立てながら周りの小石を吸い込んでいく。
鎧男の数人が近づきすぎていたらしく、ブラックホールに吸い込まれていく。
「イヤアアア!」「タイチョオオオ!」と叫びながらすごい勢いで吸い寄せられ、赤黒い血しぶきを撒き散らしながら非常にグロい状態になって吸い込まれていった。
いやー…これは絶対に勇者の放つような魔法じゃないだろ…
だが鎧男たちは恐怖で立ちすくみ、突入をやめたようだ。
しばらくは時間を稼げるような気がするが、俺からも何かが吸い取られていっている感触がある。たぶんこれは魔力を消費していっているんだろうと思う。
急いで次の手を考えなければ…
「ええと、ミュー…さん?」
あんぐりと何が起こっているのか理解できていない顔をした少女は、ハッと我に返った。
「ミューでいいです。なんでしょうか勇者様」
「どうやらダークリザレクションという魔法も使えるみたいなんだけど、そういう魔法って聞いたことある?」
ミューはフルフルと首を横に振る。
「知らないです…」
ですよねー…。使ってみればなにか分かるんだろうか?
でもゲームでよくあるリザレクションってだいたい多めの魔力を使うものだよな。使って魔力がなくなったら詰んでしまう。どうしようか…
悩んでいるとあたりを包んでいた暗さが消えた。入口のブラックホールが消えたようだ。
「今だ!突撃ー!」
すかさず鎧男たちの声が聞こえてくる。
「ブラックホール!」
再度魔法を発動させる。
また数名の鎧男たちが悲鳴を上げて吸い込まれていく。
このままではジリ貧だし他に思いつく手はない。一か八かでダークリザレクションとやらを使ってみよう。役に立ってくれる何かが出てきてくれるかもしれない。
「えーと。では…ダークリザレクション!!」
魔法を唱えると体から魔力が消えるのを感じる。
ほんのり立ち眩みのようなものを感じたが、思ったほどではない。まだブラックホール3発分くらいの魔力は残っていそうだ。
しかしそのあとなにか起きたような様子はなかった。
少女を不安にさせないように背を向けたまま、腕を組んでどうすればいいか考える。
神殿の中で隠れる場所を探す?抜け道があったりとかしないだろうか?
じっと考えていると、鎧男たちの方に異変があった。
どよめきと恐怖で叫ぶ声。隊列の後ろの方でなにかが起こっているらしく、前列から押し出された数名が情けない悲鳴をあげながらブラックホールに吸い込まれていく。
耳を澄ませていると、悲鳴に混じって雄叫びのような声がいくつか聞こえる。
「ちち…うえ…?」
少女が信じられないという顔をしている。
「父上の声が聞こえる…! 勇者様!村のみんなの声も聞こえる!」
つまり死んだ村人が生き返ったということ?リザレクションがちゃんと効いてくれたってことか。よしそれは良かった。
でもダークリザレクションのダークって何のことなんだろうな。
ブラックホールに塞がれた入口の向こう側から、鎧男たちの阿鼻叫喚の声が聞こえてくる。
次第に撤退を叫ぶ声が聞こえ始めて、叫び声は神殿の遠くに離れていった。
しばらく経ってそろそろ大丈夫そうかなとブラックホールを閉じると、夕闇の中で所々に転がる鎧男たちの向こうに人影が見える。
「父上!」
嬉しそうに叫んで神殿の外に飛び出そうとする少女だったが、俺は違和感を感じて手で制止した。
少女はどうして…?と不思議そうに見上げてくるが、手を繋いでゆっくりと一緒に外に出る。
途中に転がっていた松明を手に取り、父上と呼んだ人影に近づいていく。
薄暗くて顔はまだよく見えないが、敵意はないようだ。まあ当たり前かもしれないが…
松明の明かりで照らされていくについれて、なんとなく感じていた違和感の正体がわかった。
「ちち…うえ…?」
ミューが父上と呼んだその人は、体がボロボロだった。あちこち致命傷になりうる場所にも大きな傷があり、血まみれだったのだ。
しかしながら顔だけは生き生きとしていて、彼は娘の顔を見て微笑んだ。
「よく頑張ったね。ミュゼット。」
その姿は所々骨も見えていて、どう見てもアンデッドだった。
あー。ダークってそういう事ね…と。納得した。